第7話 浅草、髷と待ち合わせ
五月の新緑が、目に眩しい。柔らかい風が吹いて、十二の前髪を撫でて行った。土曜日で、からっと快晴。晴れて新入部員候補になった彼は今、浅草にいた。
新歓という名目だが、今午前10時である。めちゃくちゃ朝だ。
500メートルほど目前に、雨水たち落研部員三人がいて、十二に軽く手を振った。待ち合わせ場所でも雨水は目立っている。パーリィと福々の二人も和装だけれど、三人の中でも彼の髷はやっぱり別格だ。
浅草に観光にきたのであろう外国人の一団が、雨水を指さして何事かわめく。
良く聞いてみると「オー、オサムライ!」「チョンマゲー!」とか言っている。
「あ、あの!」
声をかけようとした瞬間、外国人がどやどやと雨水の元になだれ込む。雨水とパーリィと福々、十二の間には、外国人観光客の深い川が出来ていた。
(わあ……!)
外国人観光客が雨水に写真を求める。だが彼は、憮然とした表情でそれを断った。
「十二くん!」
観光客の間を縫って、雨水が十二のもとにやってくる。躊躇わず、彼の手が十二の手首に伸ばされて、掴まれる。
ドキン、と十二の心臓が跳ねた。雨水が十二の手首を握って引き寄せ、歩き出す。
「行こう。ついておいで」
「ひっ」
十二は返事もできずに、雨水の後を付いて歩き出した。外国人観光客の姿が、みるみるうちに遠ざかる。
「相手をしてもいいのだが、今日は用事があるからな」
言いながら、雨水はずんずん歩いて行く。
(手、手が)
雨水の乾いて温かい指が、十二の手首を優しく、しかし、しっかりと掴んでいる。
(さ、触られてる)
その手が妙に意識されて、十二の顔がみるみるうちに紅潮し、耳まで赤くなる。
それに気が付いた福々が、小首をかしげて十二に尋ねる。
「あれ?十二ちゃん、顔真っ赤だよ?大丈夫?」
「だ、大丈夫です……ついて行くのに必死で……」
取り繕う十二に、雨水が声をかける。
「もう少しだ。頑張れ」
「はいっ」
元気よく返事をして、十二はまた手に視線を戻した。
「あの、俺、自分で歩けます」
「いーんじゃよ~……連れて行ってもらえばええ」
パーリィが横で歩きながら言った。
「貴重な新入部員じゃから大切にしたいですよね、部長」
「その通りだ」
こともなげに、雨水が言う。
「寄席に来てくれる者は後を絶たないが……入部となると、あまり振るわないのが現実でな」
雨水はちらりと振り返って十二に微笑んだ。
「君のように自分から入部したいと言ってくれる者は、大切にしたい」
「そーそー、だから遠慮しないで。ね」
福々に言われて、十二は再度目を伏せた。確かにどこに行くのかわからないし、お言葉に甘えたいが、これではドキドキで心臓が止まってしまいそうだ。
「ここだ」
「わぷっ」
雨水が、いきなり立ち止まる。
顔を上げると、そこは着物が所せましと並べられた、呉服屋の入り口だった。頭上の看板には、<新品・リサイクル・レンタル着物 菊花屋>と書かれていた。
「ただいま」
そう言って、雨水が暖簾をくぐる。十二は、訝し気に雨水を見た。
(ただいま?)
中には和服のご婦人が立っていた。彼女は振り向くと、にっこりと雨水に微笑んだ。
「あら、お帰り」
面白いと思ったら☆、レビューよろしくお願いします!