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転生先は芝(ターフ)の悪役令嬢!?

作者: 愛想 零人

ある程度調べたつもりではありますが、如何せんにわかのためおかしなところはあるかと存じます。

転生もの書いてみたくて勢いで書いてます。

実在の競走馬とは関係ない妄想です。

 競馬が好きな私は!目が覚めると馬小屋にいた!


 ここは寝藁の敷かれた馬房内。自分よりはるかに大きなお馬さんも一緒にいる。動画サイトで見たことある光景だった。母馬と仔馬の様子を牧場が配信してくれていた画像そのままだ。

 私は細い4つの足を使い起き上がる。昨日まではきっと違和感などなかっただろう。しかし人間だったころ、配信で、時には競馬場に赴いて、駆ける推しを応援していたあの頃の記憶が蘇った今、2足歩行をしていたあの感覚がノイズになる。


「おうチビちゃん!おはよう!…どうした調子悪いのか?」


 私のおぼつかない足取りを心配し、厩務員さんが声をかける。あとから目を覚ました今生の私の母も心配そうに、私を支えるように顔を近づける。

 

 大丈夫!ちょっと頭が混乱していて、体がついてこないだけだから!


 1人と1頭を安心させようとぴょんぴょん馬房内で騒いで見せる。が、勢い余って転んでしまう。怪我がないことを確認し、安心してくれた。元気だということは伝わったようだ。


 そのうちこの体に慣れるはず。そうすれば他の仔馬と変わらずまた駆け回れるようになる。そうだ、今私はサラブレッドなのだ。レースで勝ち進んで、人気も出て、かつての私がそうしていたように、競馬ファンの声援を浴びて…。


 なんて妄想もつかの間、思い通りに体を動かせないまま時間ばかりが過ぎ、歩様が原因か、セリにも出せずなかなか私の買い手がつかなかったようだ。


 最終的に牧場関係者の旧知の老夫婦が私を安く買い取ってくれた。とても優しそうなお二人を見て、ふと、人間だったことの両親を思い出す。娘に先立たれ、ショックだったろう。親不孝者で申し訳ない。

 私は走らねば。今生の親たちのために、お世話になった人たちのために。何より自分のために、長生きするために。牝馬とはいえ、ある程度の結果を出さないとその後の経済動物としての居場所があるか分からない。私が活躍すれば、種牡馬(お父さん)の価値を高めることにだって一役買えるはずだ。


 今生の父が新種牡馬で、私が初年度産駒であると知ったのは、オーナーの伝手で何とか所属厩舎が決まった頃だった。







 私の所属することになった厩舎は、お世辞にもリーディング上位とは言えない厩舎だったようだ。だからこそ私のような歩様等お世辞にも強そうには見えない馬を預かる余裕があったのだろう。


 調教師の先生曰く「筋肉のつき方もよさそうだし、綺麗な青鹿毛で、ただ黙って突っ立ってれば強そうに見える」らしい。馬体詐欺師の素質が私にはあるらしい?

 あと、馬に転生してこのかた鏡なんて見たことないから分からなかったが、私の毛は青鹿毛だった。個人的には葦毛や白毛が好きだったんだけどな。


 先生は焦らずじっくり私を鍛える方針だった。デビューの時期は少し遅めになっても、速さよりフォーム?を優先していると言えばいいのか。競馬は好きだったけど、知識は正直自信ないから、先生や助手さんの言う通りに走った。おかげで気性がいいと評判だった。


 気性の良さによるものか、厩舎の人脈の関係か、私にあてがわれた相棒は4~5年目くらいの若手の男性ジョッキーだった。人間の時、1年目の新人ジョッキーの1人にいたようないなかったような…。

 となると私が馬に転生したのは、今2歳だから、死後2~3年くらいということになる。アニメや小説ではすぐさま転生してるけど勝手が違うのかな。

 

 転生と言えば、折角転生して記憶のあるまま生まれ変わったのだから、競馬の神様!何か特殊な能力の1つでもくれればいいのに!せめてコーナーが得意になるスキルとか!最終直線でものすごい加速するとか!


