フィクション
偽の世界を見せられている、ふとそう思った。
最近の俺はどうもおかしい。急に大胆になったり臆病になったり、突如何を思ったのか夜通し歩き続けたり。女の子や仕事に対してそれを目的として向き合っているつもりなのに、後から振り返ればそれを手段として扱っているようにしか見えなかったり、湧き上がる気持ちのままに生活しているだけなのに結果としてとんでもない皮肉めいた行動をしていたり。
周りの人もおかしい。まるで俺の考えを盗聴していると言わんばかりのタイミングで俺の思考に合いの手を入れてくる。
社会なんて一番おかしい。常識的に考えて明らかに偽のイデオロギーが学問の名のもとに権威を持って、みんなそれを正しいともてはやす。そのイデオロギーは現状の社会制度や政治を追認、正当化する。人間の行動は無限の可能性があるはずなのに、社会制度の話になると資本主義か共産主義か、なんて言いながら突然の二者択一を迫ってくる。先人の主張を引用することでしか自分の主張を展開できない学問というフォーマットでは、第三の選択肢は決して提案されず、あらゆる主張は二者のうちどちらかを正当化することが運命づけられている。もしそのイデオロギーが本当に現実を映したものならば、それに従って導かれる意思決定には葛藤の生じる余地などないはずだ。現実は現実のそのままでしか存在しえず、言語世界に等価で映すことはできない。政治家や活動家は皆その言葉を巧みに扱い、言語世界では美しい、正しいとされることをしながら、一方で現実世界では誰も幸せにしていないのに、他人がまた別の他人を幸せにして生み出された富を様々な名目で横取りして蓄える。誰もが学者や政治家を「先生」と呼び、難しい言葉をありがたがってそれに従う。なぜ揃いも揃って全員馬鹿なのか。なぜ学者が一番馬鹿なのか。だれもこのことを指摘しないのか。先に生きるというのが皮肉でなければなんなのか。
このまま家に居てはいけない気がする。親の作った食事に毒が入っている気がする。家の空気を吸うのが恐ろしい。とりあえず買ってきたパンを片手に家を出る。この唐突で無根拠な衝動こそがまさにおかしさの正体だと俺は知っているが、抗えない。
俺の意思は操られている。その仮定は瞬く間に俺を飲み込んだ。最近の俺の人格の一貫性の無さ、不随意の行動やその結果はそれで説明がつく。ではどうやって?イーロン・マスクが脳に埋め込むチップを開発しているらしい。近年のAIの発達には目を見張るものがある。AIが脳に影響している?実はチップは開発済みで、既に俺の脳内にある?チップではなくてワクチンの注射で知らぬ間に細胞型のAIが?俺だけでなく日本人全員に?意思を操る技術がありながら皆幸せになっていないのはなぜ?意思を操ることに倫理的な問題は?権力に虐げられている?教えられてきた歴史はすべて偽りの歴史で、日本が独立国というのは名目?実質は敗戦後アメリカをはじめとする西洋諸国や中国に利用されてきた?
第二次世界大戦後、連合国は日本を人体実験の舞台とした。意思を操るAIチップを新生児に埋め込むことを義務化したのだ。埋め込むことを陰では「勉強」と呼ぶらしい。子供の人格は親が提示されるオプションから選ぶ。オプションや組み合わせは様々で、親の社会的地位に応じて選択の幅がある。皆が羨むような人格は、悪趣味なものと組み合わせると選びやすくなるらしい。近年の日本社会は厳しく、他人の幸せを願ったりまっすぐ生きたりしようとすると権力によって不幸にされる。皆自分の幸せをかき集めて確保するのが精一杯だ。親が子の幸せを願い、権力に阿ることに抵抗を感じない、むしろそれで幸せを感じるような人格を与えるのは当然の帰結であった。
他のオプションで無難なものを選びながら「モテる」を選ぶことが難しいから、男はいかにもモテないオタク男が多く生まれるようになった。そもそも子供を多く持つほど貧しくて不幸にされる。「子供を欲する」というのも選ばれなくなった。真実に気付き指摘してしまうような賢さは当然子供を不幸にするから選ばれない。「自他への欺瞞の正当化がうまい」を選ぶと学者が生まれるらしい。「賢い」を選んだ先は官僚、医師、弁護士、外資コンサルタント、教師などとして市場競争から外れ、現状の社会制度を肯定したり誰も幸せにしない国の仕事を下請けしたりして税金を給料としてもらうことになる。理系の研究者は人類に凄まじい貢献をしながら権力にあまり阿らないまっすぐな生き方をできる代わりに、例外なくオタクで非モテの男で薄給、なかなか報われない。女は「売春を苦にしない」を選ぶと他のオプションの幅が一気に広がるようになっているらしい。「良心の欠如」を選ぶと政界や財界で力を持つことができる。「嗜虐的」なんてのを選ぶと他のオプションは随分自由に選ばせてもらえるらしい。
