絶望と運命【加筆版】
「疑いと精霊の気配」の続きです。
森の静寂が、低い唸り声によって突然切り裂かれた。
木々の間を揺らす不気味な音が響き、鳥たちが一斉に飛び立って空に散っていく。
「何!?」とニュートが驚きの声を上げ、慌てて振り返った。
その視線の先で、レインが杖を握りしめ、鋭い声で叫んだ。
「ニュート、気をつけなさい!魔物よ!」
彼女の表情は一瞬にして真剣になり、生意気な態度が消え去っている。
木々の間から姿を現したのは、巨大な狼のような怪物だった。体は黒い毛に覆われ、赤く光る目が闇の中で不気味に輝いている。
鋭い牙を剥き出し、唸り声を上げながらゆっくりと近づいてくる。その威圧感に、空気すら重くなったようだ。
「逃げなきゃ…!」とニュートが呟き、立ち上がろうとした。
しかし、足が恐怖で震え、思うように動かない。彼の小さな体は地面に根を張ったように固まり、目が魔物から離れられない。
その時、レインが一歩前に出て、杖を構えた。
彼女は深呼吸し、落ち着いた声で詠唱を始めた。
「炎よ、焼き尽くせ!」杖の先から大きな火球が放たれ、赤い光を放ちながら魔物に向かって飛んでいく。
しかし、魔物は素早く身を翻し、軽々とそれをかわしてしまった。火球は木々に当たって爆ぜ、焦げた匂いが辺りに広がる。
「うそっ…。速すぎる!」とレインが悔しそうに呟いた。
彼女の声には焦りと驚きが混じり、普段の自信が揺らいでいる。しかし、その言葉が終わる前に、魔物が大きく跳躍した。
黒い影が空を切り、鋭い爪がレインに向かって振り下ろされる。
「レイン!」とニュートが叫んだ瞬間、彼女は魔物の爪に弾かれ、勢いよく近くの木に叩きつけられた。
「うっ…!」と短い呻き声を漏らし、彼女の手から杖が地面に落ちる。
レインはその場に崩れ落ち、目を閉じたまま動かなくなった。木の幹に背を預けた彼女の体は、まるで糸が切れた人形のようだ。
「レイン!?」とニュートが叫び、慌てて彼女に駆け寄ろうとした。
しかし、その動きを遮るように、魔物が再びレインに狙いを定めた。赤い目が冷たく光り、低い唸り声がニュートの耳に響く。
「やめてくれ…!」とニュートが叫んだ。
心の奥で何かが熱く疼き、恐怖と怒りが混ざり合って胸を締め付ける。
「レインを傷つけないで!」彼は思わず手を伸ばした。
その瞬間、眩しい光が彼の手から溢れ出した。光は森全体を照らし、木々の葉を白く染めるほどの強さだった。
ドンッ!
爆音が響き渡り、魔物がその光に吹き飛ばされた。巨大な体が宙を舞い、近くの木々に激突して倒れる。木の枝が折れ、土煙が舞い上がり、森に一瞬の静寂が戻った。
「僕が…やったの?」とニュートは息を切らしながら呟いた。
目の前で倒れている魔物を見つめ、彼の手はまだ震えている。光が消えた後、彼の心臓は激しく鼓動し、頭の中は混乱でいっぱいだ。
しかしレインはまだ意識を取り戻さない。
彼女の体は木にもたれたまま微動だにせず、顔は青白く見えた。ニュートが彼女に近づこうとしたその時、倒れた魔物の影が再び動き始めた。
赤い目が再び光り、低い唸り声が森に響き渡る。まだ終わっていなかったのだ。
ニュートは慌ててもう一度手を伸ばした。「お願いだ…!」と心の中で叫びながら、森でのあの力を再び呼び起こそうとする。
しかし、今度は何の反応もない。手はただ空を切り、眩しい光も、爆音も現れない。
「どうして…!」とニュートが叫んだ。
声には焦りと絶望が混じり、彼の小さな体が震えている。魔物はゆっくりと立ち上がり、再びこちらに近づいてくる。
レインは動かず、ニュートの手には力がない。森の静寂が、再び不気味な緊張に包まれていた。
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続きは
「気配と影」
になります。
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