 

 何の能力も目覚めないまま地道に調教をしてきた私にも、ついにデビューの日程が決まった。かつて私が将来のスターホースがこの中から生まれるだろうかと期待してみていた新馬戦。今活躍しているあの馬、メイクデビューから目をつけてたんだとイキりたかった新馬戦。出走する側になるときが来た。


 そう、この競走馬「レディカルロッタ」の華々しいメイクデビューがね!





 

 まあ、敗北したんですがね!!


 いやでも、5着だったし頑張った方では?

 先生は「何やってんだ、お前ら」とお冠だけど。ジョッキーだけじゃなくて、私も怒られてるの?確かに勝たなきゃって気持ちで突っ走っちゃったけど。馬として、競走馬としてまともに走れるようになってきたのがうれしくて調子こいたかもだけど。お見通しかしら…。


 初勝利を挙げたのは3戦目だった。私はどうも「差し」「追い込み」の脚質らしい。レース終盤までは後方に控え、最後に捲っていくって戦法。背中の相棒とも息があって来た気がするし、この調子でオープン入り、牝馬3冠の初戦「桜花賞」への参戦も夢じゃないかも!?


 と、再び調子こいたのもつかの間、また勝利は遠のいてしまうのであった。現実は厳しい。ゲームのように連戦連勝とはいかないもの。距離を変えてみたり、メンコをつけたり、やっぱりやめたり。私の父が新種牡馬で、分からないことが多く余計に試行錯誤が必要だったみたい。結局、春の桜花賞には到底間に合わないまま私は3歳を迎えることとなった。


 その間に乗り替わり、要は背中の相棒の変更はなかった。どうやら先生がオーナーに依頼して継続騎乗しているようだ。馬だけでなく、人間の若手の育成も当然必要だものね。まあ、私のオーナー優しいからお願いしやすいのでしょう。私自身、人の頃から人見知りだから、いつも同じ人の方が安心。

 それにもし、乗り替わりで、何かの間違いで、かつての推しジョッキーを乗せるなんてことになったら、緊張でまともに走れないかもしれないじゃない!いや、でも、鞭入れられたいような、入れられたくないような…。


 地道に、無理なく調教をして癖なく走れるようになったおかげか、元々体自体は丈夫だったおかげか、私は怪我無く連戦できた。次第に体が出来上がって来て、以前より走れるようになったのを自分でも実感できた。3歳の夏の時期にはオープン入りし、重賞でも惜しいところまでいけた。


 そしてついにギリギリではあるが、牝馬3冠最後のレースである秋華賞へ参戦することができたのだ。

 オーナー喜んでたなあ。でもね、参加するだけじゃダメよ。出走するからには勝つわよ。鞍上はもちろんいつもの相棒で。G1はまだ勝ったことがないらしいじゃない。今まで一緒に頑張ってきた仲だもの、この「レディカルロッタ」が初G1をプレゼントしてあげようじゃないの!


 そんな次走だけど、私が想定していた以上に、大きな、注目を集めるレースになっていた。






 京都競馬場 芝2,000m 右廻り


 それが今日走るレース「秋華賞」のコースだ。人間だったころの知識があるから、どこがスタートで、どこがゴールなのか、勾配がどうとかを覚えているけど、他の競走馬(みんな)は違うはず。背中に乗せた人間の指示通りに走る。本当にすごいことだと思う。ライバルたちを見ながら、今更ながら感心する。馬ってすごいなあ。


 その中の一際輝く存在が、私の300度を超える視野を独占する。あの仔だ!間違いない!厩務員さんたちの話で聞いた!


 よく手入れされた純白の白毛がターフを照らす。彼女こそ今年度の春の「桜花賞」「優駿牝馬オークス」を優勝し牝馬2冠を達成し、3冠牝馬に王手をかける「ビアンカミノーラ」だ。見た目、実力申し分なし。現役屈指のアイドルホースと言って差し支えないだろう。

 私が人として、一競馬ファンとして生きていればまず間違いなく推しに推していたであろう彼女。しかも私がかつて推していた馬の産駒ときた!さらに背中には当時推していたジョッキーが!私が転生するまで現役でいてくれてありがとう!