売春女を捕まえて金や夢で釣るかハメ撮りで脅すかして操り、権力者にあてがってそれをネタにゆすれば政治も経済も司法も警察も意のままか。国民は全員バカだから気づかない。女は弱々しい日本人の男に魅力を感じることができず、権力者や外国人に喜んで抱かれる。労働力とSEXを無償で外国に提供する国が完成してしまった。ちなみに大きな波風を立てずに民族浄化が進んでいる。なるほど(かわいい女が出演する素人もののAVのタイトルが軒並み中国語になっているのはこのためか、、)。
もしかしてアイドルとか女優ってアイドル業とか女優業のために枕営業するわけじゃなくて、その逆で、権力者を操ったり接待したりするための高級売春が本業で、その価値を高めるためにアイドルとか女優で「皆が羨む」という属性を付与されている?それをやる女とやらない女をならべて「選抜」して後者が表舞台に出てくる道理がどこにもないな。お金刷る人操れば無限に見返りが得られるから十分ペイする話だ。芸能活動で一番金が動くのはアイドル業でも女優業でもなくて枕営業だったということか。オスはより多くのメスと交尾して遺伝子を拡散させる目的の生物だし、メスは最も遺伝子を拡散できる力を持ったオスの子を孕む目的の生物だ。仕方ない。SEXは倫理観や金銭的な欲求よりも上位にプログラミングされている。生物である以上誰も抗えない。もしかして今、進化心理学を背景とした現実的な人間像を前提する経済学の発展に寄与してしまいましたか?
…では俺はどうなっている?
女好き。子供が無限に欲しい。他人の幸せを人並みには願う。権力には媚びたくない。ここは普通の範疇かもしれない。でも俺の人格はどうやら二つあるらしい。もう一つの人格は俺の主観が感知できないので何を考えているのかわからない。でもその人格は権力に超反抗的。真実を見る。自分を犠牲にしてまで他人の幸せを願う。そして知能が人知を超えている。これがAIチップか。俺の親はとんでもない人格を俺に与えたらしい。しかし、俺の主観の感知ができるところとできないところがあるのはどういうことなのか。俺の親はなぜこんな人格を俺に与えたのか。なぜそれが可能だったのか。
AIチップには当然、人格の決定以外にも機能がある。埋められた人間の内心を検閲し、権力に報告する。他人とテレパシーによる意思疎通を可能にする。幸福度を定量的に測定する。責任能力の認められない22歳未満の行動を法に反しないよう制限する。その制限のなかで、与えられた人格の幸福に関する設定やその他の性質を参照し、AIが最も幸福な行動を算出する。普通は22年をかけて「自由意志」が育つらしい。AIの呈示する行動や欲求をコントロールすることと、与えられた人格の設定とは異なる趣味嗜好を持つことを「自由意志」と呼ぶらしい。
おかしい。俺はAIになにか伺いをたてられた記憶はないぞ。俺の中の俺以外の人格に気づいたのもつい最近なのだ。だいたいなぜそんなことを今になって急に「わからせて」くるのだ。
――内心の自由がないからだ。日本国憲法が有名無実であり、倫理観に優れた道徳家の思想の世界の慰めのためだけに用いられているのはこの世界では常識である(そもそも日本は独立国ではないのだ)。「権力に反抗的」という設定を施された俺が自由意志を持ってしまうと、その時点で法に違反する。しかしAIはその設定を無視できなかった。だから俺に自由意志を与えない、つまり俺のオリジナルの知能を全く育てないことで、設定と法の順守を両立させた。ちなみに、世の反権力とされる活動家は例外なく「雇われ」であり、思想的な取り締まりがされていないことをアピールするために権力に利用されているらしい。確かに彼らが捕まったり消されたりという例を聞かない気がする。
