再会
再び霧が箱庭を覆い隠すと「では、まいりましょう」と鏑木氏は出てきた六角柱型扉から遠ざかる様に岩壁沿いをスタスタと歩き出した。
沢がカーテンの役目を果たしていて、岩壁沿いの道を隠しているから上部からは、ここに道があることすら判らないだろう。
いや、上部の様子が霧で見えないから何とも言えないが、岩をくり抜いた様な窓枠付きの空間が所々にあるこの場所はまるでカッパドキアだ。
目の前の光景からできうる限りの情報を得ようと観察するものの、仮説を立てたところで僕の想像が及ばない施設に思考を巡らしても、所属部署に到着するころに疲弊してしまっては元も子もない。僕は映像を目に映すだけに留めておこうと思い至った。
そんなことを考えながら鏑木氏の背中を見つめていると、彼はまたもや不意に振り返り「研究分野の説明がまだでした」と立ち止まった。
箱庭を中心とした8分野の研究・開発は地球を存続させるため早急に対処が必要と考えられる分野に絞られているそうで、4つの科学分野、3つの工学分野、そして農学の3分野で大分類が構成されている。
科学分野は自然・環境・行動・医療の4つで、工学分野は宇宙・エネルギー・工学の3つ。そして、研究・開発テーマによって8分野を混合した組織が形成され、それぞれのチームごとに研究所が与えられるそうだ。
ここで鏑木氏は「お察しの通り」と一言添えた後、僕の所属部署は工学だと言った。そして、
「人の完全なる複製体『分身』の開発、アンドロイドの製造です」
真直ぐな視線を向ける鏑木氏の瞳はやけに輝いていて、どこか見覚えのあるその輝きは僕に篠崎さんの姿を思い出させた。
「後のことは所属チームの皆さんにご紹介してからとしましょう」そう言うと鏑木氏はスタスタとまた歩き出し、岩壁沿いの奥まった空間を1つ通り過ぎた2つ目で足を止めた。
「地下へ向かいます。ここも地下には変わりありませんが」と言いながら上空を指さし「山頂から100m下に位置しています」と、さも簡単な事だといった口ぶりで下を指し示してから、ここから200m下降した所に風の里の研究・開発施設が設置されていると言った。
自然環境保護区内にある研究・開発施設は黒曜石の採掘場跡を活用しているそうだ。だから、地下とはいうものの標高500mほどの山々が連なる山頂から300m下に位置するだけで農業地区から見れば山の中腹にあたる。
「ただ」と続けた鏑木氏は初見で見せたあの冷たい眼差しを向け「上空からの干渉は受けません。衛星でもドローンでも風の里の研究・開発施設を覗き見ることすらできないし、させません」とやけに厳しい口調で語った。
僕はこの時、鏑木氏は感情豊かな人物なのだと感じた。風の里への思い入れが強く、統括管理部としての矜持を全うしようという強い意志の持ち主。
まただ。
鏑木氏に篠崎さんの姿が重なり自分を戒める。これから異動先の所属チームと合流するのに、ここに来て篠崎さんの姿が何度も浮かんでくるなんて。
まして、異動先が同じといえどもこれだけの施設だ。配属先で出会える可能性は低い。僕は早まる鼓動を抑える様に大きく息を吸った。
僕が緊張していると思ったのか、鏑木氏に「肩の力を抜いてください。皆さん、山吹さんのご到着を待ち望んでいる気さくな方々です」と、優しく声をかけられた。
―――六角柱型の扉が開いた。
黒曜石の採掘場跡だと言っていたから地下空間が広がる大谷資料館か、もしくは統括管理部本部棟の駐車場の様な宇宙船構造を想像していたが、見事に裏切られた。
研究・開発施設の中心で実験場だと説明された『箱庭』と同じ構造でとても地下とは思えない。採掘場から外へ出た場所だと説明された方がしっくりくる。
駐車場からここへ来るまで行きかう人はいなかった。今、目の前には普通に生活空間が広がっていて、多くの人も車も行き交っている。
「街そのものじゃないですか?」
問うたつもりはないが、僕は目に映ったままを口にしていた。
それに呼応する様に様式はそれぞれの分野で多少の違いはあるが、構造自体は8分野の施設で変わりはないと鏑木氏は説明を付け加え「では、こちらへ」と目の前に停まった車に乗る様に促した。
音もなく進みだした車は木々が立ち込める林道へと向かっていく。
「!!」
木々?地下空間ではないのか?車窓から見上げると青空が広がっている。箱庭を見下ろした時、霧が立ち込めていたからホログラムかと思い目を凝らすが判別不能。僕は座席シートにドサッと身体を預け一旦、思考を停止することにした。
