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新作落語・時超え男

 名札が交換され、演者の名前が小鳥の目に映る。

 そこには、<古志乃家久福>と書かれていた。


 高座に、壮年の演者が一人立つ。久福だ。

 久福は、高座の正面にある座布団に座ると、にっこり笑って言った。


「ようこそのお運びで、ありがたく御礼申し上げます」


 そして、マクラもそこそこに噺が始まった。演目は、新作落語<時を超える男>。

 寄席の灯が、じんわりと温かい光を舞台に落としていた。会場は静寂に包まれた。


「——江戸の芝居町、木挽町に、不思議な客がひとり通っておりまして」


 声が響いた瞬間、空気が変わる。


 物語の主人公は、当代一の女形として名を馳せる歌舞伎役者だった。

 そして、もう一人の登場人物は、名を持たぬ<客>。いつも同じ席に座り、誰よりも静かに舞台を見つめている男。


 この<客>、実は未来から来た文化観察者だった。——過去の日本文化の「美の原点」を観測するために、時を超えて江戸の芝居町に降り立ったのだ。


 柳雪の舞台に魅せられた彼は、やがて単なる観察者ではいられなくなる。

 美しさに圧倒され、声にならぬ感情を抱くようになる。しかし、それが“推し”なのか、“恋”なのか、自分でも分からない。

 ただひとつ確かなのは、柳雪の演技が、どの時代のどんな芸術よりも心を打つということだった。


 物語の山場は、楽屋に“光を記録する装置”が落ちていたことで、騒動に発展する場面。

 芝居町ではその装置が「妖かしの術」として噂になり、柳雪に疑いがかけられる。

 装置は男が観察記録を取るために用いたものだったのだ。


 未来から来た男は、すべての責任が自分にあることを悟り、自ら記録装置を破壊し、時間軸からの退場を選ぶ。

 その別れの際、彼は柳雪にただ一言残す。


「俺は、あの人の支えになれたと思いたい」


 久福の落語は、笑いを最小限に抑えつつも、会場全体を静かな余韻で包んでいた。


 小鳥は、隣に座っている小髷とともに客席から、じっと高座を見つめていた。


 未来と過去、推すという行為と、恋という感情。

 そして、何も求めずに誰かを支えることの尊さ。


(…こんな落語、あるんだ……)


 そう思ったときには、口がわずかに開いたまま、ただただ久福の声に心を奪われていた。


 物語が終わると同時に、会場は拍手に包まれた。


 寄席が終わった帰り道、小鳥は興奮冷めやらぬまま、小髷に語りかけた。


「すごかった……!あれが落語なんですね……!」


 小髷はそんな小鳥をしばらく見つめていた。

 夜の灯の下で、その瞳にやわらかな光が宿る。小髷はふっと、微笑んだ。その微笑みはまるで、夜空に浮かぶやわらかな月のように、小鳥には思えた。


「行こう」


 小髷が小鳥を促す。二人は立ち上がった。


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