 推しジョッキー・オン・ザ・推しの仔!!眼福です!!


 そんな絶景(ブエ〇ビスタではない)を堪能していたところ、相棒に肩をたたかれる。そうそう、これから返し馬。ウォーミングアップだったわね。


 「レディはいつも通りだね。今日はあの馬が気になるか?」


 私が他の馬に夢中になるのはいつも通り。相棒もわかっている。もちろん私もわかっているわよ?背中の相棒が緊張していること、それはもうド緊張していることくらい。ここまで一緒にやって来たし、G1戦線に並ぶほどの馬になったんだもの、お見通しよ。

 

 私は相棒の合図を待たずして駆け出す。一気に加速し、そのまま最高速へ。相棒はとっさに減速するよう指示を出す。今度は指示を待ってから減速し、私は歩きながら大きく嘶いてみせた。


 これまでこの脚で勝ってきたじゃない!あなたにも憧れの先輩とか、夢の舞台とか、当然あるんでしょう。でも関係ない!走るからには、勝つわよ私達!

 あの観客の中には、私達が負けることを望むものも多いでしょう。元人間で、あの場にいたことがあるんだもの、知っているわ。でもそれも関係ない!とにかく勝つわよ!


 と、言ったつもりだけど。多分ひひーんとか、そんな感じにしか聞こえていないでしょう。でも調子がいいのは伝わったようね。背中からさっきまでの緊張は感じられなくなった。


 観客の方はというと、私の様を見て何やらざわついているようだ。私の馬券を買った人は後悔しているかしら。それとも走りを見て期待してくれている?


 まあ、見ていなさいって。もう見ていることしかできないんだから。それが楽しいんでしょう?天候、芝の状態、馬の調子、レースの展開、運否天賦…自分では何も手出しできないモノに賭けるそれが!







 

 

 出走予定時刻が近づき、私達出走馬16頭はゲートの前に集まり枠入りを待つ。

 係員に引かれてぐるぐると円を描きながら、改めてライバルたちを確認する。白毛のあの仔はもちろんなのだけど、皆ここまで勝ち上がってきただけあって強そうだ。人だった時に私に馬体診断なんてできるほどの知識や経験なんて身についていないが、競走馬として走ってきた経験がそう感じさせた。

 

 1頭、また1頭とゲートの方へ引かれていく。内枠の奇数番から順にゲート入りが進められる。白毛の仔は、3枠5番。3冠がかかったレースって、どんなプレッシャーかしら。ジョッキーはともかく、馬はわかっていてレースに臨んでいるんだろうか。


 最大のライバルに思いを馳せていると、私の番が回ってきた。私はいつもゲート入りは落ち着いていると評判だ。そりゃ、人間の人格・記憶を持ち、相棒の帽子の色や自分の鞍の番号を認識してますから。粛々と自分の番を待ちます。今日は相棒の帽子はピンク色だ。私は8枠15番の枠に納まる。後は偶数版の枠入り、出走を待つばかり。


 一番外の枠が納まり、私の初G1のゲートが開かれた。


 スタートはほぼそろっていた。私たちはいつも通り後方に待機。先に行きたいならお先にどうぞ。

 先頭の方には内枠の馬が行ったみたいね。白毛の仔は多分5、6番くらい?の先頭集団についたようだ。私たちは後方2、3番手といったところ。ほぼすべての出走馬を拝見できる特等席ね。脚質とオタク気質のシナジーがあって助かる。

 でも実際隊列が決まってくると、もう先頭の方は見えなくなる。こりゃ大逃げなんてされたら見失うこともあるでしょう。

 私の屋根はすっかり落ち着いているようだ。いつも通り、勝負所まで慌てず騒がず。おかげで私もいつも通りに走っている。大丈夫、このまま、このまま。絶対届く、届かせる。


 隊列はほぼ変わらず、そろそろ先頭が最終コーナーに差し掛かるところだろう。相棒に位置を上げるよう促される。そうよねここよね!私たちは息を合わせ捲りにかかる。1頭、2頭とかわし、最終直線に入るころには中団をとらえた。


