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髷と寄席文字


 <芳星亭小鳥ほうぼしていことり>という、新しい名前が書かれた紙……めくりが、部室のこたつの上に飾られていた。

 雨水が決めた芳星亭という亭号。そして、小鳥は十二の苗字である小鳥遊から取られた。

 十二は、正座したままその文字をじっと見つめた。その字は力強く、そしてどこか温かい。雨水が隣に座ってそっと教えてくれた。


「寄席文字だ。正攻法ではないが、A3ノビプリンターで印刷した。本来ならば手書きでやりたい所だが……うちには寄席文字を書けるやつがいないのでな」

「そんな特殊なものだとは知らなかったです」

「ああ」


 雨水がめくりを持って、芳星の星の字を指先でなぞった。


「寄席のポスターとか、テレビ番組で、独特の書体が使われているのを見たことがあるだろう。あれが寄席文字だ。寄席文字は、昔、ビラ字と呼ばれていた書体を、橘右近と言う人が時代に合わせて完成させたものだ。普通の書道とは違い、独特の型がある。この……」


 黒い字の部分を、雨水が指さす。


「文字自体が客席を表している。黒い部分がお客、白い部分が空席だ。つまり、空席を少なくと言う願いから、余白を少なく書くんだ。寄席文字はそう言う風に、幸運や幸福をもたらす力があると信じられている縁起文字なんだ」


 文字から文字へ、雨水がすっと指で伝う。


「縦長に書き、線は太く、掠れを作らないように一定の太さに保つ。業績や芸が右肩あがりに良くなりますようにと願いを込めて、横線は右上がりに書くんだ。余白はなるべく均等にする。この文字たちは、一文字一文字に縁起が込められているんだ」

「へえ……!」


 めくりはこんなに意味を持つ文字に飾られて作られていたのか。そう思うと、<芳星亭小鳥>と言う名前が、なおさら特別に思えてならなかった。

 力強い文字たちは、雨水が十二に与えてくれた力そのもののように思えてならなかった。


「雨水先輩、ありがとうございます」

「何、しっくり来たならよかった。次はいよいよ出囃子を決めて、稽古に入るぞ」


 福々がノートパソコンを持って来る。その画面には、出囃子100選と書かれていた。

 机の上のめくりを丁寧に退けて、雨水がパーリィに渡す。福々がこたつの向こう側に座り、音楽を再生しはじめた。

 スピーカーから、出囃子の音源が流れはじめる。

 十二は目を閉じて耳を澄ませ、それに聴き入った。

 まず流れたのは、「老松」。

 重厚で格調高い笛の音。けれど、少し身が縮こまる。


「……これは、部長が似合います。俺には……」

「重いか」


 次に流れたのは、「元禄花見踊」。

 華やかで華のある音。

 ……でも、どこか自分の声とぶつかる気がした。


「きれいだけど、ちょっと、背伸びしすぎてるかも」


 雨水は無言で頷き、最後の音を流す。


「さつまさ」


 三味線が軽やかに弾ける。華美ではない。けれど、耳にすっと入る。

 終わった瞬間、十二はパッと顔を上げた。


「……これ、好きです!」

「よし、決まりだな」


 出囃子は決まった。雨水は、立ち上がって十二を手招いた。

 部屋の壁際にテレビがあって、雨水は十二を連れてそこに座り込んだ。


「それでは、これから稽古を始める」

「はいっ!」


 リモコンを手に持って、雨水がDVDを再生機に入れる。


「最初に覚えるのは、これだ」


 画面に、<長短・森家小染>というタイトルが映し出された。


「我が落研では、伝統的にこの長短を最初に覚える。一度通しで見て、聞いてみてくれ」


 噺の前の小話……マクラが終わり、噺がはじまった。



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