隣に座った鏑木氏は僕の半ば諦めた様子を感じ取ったのか?「そうですね、現在の3年後を体験していると思って下さい。違和感を覚えるのは今だけです」と、楽しそうな口ぶりで告げられた。
そう言えば。暫く林道を進んだところで、ふと疑問が湧いた。完全自動走行型の車といえども、行き先の指示をしなければ稼働しないはずだ。
だが、目の前に停まった車に乗り込んだだけで鏑木氏が操作や指示を出している素振りはなかった。
僕は座席シートから身体を起こし、運転席を覗いてみた。
「・・・・ハンドルがない?のか?・・・・」
ポソリと呟いた僕の言葉に鏑木氏は「ああ」と呼応すると概略の仕組みを語ってくれた。
自動型ロボットはイレギュラー時の設定プログラムを組み込むことが必須だ。危険回避と緊急時対応はそれにあたる。
この車は緊急時と判断した場合、手動運転への切替を後部座席で実行できる仕組みになっていて、主導権を切替ると後部座席が前方へ移動し、ハンドルが出てくるそうだ。
エアバックを想像してくれればいいと鏑木氏は後部座席に設置されているエアパネルを操作しながら説明してくれた。
「行先の指示はいつ出したのですか?」
僕はこの際、疑問に感じたことを聞いてみることにした。鏑木氏は左耳たぶに触れてから「これです」と、少し口角を上げて微笑んだ。
耳たぶに装着されたチップは常にデータ収集をしていると彼から説明を受けた。それを聞いた時、僕は心拍数や体温などの身体的情報と所在確認や行動把握のための位置情報位で持ち運びの手間がないスマホだと考えていた。
が、ここまできてやっと僕は里山プロジェクトを、いや、風の里を見くびり過ぎていたと悟った。
登録手続きのために入ったブースで僕は音声ではない脳にダイレクトに届くアナウンスを体験した。「チップに思考をスキャンさせます」テレパシーの原理だ。
脳波で離れたロボットを動かす仕組みは既に確立されつつあるが、これはもう別格の話しだ。僕は鏑木氏の顔を無言で見つめた。
そして、「これらのシステムはTCS㈱さんのシステム開発部が担当したものです」おもむろにそう言うと、大学構内に入る時に見かけた警備ロボットの内蔵プログラムも担当はTCS㈱のシステム開発部だと告げられた。
ドクンッ!
鏑木氏のその言葉に僕の鼓動は大きく波を打った。
―――落ち着け。
早くなる鼓動を鏑木氏に悟られない様に平静を装うも、この状態もデータが収集されていることに気づいて僕は諦めた。
『TCS㈱さんのシステム開発部が担当したものです』鏑木氏の言葉が何度も何度も僕の脳内で繰り返される。
またも篠崎さんの姿が浮かんで淡い期待を抱いた。もしかしたら、彼女も僕と同じチームの一員なのではないか?そう思うだけで瞬きの回数が増える。重症だ。僕は自分の体たらくに呆れ窓外へ目を向けた。
丁度、林道から抜けて柵で囲われた敷地が見えてきた。花壇なのか?薬草畑なのか?整然というよりは何か法則でもある様に並んだ植え込みが柵内に見える。
車は柵の前で一旦停まった。また、あの何とも言えない動きで柵の一部が開きそのまま中へ入る。植え込みの間をぬい速度を落として車は進んだ。
「上から見ると幾何学模様になっています」鏑木氏は両脇の植え込みは別のチームが実験用に使用していると付け加え、「そろそろ、チームの宿舎に到着します」と行く手を指し示した。
もう、何が目の前に現れても驚かずに受け入れる覚悟を決めていたが、拍子抜けした。一般的な低層マンションに近い建造物だ。ただ、2階建てと1階建てが交互に連なっていて、西洋の城壁部分が地面に埋まっている様に見える。
「面白い造りですね」
思わず口をついて出た言葉に鏑木氏が嬉しそうに反応する。「1階部分は食堂やリネン室、談話室などの共用スペースで繋がっています。2階部分が個人スペースです」だそうだ。
僕が所属することになるチームは研究者、技術者などで150名、それぞれ独自の生活スタイルを尊重するために個人スペースは独立させた造りにしているのだという。
そんなやり取りをしている内に車は宿舎の出入口前で停まった。
「ここからは歩いて行きましょう。山吹さんにお見せしたい場所があります」そう言うと鏑木氏はフワリと笑った。
僕を驚かせたくて仕方がないのか?なら、いくらでも付き合おうじゃないか!