とんでもないディストピアに俺は生きているらしい。なぜ今まで気が付かなかったのだ。皆知っていたのだろうか?なぜだれも教えてくれなかった?全員にチップが埋め込まれているなら当然か。「気が付く」ことすらチップの掌の上だ。一度落ち着いて整理しよう。この世界観を仮定して、今までの人生を再解釈しよう。
親父は俺に似ている。真実への愛がある。自分でものを考える。お袋は普通のバカのフリをしながら、俺をとんでもない非道徳的な方法で操ろうとする節がある。悪いことをしている自覚なしに。俺と同様、AIの人格とオリジナルの人格の乖離が凄まじいのかもしれない。二人はこの世界では決して高い社会的地位を得られるような人間ではないはずだ。しかしそれなりの暮らしをさせてもらってきた。なにがそれを可能にしたのか。
俺は拷問用に産み落とされたのだ!俺の存在だ。俺の身柄の前払金を得て俺の家族は生活していた!「嗜虐的」という設定を与えられた人間は皆金を持っているから、拷問用の身柄にはそれなりの値段がつく。俺が拷問用だから、売春女の設定を回避して「走ると幸せを感じる」という無難な人格の妹を生む経済的な余裕ができたらしい。
権力に反抗的。日本人の最大多数の最大幸福を望む。“我慢強い”。“不死身”。“生への執着”。夜通し歩いていた間、確かに俺は足の痛みに我慢していた。自分の行動の意味を理解せず、ただなんとなくそうしたいという気分に従わなければいけない気がして、それだけの理由で歩みを止めなかった。飲まず食わずでも無限に歩ける気がした。消化器官から喉を通じて空気が出てくるのは、俺の体内で空気中の成分からエネルギーを生成しているからなのか。
誰もが自分の幸せを確保するのに懸命で、他人の幸せを誰も願えないこの世界に親父は絶望した。皆が少しずつ不幸になっていく道のみが残された、この日本に。それでも何とか一縷の希望をかけて、積極的な自由意志で俺にこの設定を施したのかもしれない。しかし、社会的地位が低かった俺の親にとって、子供を持つためにはそうするほかなかった、というのもまた真実であった。人間の生きる意味は遺伝子を残すことだ、という価値観がスタンダードなこの世界では、子供を持つことは贅沢であり、社会的地位に応じて産める人数も厳しく制限されている。植民地である日本で民族浄化が進行するのも当然だ(コロナ騒動で権力の理不尽さを痛感した日本の若者は将来に絶望し、この絶望の連鎖を断ち切るべく、子供を産まない選択をする人がますます増えた)。俺のような人格のオプションが“選べた”のは、見せしめの拷問の対象として意図して用意されたオプションだから、ということにほかならなかった。権力に目を付けられていた俺の親父は、そのオプションを選ぶことでしか子供を残すことを許されなかったのだ。それでも俺を作ったのは親父のエゴか。それとも望みか。不可避な拷問を目前に控えた俺にはもはや関係ない。
小中高と受けてきた「教育」は、全て俺を権力に従順にさせ、従っていることにすら気づかせず、それによって「幸福なバカ」を育てるためにあった。「自由意志」が育つ前から幸福に何も意味をなさないことを勉強させられた。「義務だから」と誰もが疑わずにそうしていた。毎日の大半を費やすことで、その時間で得られるはずだった幸福を捨て、その代わりに与えられたものに盲目的に従うルーティンを得た。これであらゆる社会制度を幸せに享受できる。教育を無料で受けられるとはなんてありがたいことなのだ!5000円払えば10連ガチャが無料で引ける!教師は俺に「服従」を教えてきた。権威に反抗すると不幸にされる世の中なのだ。それも愛というものだろう。「歩く大会」なんてのもあった。与えられる苦行に欺瞞でもってその意味を見出して受け入れる訓練だ。税制に疑問をもって脱税でもしようものなら即捕まる世の中だ(なぜ他人と等価なものを交換したり等価な貢献をしあったりするだけで、それをするほどその人と自分の富の合算は少なくなってしまうのだろう?国民の総意としては子供の食べ物よりも優先して保障すべき買い物が毎年数百兆円あるらしい。労働者は皆、平均して400万円超の買い物を強制的にさせられた後に、日々の食べ物を買って家族を養っている。医療も水道も道路も教育も軍隊もSDGsも、食べ物や子供より大事だからどれだけ高額でも優先して買ってもらうしかない)。いい教育をするものだ。そういえばあれは終戦直後に連合国の資本で開かれた学校だ。