 大外から中団をかわし先頭集団が見えた。白毛の仔が先頭に替わろうとする時、相棒から鞭が入る。今生で、いや前世を含めてもこれほど全力に、我武者羅になったことはなかったかもしれない。

 

 本当に無我夢中だった。折角、推しの仔が、推しジョッキーが、目と鼻の先にいたというのに堪能する余裕がかけらもないほどに全力だった。


 厳密には、”鼻の後”とでも言うべきだったのだろうか…。





 実況「ゴール直前、わずかに鼻差でかわしました!レディカルロッタ!!牝馬3冠を阻止し、人馬ともにG1初勝利です!!」




 



 「ひどいわカルロッタちゃんは一生懸命走っただけなのに悪役だなんて」

 「まあ、人気のある馬を負かせたからなあ」

 「黒い方は昔からヒールになりますからね」

 「いやいや先生、ヒールとか古いですよ!今どきはヴィランですよ!あいつはヴィラン的な人気出ると思うんですよね。それにあいつ、この肩書気に入ってると思いますよ。今朝一緒に新聞読んでたんですけど…。」

 「一緒に…読む…?」

 「あいつ賢いですよ、絶対分かってます。夢中で読んでましたよ。この”漆黒の悪役令嬢、純白のヒロインを撃破!!”の記事!」











 私は久しぶりに温泉につかっていた。久しぶり、と言っても今生では初めてだ。人として生きていたと時の記憶をさかのぼると、温泉は久しぶりだった。


 秋華賞の激走の後、私の足に怪我が見つかりしばらく休養することとなった私はいつもの所属厩舎から離れ、こうして療養に専念している。

 厩務員さんが私の反応を面白がって、件のレースに関する新聞やネットの反応を見せてくれてはいたけれど、最初は自分のこととしていまいち実感がなかった。最近は時折取材の人が訪れたり、人間たちからの私への扱いから、G1馬になれたことに実感が湧いてきていた。

 

 『漆黒の悪役令嬢』それが私に付けられた肩書、二つ名、あるいは愛称だ。そりゃあ、真っ黒な私が、あんな真っ白な人気者のヒロインを打ち破ったんだものね。でも正直悪くない気分。ネットの反応を見るに私に一定数ファンがついてくれている。

 今は時代が変わった。アニメや漫画でも、敵キャラが悪役(ヒール)として嫌われることより、悪役(ヴィラン)として人気を博すことが増えたからね。


 白毛の仔の陣営やファンにとっては、牝馬3冠を阻止した憎き敵かもだけど。それでもいい。私が勝ったことで、オーナーも調教師(せんせい)も、厩務員さんも、皆喜んでくれた。お世話になった人たちにお返しができた。

 人だった時の感覚が邪魔して上手く走れず、どこにも入厩できなかった馬。新種牡馬の初年度産駒で傾向も何も分からない馬。そんな私を根気よく面倒見てきた人たちへ報いることができて本当に良かった。


 勿論、お金を稼げたのもよかった!私のせいで馬券負けた人はすまん!


 それに私が勝てたことで、父親の種牡馬としての価値はきっと上がったはず。初年度産駒からG1馬が出たんだもの、安い男にはならないはず。多分。血統とかの価値は正直詳しくないから牝馬の私の勝利がどれくらい影響で来ているかは分からないけど。


 種牡馬になるのは本当に大変なこと。牝馬であれば、G1とまでいかなくとも重賞戦線で活躍できれば繫殖牝馬へなれる可能性は十分ある。でも牡馬ともなるとそうはいかない。大抵はG1を勝てた選ばれたごく一部のみが種牡馬になれる、厳しい世界だ。種牡馬になった後も産駒の活躍如何で処遇も変わってしまう。


 顔も合わせたことのないお父さんのためにも、怪我を直してもっと活躍しなきゃ!オーナーもまだ現役で走ってる姿を見たいって言ってくれていたし!