指示も何かの操作をするでもなく開いたドアから外へ出た鏑木氏の後を、僕は心なしか興奮と期待と緊張が入り混じった感情で追いかけた。
―――宿舎の1階出入口から建物内に入った鏑木氏の後を追うと真直ぐな回廊がずっと先まで続いていた。驚いたのは全面ガラス張りの様に屋外が見えることだ。
外側から見た建造物は確かに低層マンションの造りだったから窓はあったが、内部を覗き見ることはできなかった。だが、内部からは全てが見渡せる。これも新技術というか、新素材を使っているのだろう。
鏑木氏は歩調をゆるめず首だけを後ろに向けて、ふっと楽し気に笑ってから。防音、防火、断熱は実用化しても問題はない完成度だが、高層向きではないと語った。
この素材が市場に出れば、光を取り入れながらエネルギーの消費比率を60%まで落すことが可能だと付け加え、僕へ向けた首を元に戻した。
右手に回廊から垂直に伸びている別の回廊が見えてきた。内部はもちろんここからは見えない。窓のないドーム様な丸みを帯びた形状の白い壁が森林の中へと続いている。
鏑木氏が立ち止まり「こちらへ」と指し示した先がそのドーム回廊の入口だった。シャッと音を立て半透明の扉が左右に開く。
扉があるのか。風の里に入って初めて扉が開く音を耳にして僕は妙にほっとした。
天井へ目を向けると青空が広がっている。薄っすらと膜の様なものが覆っているから回廊の形状がドーム型だと認識できるが、膜すら見えなければ屋外を歩いていると錯覚する造りだ。
回廊の右側に城壁が埋め込まれた様な宿舎が建ち並び、左側には森林が広がる。何とも不思議な光景だ。
フワッと行く手から風を感じて前を行く鏑木氏の背中へ目を向けた。彼の肩越しにきらきらと一帯が煌めいて見える。「どうぞ、少し寛いで下さい」彼が僕を誘った。
森林の中で煌めきを放っていたのは池だった。木製のベンチが池の畔にいくつか配置されている。鳥のさえずりが心地よく耳に響き、枝を揺らす風の音、水面にひらりと葉が舞う。秋が深まる冷たい空気は冬の訪れを感じさせる匂いまでもが漂う光景だった。
僕は暫くその場所に佇んでいた。ここは黒曜石の採掘場跡で地下空間のはずなのに。まぁ、いい。これからじっくり慣れていこう。今は彼の言葉通りに、この身も心もあらわれる光景に暫し浸っていたいと僕は思った。
――――池の右手側、宿舎の方から話し声が聞こえて目を向けた。
グランドなのか?広場なのか?そこで数人がテニスのラケットを手にしている。動きからするとテニスをしている様には見えないが、必死にラケットを振り回していた。
「あそこは一応、アウトドアスペースなんですけどね」鏑木氏は「いつものことです」と付け加えてから何らかの検証をしているのだと苦笑いを浮かべた。
「そろそろ、行きましょうか?」と僕を促してから直接、研究所に入れる出入口もあるのだと池の左側を指し示し、こう告げる。
「満月の夜はあちらの出入口を使って下さい。月が池に姿を映す絶景があのベンチからご覧頂けます。夜になると辺りの景色を鏡の様に映すことからチームではこの池を夜鏡の池と呼んでいます」
鏑木氏の言葉に僕は振り返りもう一度、池を眺めた。月明かりだけで映し出される景色はどれほど美しいのだろう?目にしていなくても想像ができる。
「それは楽しみです」
鏑木氏に呼応しながらも、いよいよ新しい所属先チームと対面する緊張をほぐすように僕は大きく息を吐いた。
池の畔からドーム型の回廊を通り元の回廊を200mほど進んだ先に森林に溶け込む様に、いや、半分地中に埋まっている球体の建造物が見えてきた。