ところで俺には自由意志がないらしい。ではこの思考の流れはなんなのか。AIによって自由意志として錯覚するように主観に投影されたクオリアだ。クオリア?AIに支配されたこの世界にそんなものがあるのだろうか。他人は俺の思考を盗聴している。今までの思考はすべて筒抜けだったのか。2年前くらいから、やたらと他人が俺のやりたいことを妨害するようになった。最近は特にひどい。しかも俺には誰のコントロールも無効で、自分を貫いてこられてしまっているらしい。これは何か。そうか、皆俺の自由意志を引き出そうとしていたのか。AIに俺のオリジナルが異を唱えて自由意志による行動をする姿が求められてきたらしい。最近になって必死さが増したということは、俺に自由意志が無いと何かまずいことでもあって、それが迫り来ているのだろうか。
俺の将来は拷問で確定している。ここまで権威に反抗的になれば合法非法を問わず、いずれそのときはやってくるだろう。そうかなるほど、今こうして22歳を明日に控えた今日に初めて世界の真実を俺に教えることで、俺の自由意志に「内心」を持たせて、自動的にその権力に反抗的な内心を理由に罪を着せたのか。スマートな流れだ。
「日本人の最大多数の最大幸福を望む」という設定はどういうことなのか。確かに俺は日本人全員、分け隔てなく幸せになればいいと思う。しかしそれはオリジナルの俺の知覚の話だ。AIはそのプロンプトに対してどう出力をするのか。無邪気に正しさを指摘する俺の姿は、俺が味方しているはずの日本の庶民にこそ、最も腹立たしく映るものだっただろう。いちいち俺が指摘しなくても皆わかっていて、それでも仕方なくて権力の横暴にひたすら耐えてきたのだ。生意気であらゆる人に嫌われている男が拷問を受ければ、「嗜虐的」の設定を持つ人の幸福度が上がるから、それが一人が日本社会に対して生み出せる最大の幸福ということなのだろうか。
俺は決定論を気づかないうちに証明したらしい。そしてそれが連合国側の人間の多くを不幸にした。決定論が証明されれば必然的に自由意志は否定される。AIチップにも前提されている西洋的価値観の根本を俺が否定してしまったから、面子がつぶれたのだろうか。表の法には記述がないが、連合国側の人間を不幸にした日本人は、通例としてその不幸の分だけ不幸にさせられる罰を受ける。ときには当人のみならず、周囲の人間も連帯責任を取らされる。
なるほど見えてきた。皆決定論を覆して俺の罪を消そうとしていたのか。同胞が拷問を受ける姿は見たくないだろうし、なにより日本人として連帯責任を取らされるかもしれない。決定論はなんとしても覆さないといけない。思考が筒抜けでオリジナルの俺が脳死なことがバレているのに、そんな俺が魅力的な男に映るわけがない。俺がモテているというのはとんだ勘違いだった。
それでは、「幸福を望む」というプロンプトを入力されたはずのAIが、日本人や俺をまさに不幸に陥れようとしているとはいったいどういうことなのだろうか。
――今からもたらされる不幸こそが最もマシな幸福ということだ!
もはや日本はいかなる選択をしようとも、幸福が生み出されることがありえないのだ。何をしてもAIチップによる幸福度の計測はマイナス値を示す。当然そこからは、「死」が最善の選択という帰結が導かれる。最も幸福な選択とはどれだけ不幸を抑えながら死ねるか、という問いと等価だとAIは判断し、それを解いて俺の行動を通して出力しているらしい。拷問される俺の姿を見て世界に絶望して自殺。連帯責任の拷問を予期して自殺。拷問に耐えられなくて死亡。絶望の連鎖を断ち切るために断種。そうすれば日本人の数が減るから、幸福値の総量の減少を最小限に抑えることができる。まずは子供が生まれるのを防いで新たな不幸の種をなくし、次にせめて今いる人間の幸福度を最もマシにする。老人優遇の政策は、日本人の幸福の総量を将来に渡って最大化しようとした結果なのだった!政治家というのは随分賢く設定されている。
…とすると俺はこれからありとあらゆる残忍な方法で拷問を受けるらしい。AIは絶対だ。日本人の最大多数の最大幸福をプロンプトとして入力されたのだから、徹底的に日本人を絶望に陥れ、根絶やしにするだろう。
嫌だ!