 まだということは、いづれ現役を引退する時が来るのよね。重賞を、それもG1を勝ててしまったんだもの、ほぼ確実に次の転職先には困らないはず。転職先とは即ち、繫殖牝馬だ。


 繁殖だと!?私が!?想像つかない!だって人間の時でさえ繫殖っていうか、まともに恋愛すらしてないし!


 大丈夫かな、いろいろと……。人間の時に経験していたらもっと心構え出来ただろうか。いやいや、まだ時間は十分ある。それまでに心構えできるはず。馬として成熟して、生物として当たり前のこととして受け入れられるはず。そもそも経済動物としてのお仕事だもの。やましいことなんて、ない。






 「いかがですか『悪役令嬢』の調子は」

 「怪我の経過は良好ですね。」

 「普段の様子はどうですか?レースの時とはまた違う顔が見れたりとか」

 「賢い馬という印象です。なんというか、ただぼーっと休んでいるのではなく、スポーツマンが意識して休養を取っているような、そんな雰囲気なんですよね。」

 「そうですか」

 「ちょっと変わってるなと思うことはあります。さっきも静かに温泉につかっていたかと思えば、急に発情期? かと思うようなそぶりを見せて、かと思えば急に冷めるんですよね」











 私が所属厩舎に帰厩したのは、私が4歳となった翌年の初夏だった。私の怪我は獣医さんのお墨付きをいただき、無事完治。ここからが『漆黒の悪役令嬢』の第2部といったところかしら。オーホッホッ。


 しばらく留守にしていた間に厩舎の様子がだいぶ変わっていた。私が秋華賞で勝利するまで重賞馬はいなかったと記憶しているが、なんと今年の『宝塚記念』にて厩舎の先輩牝馬が優勝したのだ。なかなか重賞で勝てないでいた馬の初重賞、初G1勝利だった。宝塚はそうでなくちゃ。他にも以前よりオープン入りする馬が増えてきた。


 おこがましいかもしれないが、これって私の去年の活躍の影響があるはず。一度うまくいくと、後に続くことってあるよね。あとは、各オーナーさん達が期待される馬を預けてくれるようになったのかも。


 そしてこれは確実に私の影響だけど、私の相棒、随分騎乗依頼が増えたみたい。帰厩後顔を合わせることがあったけど、経験積んでずいぶんと男らしくなっていた。ワシが育てた。


 それにしても、なんとあの男!他の厩舎の若い牝馬(おんな)と桜花賞と優駿牝馬を優勝、即ち牝馬2冠を達成していたの!今秋、牝馬3冠を目指し秋華賞に出走予定!


 私がまた秋華賞に出れたなら、再び悪役令嬢として3冠を阻止してやりたいところだけど、残念ながら年齢制限で引っかかるので他の牝馬(おんな)に委ねましょう。お手馬なんだから相棒の勝利を願えって?うるさいわね、嫉妬よ嫉妬!わかってるわよ!


 そんなこんなで予定の合わなくなった昔の男に替わり、私は外国人騎手を背に復帰戦に臨むことになった。最近短期免許で日本に来るようになった人だろうか、転生前には見かけなかった騎手だ。おじ様と呼ぶにはもしかしたらまだ若いかもだけど、それなりに経験を積んできた雰囲気がある。外国人は日本人より大人びて見えるし、そのせいもあるかも。


 乗り替わりは初めてで緊張していたのもあり、休養明けだったのもあり復帰戦は惨敗。復帰後2戦目はなんとか3着といった具合だった。かつての相棒とは息を合わせるという感じだったけど、新しい男は『俺の言うことを聞け!』って感じ。ちょっと強引。でも2戦目は進路が塞がれなければいけた気がするのよね。次はもっと素直に言うこと聞いた方がいいのかも。


 少しずつ調子を取り戻した私は、G1、ジャパンカップへ登録された。今まで走った距離より長いが、私と同じ父の産駒たちがこの距離で好走しているらしい。確かにそういわれると、自分でも行けそうな気がしてくる。調教師(せんせい)は初めからこのレースを目標に休養明け後のローテーションを考えていたようだ。