正方形のプレートを繋ぎ合わせた球体はさほど珍しくはないが、そこは風の里だ。繋ぎ目が見当たらない。表面がまるでゴムボールの様にツルッとしている。風雨の抵抗を受けにくい形状だ。ここは地下空間だそうだからさすがに雨は降らないだろうが。
徐々に大きくなる球体の建造物を眺め鏑木氏の後ろを歩調を合わせて歩いていく。出入口と思しき半透明の扉に3m程の地点まで近づいた所で中央に設置されている青色のライトがチカチカと点滅した。
『山吹悟、入所承諾しました』予告なく頭の中にダイレクトに響いたアナウンスに瞬時に身体が強張った。
『心拍数上昇、緊張状態にあります。深呼吸を推奨。4秒で吸入、その後8秒で吐出を3度繰り返してください』不思議とアナウンスのままに身体が反応する。僕は深呼吸を3度繰り返した。
前をゆく鏑木氏が心配そうな顔を向けていた。今まであれほど僕の反応を楽しんでいたのに。そんな顔をされては余計に不安を煽るだけだぞ。僕は彼に向けて左手を挙げ『心配ない』と合図を送った。
僕の合図にコクンと頷き鏑木氏が先へ進むと8角形をした2つ目の扉が上下左右、対角線上に開いた。彼に続いて中へ入る。
『洗浄、雑菌除去を開始します』と脳内に響くアナウンス。鏑木氏の背中へ目をやると止まることなく歩いて行くから僕も同じように彼の後に続いた。
TCS㈱でも精密機器を扱う工場内への入場時は衣服や体表面に付着している微粒子や雑菌を除去するエアシャワーが設置されている。同じ原理だろうと思い高速のクリーンエアが吹き付けられる準備のために身構えたが不発。
まさか、紫外線を使用したエアシールドか?ゴーグルしていないぞ?スタスタと先を行く鏑木氏の背中に確認の眼差しを向けるとまたもや呼応するようにクルリと彼が振り返った。
右手の人差し指をこめかみに当て『ここで話せます』と脳内にアナウンスが響く。
『先ほど、私へ『心配ない』と送られたので説明もなしにご理解されたのだと感心していましたが、無意識でしたか?』彼の声ではないが口調は確かに彼のものだ。
鏑木氏はゆっくりと僕へ近づき「後程、所長から説明がありますので、それまではご自身での発信は音声で行った方がよろしいでしょう。慣れないと非常に疲れます」そう言うといつの間にか床に膝をついていた僕へ手を差し伸べた。
エアシールドではあるが紫外線ではなく数種の電子線で分子レベルまで微粒子や雑菌を分解殺菌しているそうだ。風の里では人体への悪影響を与える素材は一切使用しないから安心して欲しいと半ば諭す様に言われた。
それはそうなのだろうが、せめて心の準備はさせて欲しい。だが、別に身体への影響を心配している訳でも不安に思っている訳でもない。どちらかと言えば高揚感だ。
ここから先の研究所は、確実に僕の想像を遥かに超えた姿を見せてくれるのだろう期待の方が不安や恐怖心を上回っている。
『保護膜の装着を完了しました』3つ目の扉を入ってすぐに脳内に響いたアナウンスの後、4つ目の扉が開かれた。
――――4つ目の8角形の扉が開いた先は球体の内部だった。
仕切りはあるのだろうが全方位が見渡せ、スケルトンの展望台に降り立った様でゾクリとする。高所が苦手であれば絶叫ものだろう。
直径約800m、上層部2階、下層部2階の全層4階で球体中心部の『核』を起点に放射線状に伸びる通路を挟む様に個別ブースが各階に配置されている。鏑木氏は説明しながら真直ぐに核へと向かった。
後を続きながら上層階へ目をやると個別ブース内でそれぞれ役割が与えられていることが見て取れた。
前方斜め下へ目を向けると2体の検体と思しきロボットを囲み数人がテストを行っている様だ。
ドキッ!