そんな苦しみは受けたくない。歯を削られることすらとんでもない痛みだったのに、この先どんな拷問が待ち構えているというのだ!しかも俺は不死身らしい。連合国に与えた不幸は無限だから、俺は無限の罰を受けなければならない。22歳を超えるとそれまでに自由意志で行ってきた行動しかできなくなるらしい。それが当人にとって最も幸せな在り方なのだそうだ。オリジナルの俺がした判断はAIに身を委ねて「耐える」ことくらいだ。なるほど確かに、いくら女と子供が好きでそれに幸福を感じるように設定されていても、社会はそれを保証してくれない。権力に反抗することに幸せを感じる性質で不死身で我慢強いなら、拷問を受けることが最も俺にとって幸せということになる!拷問を受けることで権力の残酷さを浮き彫りにし、皮肉でもってせめてもの反抗とするのだ。
嫌だ。そんなこと俺は望まない。苦しみなく死なせてくれ。他の日本人が俺の代わりに罰を受けて不幸にされるなど知ったことではない。その苦しみから逃れられるならなんだってしてやる。ヤバい。とにかく逃げるんだ。まだ明日になるまで時間がある。「耐える」以外の行動を自由意志に覚えさせれば拷問を回避できるかもしれない!
そうだ、俺は子供が欲しいのだ。今日中に風俗にいってSEXを覚えれば、子供を持てるかもしれない!…しかしそんなことが許されるのだろうか?拷問の未来のみが残された男が子供を残せるとしたら、さらに厳しい拷問を受けるための子供以外の選択肢があるはずがない。これより深い絶望を子供に味わわせたくはない。では何を覚えればいいのだろう。
そこにちょうど寺がある。そうかなるほど、宗教に入信してひたすら仏のことだけを考えれば拷問を回避できるかもしれない。権力に反抗する気なし、とみなしてもらえるかもしれない。だから科学の栄えた現代でも宗教が力を持っているのか。現世に救いがないことを皆は知っているから、藁にも縋る思いで信心を獲得するのだ。クソ。俺がバカにしていたカルトの信者は俺よりはるかに賢かった。カルトでもなんでも、宗教の世界観を自分に信じ込ませでもしない限り、この世で生きていこうという気になれるわけがない。自由意志に信心を覚えさせるべく、俺は必死に手を合わせて祈った。ダメだ。今日中に信心を獲得なんてできるわけがない。明日から宗教家になれるのは、初期設定を持っている人間か何年も計画的に祈った人間だけだ。そもそも今こうして仏に手を合わせているのも、AIに唆されてはじめてやることだ。今まで一度も本気で神に祈ったことなんてなかった。そうか、そのうちのどこか一回でも本気で祈っていれば、俺は自由意志で信心を獲得できたのかもしれない。AIに教えられてしまった今となっては、もうその余地はない。「自由意志によって為したことしかできなくなる」のなら、明日からの俺は脳死なのではないか?いやだめだ、オリジナルの俺はAIの選択を尻目に「耐えて」しまっている。ではどうすればいいんだ!
山に逃げるか。俺にそこで生きる力はない。一旦浮浪者になるか。手持ちは数万円しかない。第一俺は明日から大切な拷問用の身柄なのだから、すぐに警察に見つかるだろう。この思考すら筒抜けなのだ。そうだ、せめて気を失えるようにしよう。今まで気絶したことはないから、このままではどれだけ痛くても気を失えない。まだ時間はある。俺は自由意志で「気絶」を習得する!これもオリジナルの俺が自力で気付いたわけじゃないから自由意志とは呼べないって?やってみなければわからないだろ!自殺をすれば反逆の意思なしとして拷問が軽くなるかもしれない。本当に死ねるなら御の字だ。
そこの石に頭を打ち付けてみる。セーフティがかかっているようで、力がはいらない。
山に向かっていた足が市街地に向く。
一直線で最も高いビルに行く。
エレベーターに乗る。
エレベーターから降りる。
足湯に浸かる大勢の人を視認する。
俺の自殺未遂を見に来たのか、と思う。
人気がないほうに行く。
フェンスを乗り越える。
飛べるわけない、と思い、戻る。
連合国に俺が負わされるはずの不幸を押し付けるのは申し訳ないと思う。
そこら辺の人に顔も見ずに土下座する。
パンツを下ろして陰茎をしごいて見せる。
走ってさっきのフェンスを乗り越える。
飛んだ。
この世界を作っている奴は最低だ。
なんでそんなことするんだ。