 約1年ぶりのG1レース、悪役令嬢完全復活の場として申し分ない。気合い入れいこうじゃない。


 レースの約1か月前、かつての相棒が牝馬3冠を達成したというニュースが耳に入り、私は俄然気合が入るのだった。








 東京競馬場 芝2400m 左回り


 日本はもちろん、各国から中距離を得意とする有力馬が集うこともあるレース。勝った馬はこの距離において現役最強の一角と言って差し支えないだろう。一部界隈では『最もかわいい馬が勝つ』とかなんとか……。間違いない、みんなかわいいからね。


 今日のライバルたちも皆可愛く、美しく、勇ましいお姿。当然だけど強そうだし、実際現役の指折りの実力者たちだ。今年から牡馬と牝馬の混合戦に参戦するようになったけど、自分より体格の大きい牡馬は迫力があるし、小さくたって力強い馬も多くいる。


 約1年ぶりのG1レースはやはり格別。観客も多く他のレースと比べると雰囲気がまた違う。コースに入場し観客席を見ると、多くの競馬ファンで埋め尽くされている。パドックでも思ったけど、今日は特にお客さんが多い。


 皆誰を見に来たのかな。やっぱり今注目のあの仔?今年牝馬3冠を達成した「クリーブランド」。美しい栗毛の彼女の鞍上には私のかつての相棒。悔しいけど絵になってるわね。それに昔私の背中で緊張していた様子は微塵もない。


 でも成長したのはあなただけではない。私だって怪我から全快して、調子を取り戻してきた。今回体重増えたのだけど、自分では本当に調子がいいと感じる。言葉が通じたなら『太め残りじゃないの!確実に成長分なの!是非私の馬券を買って!!』と言って回りたいくらい。




 (随分ご執心ね。あなたもあの小娘が気に入らないかしら? レディカルロッタさん?)


 いつも通り意中のライバルを凝視していると、不意に話しかけられ驚いて振り返る。人ではない、馬に声をかけられた。これまでレース前はめったにそんなことはなかった。そして話しかけてきた相手にまた驚いた。


 (あ、ビアンカミノーラさん……!えっと、お久しぶりです)


 去年私が秋華賞で勝ち、牝馬3冠を阻止することとなったビアンカミノーラ。彼女も参戦しているのだ。相変わらず白毛が輝いていて、目が眩みそうだ。彼女が話しかけてくるなんて、良いんですかそんなファンサ許されるんですか。


 (お久しぶり。レディカルロッタさん、走ってるときと大分印象が変わるタイプ?)

 (わ、私の名前覚えてくれてたんですね!)

 (忘れることができたら楽だったかもしれないわね。)


 それもそうだ。彼女にとって私は数少ない土をつけられた因縁の相手だ。これは私がコミュ障というか、デリカシーに欠けるというか、失礼だったかもしれない。自分に人間としての人格や記憶があって、相手は動物なのだと少し侮っていたところがあるのかも。反省。


 (人間とかいう2足歩行の、か弱い生き物に命令されて走らされるなんて、正直癪に障るわ。でも、自分より強い馬がいるのは、もっと気に入らないの。あなたも、あの注目されてる小娘も)


 彼女は真っ白な馬体に秘められた、熱い闘志を覗かせる。


 (今日は私の前を走ることは許さない。でも、腑抜けた走りも許さないわよ)

 (もちろん、全力で走ります。そして勝ちます! 貴方にも、あの小娘にも!!)


