僕らの出逢い
「お隣の席、空いていますか?」
長い黒髪がサラリと肩から滑り落ちるのが目に入り顔を上げた。瞳がやけに綺麗な子が僕の顔を覗きこんでいる。
一瞬、時が止まった気がした。
「・・・・」
暫く、長い黒髪と綺麗な瞳に見惚れて声が出なかった。
「・・・・あのっ?・・・・隣、空いていますか?」
「あっ!失礼しました。空いています」
僕は慌てて答えた。
年に最低8回の受講が社内規程で定められている外部講座。受講の回数は決められているが講座の内容は選択できる仕組みになっている。
楓と出逢ったのは神経言語プログラミング、NLP講座だった。
僕は講座や講演に出席する時は特別な理由がない限り、最前列に座る事にしている。社内規程で決められているから仕方なく出席するんだと思っている人もいると思うが、時間をかけて受講をするのだから何か一つでも吸収したい。それが理由。
大概、最前列は敬遠されがちだから5分前に会場入りしたとしても空いていることが多いし、最前列を好んで選択してくる人もそうそういない。講座の開始から終了まで独り静かに集中できる特等席だと思っていた。
最前列の隣の席が空いているかと聞かれたのはこの時が初めてだった。だから余計に驚いた。
「あっ、どうぞ。失礼しました。空いています」
平静を装いつつも二度も同じ言葉を繰り返す自分が少し恥ずかしい。
「ありがとうございます。よかった。空いていて。私、講座は最前列で受講するって決めているんです。唯一、平等に与えられている時間を使うのだから何か一つでも吸収したいって思っているんですよね」
恐らく自主的にではない講座を受講するのにまさか自分と全く同じ考えの人と出会うとは思っておらず、僕は隣に座った彼女の顔をまじまじと見つめた。
「・・・・えっ?私、何か失礼なこと言いましたか?あっ!うるさかったですね。ごめんなさい。最前列が空いていた事が嬉しくて・・・・この講座、とても楽しみにしていたから、つい・・・・」
彼女は恥ずかしそう両肩を少し上下させると、自分の中で完結したのか、ごそごそと鞄の中から無地のA4用紙とボールペンを取り出した。
「・・・・いえ、うるさくないです・・・・少し、驚いて。僕も同じ考えなので、驚いただけです」
僕の言葉に彼女は動きを止めて、こちらへ顔を向けると嬉しそうに微笑んだ。
「益々、この席が空いていてよかったです」
これが僕、山吹悟と彼女、篠崎楓の出逢いだった。