その中に長い黒髪を後ろで一つにまとめた人物に目が留まった。あれは篠崎さんではないか?僕はしゃがんで斜め下のブースを凝視した。
「山吹さん?どうされました?」鏑木氏の声に僕ははっと我に返る。この空間に眩暈を起こしたと思った様で「保護膜を装着しているから平衡感覚を失うことはないはずです」と身体を支えられる。
僕は一旦、篠崎さんの事を思考の外へ出そうと眉間に左手をあてた。
「ああ、無理に感情制御をする必要はないですよ」鏑木氏は続けて保護膜について説明を加えた。装着した保護膜は、研究所内で不要と判断された感情は自動制御されるそうだ。研究所と研究者、技術者の心身を保護する役目を担っていて、研究所の外へ出る時は脱着される。だから、無理に感情を制御する必要はない。
鏑木氏は僕を抱き起し「まずは核にいる所長のところへ」と中心に浮かぶように見えるブースを指し示した。
―――球体の中心、核の8角形扉の前までくると鏑木氏は「統括管理部、課長補佐、鏑木史郎です。山吹悟氏をご案内しました」と、入室時の一般的儀礼の声掛けをした。
風の里に入ってから一般的に慣れ親しんだ事柄からあまりに遠ざかっていたからか?この見慣れた儀礼的な入室になぜか違和感を覚え、まじまじと鏑木氏を見つめた。
鏑木氏は「こほんっ」と一つ咳ばらいをして「所長がこの方法を好まれているので」と、気恥ずかしそうな目を向けた。
「どうぞぉ~」と間延びした声と共に扉が開いて中央のエアモニターを眺めていた人物が振り返った。ウェーブかかった赤髪のショートカット、どこか見覚えのあるその人が
「悟、やっと来たね。待っていたよ、と、いうか2年待たされた。史郎、君の慎重さを買ってはいるが、時として・・・・まぁ、いいか」
両肩と口角を少し上げて僕に歩み寄る人物を「『分身』研究所所長、諏訪望氏です。よくご存じですよね?」と鏑木氏は紹介した。
僕は驚きのあまり所長から差し出された手に気づかず呆然と立ち尽くした。ご存じもなにも彼女はTCS㈱社長の次女で僕が所属していた研究・開発室の室長だった人だ。
工場内の自動走行車、風力発電を利用した常夜灯設置の立役者で全てにおいて革新的な研究者。そして、警備用ロボット開発と費用算段の手法を教育してくれた尊敬する僕の上司だった人だ。
「諏訪・・・・室長?・・・・」
彼女は3年前に会社経営に軸を置くという理由で研究・開発室を離れ本社勤務となった。当時の僕は理屈では理解するものの、あれほど発想豊かな研究者がなぜ研究・開発の場から遠ざかるのかと会社に対して疑念を抱いた。
だが、今にして思えば研究開発費の上乗せ稟議が素通りとも思える程、容易かったこと、警備用ロボットの部材調達に事欠かなかったこと、全て彼女が、風の里から支援してくれていたということなのか?
「悟、おい、悟。君の癖は相変わらずだな。思考領域の展開が見て取れるぞ」
クスクスと笑い僕の手を取り無理やり握手を交わしているその姿はかつての諏訪室長そのままだった。
「諏訪室長っ!いえ、諏訪所長、ご無沙汰しておりますっ!これよりよろしくお願い致しますっ!」
思いもしなかった諏訪さんとの再会に僕は彼女の手を両手で握りしめ、深々と頭を下げていた。