 


 

 「なんだか怖いお姉さんたちがいるね……。大丈夫、いつものことだから。君もいつも通りに走れば、負けないよ」







 

 枠入りはスムーズに進み、予定時刻通り発走した。揃ったスタートだ。

 私は先行争いには加わらず、後方へ……と思いきや、中団につくように促された。いつもより少し前の位置。こんな早くから脚使って大丈夫? いやいや、今回は背中を信じると決めたんだ。指示通りに位置取りし、先行集団の後につける。


 すぐ前には約1年ぶりの再会となった純白の推しの仔。その背には推しジョッキー。よく見える最高のポジションじゃないか。前から飛んでくる土や芝のキックバックさえ、ご褒美に感じる。俄然萌えてきた、いや燃えてきた。レース中だぞ闘志を燃やせ。


 牝馬3冠の小娘の姿は見当たらない。どうも元相棒とともに後方に控えているようだ。懐かしい、去年の私たちを思い出す。

 

 隊列が決まり最初のコーナーに差し掛かる。ペースはいつもと変わらないように感じる。人間の競争もだが距離が長いほど走りきるために体力を温存し平均ペースは落ちる。いつもより距離が伸びているから、ペースは落ちると思っていたけれど、こんなものなのかしら。


 向こう正面に入り、隊列を崩さず馬群は進む。観客席からはどう見えているのだろう。いつもより位置を前目につけているのもあり馬群が縦長になっているのか、まとまっているのかわかりにくい。少なくとも先行集団は私の射程圏内に納まっている。


 最終コーナーに入り、まだまだ余力を感じる。このまま最終直線まで行ければ……と思っていたが、背中からGOサインが出る。さすがに早くないかと一瞬考えるも、今日は新たな相棒を信じ切ると決めていた。私はコーナーで先行集団を抜き去り、先頭で最終直線に入る。もう少し推しの横顔も堪能したかったが、すんなりハナをとれてしまったからには仕方ない。

 

 このままぶっちぎる! そうでしょうbady? Let’s go!!


 私は最終直線を全速力で駆ける。観客席から人間たちの歓声が大きくなるのとほぼ同時に遠慮のない鞭が入る。分かってる、迫って来てるよね。真っ白なヒロインたちが。


 さらに鞭が入る。痛ぇ、罰金されても知らんぞ。勝ちたいという執念は伝わるけどね!そして私も同じよ!

 日本のG1勝利の栄誉、国に持ち帰るといいわ!!




 実況「レディカルロッタ先頭! レディカルロッタ先頭! 内からビアンカミノーラ! 外からクリーブランド一気に襲い掛かるが……! レディカルロッタ押し切ってゴール!! 純白のヒロインも、3冠牝馬も、各国の強豪をも下し、悪役令嬢復活ー!!」




 約1年ぶりの勝利は格別だった。ゴール後には推しジョッキーに検討を讃えられ、推しの仔にはガンを飛ばされ、元相棒たちには内心マウントをとり……。というかあなた達どこにいたのよ、どっから2着にまで飛んできたのよ。てっきりビアンカミノーラが2着かと思っていたら、3着なんだもの。


 新相棒の判断は正しかった。早めに抜け出せていなければ差し切られていただろう。初めて『エスコート』されるっていうのが分かった気がする。


 久しぶりの勝利に関係者の皆さんも大盛り上がり。私も、その夜は厩務員さんに見せてもらったネットの反応集を反芻しながら勝利の余韻に浸ったのだった。


 

 『悪役令嬢復活キターーー!!』

 『カルロッタ強ええーーー!!』

 『いやここで来るのかよw』

 『戻って来いと言われてももう遅い! 元主戦騎手との婚約は破棄します! これからは海外のイケオジと一緒に無双します!!』

 『俺の馬券破棄するのやめてね?』

 『こいつヒロインに嫌がらせする時しか本気出さんのかw』

 『てか牝馬だけで1~3着ヤバいだろ』






 今回の活躍で注目を集め、3着までに入った私達3頭は年末のグランプリ、有馬記念の人気投票で上位になったようだ。馬に転生し、実力もついた。一度はグランプリを走ってみたかったけど、残念ながら私はジャパンカップがこの馬生において最後のレースとなった。





 怪我が再発した私は、改善後はレースに復帰せず繫殖牝馬に転職することとなった。オーナーの意向で、もう十分頑張ったからと、大きいレースに勝つたび怪我をする私を想って決断したのだ。


 こればかりは仕方のないことだ。命に係わる怪我でなかっただけ不幸中の幸いだ。人間だったころ、引退する競走馬がいる度に無事之名馬、と寂しい気持ちを納得させてきた。自分で自分を名馬なんていうのはおこがましいかもしれないが、G1を2つも勝ったわけだし実際ようやったと思う。きっと私の種牡馬(おとうさん)の価値も高まったよね?


