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髷と着物

「脱げたかい?」


 髷のシルエットがカーテンに映る。カーテンの向こうで、雨水うすい十二とうじに声をかけてきた。


「はい!」

「うん。入るよ」


 カーテンが揺れて、雨水の手がすっと入れこまれる。それから体が現れて、雨水が着物と肌着と帯を持って試着室に入って来た。結構広い試着室だったが、男二人入ると、ちょっと手狭だ。雨水の身体が、体温を感じるほどすぐ近くにあった。

 雨水は着物を着ていて、十二は下着だけつけたほぼ裸の姿だ。

 何だか、こちらだけ裸だと、ちょっと恥ずかしい。

 十二は思わずうつむいて、両手で自分の体を抱いた。


「寒いかい?」

「いいえ!ちょっと恥ずかしくて……」


 雨水が、ふっと目を細めて笑った。


「可愛い奴だな、十二くんは」


 ぼんっと音がしそうなほど、十二の顔が赤らむ。


(は、は、反則です!その笑顔は!)


 雨水が着物と帯を壁にかける。それから肌着を持って十二の前に差し出した。


「十二くんは目がぱっちりしてて、イエローベースの顔をしているから、白茶のシルック生地の着物がいいと思う。肌着から、着せていいか?」

「お願いしますっ」


 十二が姿勢を正す。雨水が、また笑った。


「はは、そんなにしゃっちょこばらなくていいさ。さて、肌着を着せるぞ。早いとこ自分で着たり脱いだりできるようにならなきゃいけないから、よく覚えてくれ」


 そういいながら、雨水が白い肌着の前を解いて十二に羽織らせた。

 綿素材のそれに、十二が腕を通す。前を結んで、襟元を正す。


「足袋を先に履いてくれ」


 雨水が、着物のたもとから足袋を取り出した。それを半分に裏返し、十二に手渡す。十二が、それを履いた。


「次は長じゅばんだな。着物の下から見える半衿はんえりは、長じゅばんのものだ。半衿はんえりを付け替えるのも楽しいぞ」

「へえ……」


 長じゅばんを肌着の上からまた羽織る。半襟は乳白色で、じゅばん自体は鼠色だ。

 雨水が、正面に回り、十二の両手を持って掲げた。


「袖口をもって、軽く左右に引っ張ってくれ」

「こうですか?」

「そうだ。うん。思った通り、着丈ゆきたけは丁度いい。これで背中の中心と、着物の中心が合わさった。次は左右の衿合わせだな」


 十二の長じゅばんの左右の衿をそれぞれ持って、雨水が衿と衿を前で合わせた。

 彼の手が着物を持ったまま、すっと十二の腰あたりまでずらされる。着物を引っ張って、腰にかるくつける。

 自然と、十二の腰が少し仰け反る。雨水が屈みこんで、合わせの下前を腰骨辺りに合わせた。


(ふわ……)


 雨水の吐息が耳元にかかって、十二は体をぶるりとふるわせた。続いて上前を。-、反対の腰まで深く合わせる。雨水はその上前を片手で押さえたまま、もう一方の手で腰ひもを取り出した。

 押さえた方から、腰ひもを腰骨に沿って広げる。雨水の両手が、十二をふわりと包み込む。まるで抱きしめられているようだ。十二は、思わず息を詰めた。

 体の後ろに回った腰ひもが交差し、軽く引き締められ、前側に回り、身体の側面でひと結びされた。それを二度がけしてさらに180度ねじる。


「触るぞ」


 雨水の両手が、余った端を後ろ側に挟む。指が腰ひもの内側に入れられて、つ、と着物の皺をのばす。

 温かい手で触れられて、声が出そうになるのを必死でこらえ、十二はまばたきした。

 雨水の手が十二の胸に伸ばされ、半衿の内側に衿留めが差し込まれる。


「これでじゅばんは着れたぞ。次は着物だな」


 雨水がえもんかけから着物を取って、広げる。


「後を向いてくれ」


 十二は何も言わずくるりと後ろを向いた。壁に大きな姿見がかかっている。

 しまったと十二は思った。これでは雨水が何をしているか目で見えてしまう。

 すごくまずい。どこをどう手が滑って、どうつかまれるかわかってしまうのだ。心臓の鼓動が跳ね上がる。


(何、考えてるんだ俺)


 十二はちいさく頭を振って、集中しろ。と心で念じた。今は雨水の着つけを学ぶ時間だ。このときめきは、脇に置いておかなければならなかった。

 雨水が着物を片方ずつ肩にかける。


「着物は一気に両肩に掛けると、着崩れしやすくなる。こうやって片方ずつ袖を通してくれ。長じゅばんのたもとを握って」

「はい」

「こうして肘から着物に腕を入れると、袖を通しやすい。難しいようだが、慣れれば簡単だ。練習してみてくれ。もう一度袖を持って……そう。背中心を合わせて……」


 雨水は囁きながら着物の衿を合わせて、また十二の腰に手を回して下前と上前を深く重ねる。

 手が、腰を撫ぜる。十二が、ぱっと口元を抑える。我慢できずに、吐息が漏れるところだった。


「どうした?」

「い、いえ!」

「もう少しだ。頑張れ」


 雨水が腰ひもを着物の上に結ぶ。

 それから、帯を取り出して幅半分に折った。折った輪が下になるように持ち、先をひと握りぶん残して十二の胴にあてた。

 手を回して、帯幅を少しずつ広げながら、胴に帯を巻いて行く。少しずつ絞められて、十二の顎が自然と浮く。

 雨水の手が、十二の胴を一周ずつぎゅっと締め上げながら、三周巻かれる。

 腰骨の辺りから、余った帯を折り返して、内側に折り込み、反対側にある幅半分に折った帯を引き抜いて、それをもう一方の帯と交差させた。

 開いたほうの帯を幅半分の方に下からくぐらせて、ぎゅっとひと結びし、垂直に立てる。

 それらを折り曲げて、十二の身体の後ろで雨水が帯を結び終わる。


「はい。貝の口の完成だ。これで着つけはお終いだ」

「あ、ありがとうございます」


 鏡を見ると、今までみたこともないような、着物姿の十二がそこに映っていた。


「どうだ?」


 雨水が後ろから顔を出して質問する。十二は、ちょっと照れ臭そうに頭を掻いた。


「なんだか、しゃっきりします」

「はは。まあ、最初はそんなもんだ。股割ってくれよ」

「股を割る?」

「両脚で一回スクワットするんだ。足さばきがよくなって、歩きやすくなる。出来たら出ておいで」

「はいっ」


 股割りをして、試着室の外へ出る。パーリィと福々と、それからお母さんが一斉に十二の方を向く。


「中々どうして様になってるじゃねえの」

「ふーん。いい、ね」

「うふふ。着つけの腕、上がったわねえ」


 十二は、三人の視線を浴びて、はにかみ気味に微笑んだ。


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