1.プロローグ
トクソン王国・王都――
三月。
まだ肌寒い空気に道行く人々は肩を竦め足早に行き来していく中、見るからに貴族女性とその侍女の二人組が歩いていた。貴族の、それも女性となれば徒歩ではなく馬車を使うのが一般的だ。だというのに彼女らは堂々と歩いている。それは目立とうというものだ。
ただし、目立つ理由はなにも華美なドレスを纏っているというわけではない。貴族女性はドレスもシンプルな装いだし、侍女のほうも極ありふれた使用人服。
それでも目を引く。
理由は二人の容姿だ。
整った顔立ちだが全体的に地味な印象の貴族女性は、姿勢の良さと歩き姿が凛としており美しい。気品に溢れる所作は人の目を惹きつけた。
また、従えている侍女の姿が嫌でも目立つ。
目を引いた理由はその侍女が異国人だと明らかに解る容貌だったことだ。
肌の色は褐色で、髪は銀髪、目は非常に珍しい紫色。異国情緒あふれる容姿は侍女単独であったとしても目を引いただろう。
二人は目的地へ向かっていた。
侍女は周囲を警戒しているように辺りを窺っているが、その主人である貴族女性のほうは警戒心の欠片もない。
「シャーロット様、どうやら影は左側で様子を伺っているようです」
「そう。しかたないわね」
「如何致しましょうか?」
「放っておきなさい。見られて困る様な行動を私たちは何ひとつしていまいわ。彼らは、私たちになにかあれば駆けつける護衛だと思っておけばいいのよ」
「畏まりました」
恭しく頭をたれる侍女にシャーロットと呼ばれた女性は軽く頷き、目的地へ向かって歩き続ける。そんな二人の様子を近くの建物の上から覗き見ている影が三つあった。その影は黒いマントを羽織っており、まるで闇に溶け込んでいるかのように完全に景色と同化していた。
シャーロットたちは目的の建物へ入り、影もまたその建物へと忍び寄る。そして、中の気配を探ったあと、影は一人を残し他二名は音も立てずにその場から立ち去った。
シャーロットたちが入った建物は郵便局であった。彼女はとある書類を提出するためにここへ来ていた。
目的はただ一つ。
お世話になった方々の家に、『内容証明』を出すために。