 そして何より私に繫殖牝馬としての価値があるということ。経済動物としての使命を全うしようじゃないか。子供を育てたことなんてないけど、人間達が手伝ってくれるんだから、人間の社会で核家族が子育てするよりむしろ楽かもしれない。


 怪我の休養中、私はすっかり母馬になる覚悟が決まっていた。馬として数年生きて、すっかり人間の時止まっていた分の精神的な成長を取り戻してきた感じだ。馬の成長は早く、精神がそれに引っ張られたのかもしれない。


 血統表に私の名前が、このレディカルロッタの名が、残っていくといいなあ……。














 (あら、カルロッタさん。お久しぶり)


 純白の美しい毛並みの馬に柵越しに声をかけられる。同じ牧場に来ていたのは以前からなんとなく察していたがこうして会うのは何年ぶりだろうか。


 (ビアンカさん!久しぶり!何年ぶりかな。あの時のジャパンカップ以来だから……)

 (まったく勝ち逃げしちゃって……人間たちの間ではあれで格付けされちゃったじゃない)

 (いや~あの時は正直負ける気しなかったというか! あれ、その仔もしかして……)


 私は彼女の足元に寄り添う仔馬に気づく。真っ黒な毛色の仔。なんだか昔の……馬として生まれた時の自分みたい。


 (この仔は今年産まれた私の仔なの)

 (やっぱり! わあ~かわいい! 元気そうね、よかった。私今年は不受胎続きでシーズンも終わったから……)

 (そうだったのね……。)

 (私、毎年子供を産めてるわけじゃなくて。いつまでここに入れるのかな。もうそろそろ……)

 

 若いうちは今より仔を産めていたが最近は、体質的なものなのか不受胎が増えた。かつてのオーナーが功労馬としての余生を送らせてくれることを期待できるが、馬として、動物として、子孫をこの世に多く残したいという思いがある。できるならもう少し……。


 (ほら、あなたもご挨拶なさい!)

 (こ、こんにちは!)


 私の落ち込んだ雰囲気を悟ってか、ビアンカミノーラは仔馬を嗾ける。かわいい。やっぱり動物の子供っていい。癒される。


 (いいわね坊や? 貴方もお父様や、こちらのおばあ様のような立派な競走馬になるのよ?)


 そうそう、私だって現役の頃はG1を2勝した立派なサラブレッドなのよ。

 ……今、なんて?


 (この仔はあなたの孫よ。あなたの仔、もう種牡馬になってるわよ。あなたの血は脈々と受け継がれているの、だから大丈夫よ。というか私に感謝してほしいわね)


 なんということだ。道理で毛色が同じだと思った。1番目の仔? それとも2番目? なんにせよでかした!

 自分の子供のその後なんて私には知りようがない。だから少なくとも1頭種牡馬になれた仔がいることが知れて、生きていることが知れて本当にうれしかった。


 (でかした息子よ!でもちょっとだけうらやましいような……。競馬の神様!次のチャンスがあれば、次は大種牡馬に転生させてください!)


 

 (ねえ、お母さん。この方がボクのおばあ様なの?)

 (ええそうよ、何だか様子がおかしいけれど、昔はすごく強かったのよ? 母さん結局1度も勝てなかったのよ。秋華賞も、ジャパンカップも)

 (お母さんとおばあ様、一緒に走ったの?)

 (ええ、そうよ)

 (しゅーかしょうって、同い年の馬で走るって前に言ってたよね? お母さんとおばあ様って、同い年!? どういうこと!?)

 

 (……あなたが大きくなれば分かるわ。いえ、大きくなって、競走馬として強くなって、チャンスがあればそしたら……その、察するというかなんというか)

 (わかった! ボク強くなる!お父様やおばあ様のように!!)

 


 

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