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コトの真相

アールグレイを飲み終えたカップをソーサーに戻すと諏訪さんは篠崎さんが兄の名を名乗るまでの経緯いきさつを話し始めた。


「楓は10歳を迎えて直ぐに両親と兄を一人、亡くしている。私が長男を出産する2週間前のことだ」


諏訪さんの空になったカップにアールグレイを注いだ龍崎さんは、そっと諏訪さんの肩を抱き寄せた。


「一颯・・・・」


龍崎さんの肩に頭を乗せる諏訪さんは、心細そうな表情をして両手で顔を覆った。僕の知る諏訪さんらしからぬ振舞いに事の重大さが嫌でも伝わってくる。


「望、悟へは私が話しをするよ。思い出すのも辛いのだろう?」


龍崎さんは肩に乗る諏訪さんの頭にそっと口づけを落とすと気持ちを落ち着かせるかの様に手を握った。


「頼む・・・・」


小さく頷き呼応した諏訪さんに「心配ないよ」と告げると龍崎さんは僕へ視線を向けた。


「悟、私から話しをさせてもらうよ。望は普段は強靭に振舞っているが、実はとても繊細なんだ」


僕の知る諏訪さんは、目の前にどんな障壁があろうとも立ち向かう選択以外持ち合わせていない人だ。


けれど、龍崎さんと一緒にいる時の諏訪さんはまるで別人で、諏訪さんから目が離せない僕は


「はい、お願いします・・・・」


無意識に龍崎さんに呼応していた。


―――龍崎さんはいつもの穏やかな声音こわねのまま、記憶を辿る様にゆっくりとした口調で語り始めた。


コトの発端は16年前にさかのぼる。


吉祥本家のめいを受けた諏訪さんの実家である諏訪家は風の里から北へ30km程離れた別拠点の里山プロジェクトの研究・開発部を任された。


分身アンドロイド開発の前身で、当時は主に脳と機械をつなぐBMIブレインマシンインターフェイスやAIの研究・開発を行っていたそうだ。


風の里より小規模の施設であった様だが、外部から完全に遮断された山間部の地下に研究施設は設置されていて、従事者以外は立入る事がほぼ不可能であったという。


当然、施設の所長にと諏訪さんに打診があったが、その話しを承諾するには2つの問題があった。


一つは機械工学が専門の諏訪さんからすると神経工学と情報工学が主となる研究・開発は専門外となること。もう一つは妊娠の兆候がみられたことだった。


そこで、諏訪さんは吉祥64家門に関わりのある縁者44家の内からその道の研究機関を有している三枝さえぐさ家に自分が復帰するまでの2年間を一任することにした。


三枝家としては吉祥64家門の主要家門である諏訪家からの申し入れにまたとないチャンスと捉えたのだろう。二つ返事で承諾し、三枝家の分家筋が所長の任に着いた。


動き出して半年が過ぎた頃、吉祥本家の調査部門がら「里山の研究・開発部に黙認できない動きがみられる」と諏訪家に召集がかかった。


「当時、吉祥本家の調査部門を統括していたのが篠崎家、楓の両親だったんだよ」


龍崎さんの言葉に僕はゴクリと固唾を飲んだ。


―――元々は吉祥64家門に属する諏訪家が管理するはずだった。吉祥本家としては問題が発生するとは想定していなかったようだ。だが、縁者44家となると話は別だ。機密性と最新の研究開発を任せるには信頼度が格段に落ちる。まして、従事者以外が簡単に立入れない施設となれば尚更だった。


そこで、吉祥本家直属の調査部門が動いた。施設に出入りするヒト・モノ・カネの動きを外から監視した。施設が稼働を始めて3ヵ月が過ぎた頃、まずヒトの動きが引っかかる。登録申請が出されていない人員数名が施設内に入ったきり、行方知れずとなった。


その数週間後、ヒトとモノに対してカネの動きが合致しない部分が露呈する。厄介だったのは、カネの動きが少ないことだった。最新の設備に機材、その他部材調達はされているにも関わらずカネが動いていないのだ。


龍崎さんはここで一つ大きく息を吐いた。


「考えられる事は一つ、一番に恐れていたことだった。吉祥とは別に出資者がいて、内部情報が洩れているということだ」


そんなことがあり得るのか?出資がままならない研究開発であれば、そんな恐れもあるだろうが、費用換算などせずとも環境の提供が約束されているプロジェクトだぞ?


龍崎さんの話しの腰を折ってはいけないと思い、僕は言葉には出さずに疑問符が付いた視線を向けた。


「悟、愛憎の話しをしただろう?何に愛を抱くかは人それぞれだ。純粋に研究開発に傾倒する者ばかりではない」


僕の疑問符に呼応したのは諏訪さんだった。


その言葉を告げると再び両手で顔を覆った諏訪さんを気遣い、龍崎さんはそっと背中に手を置いた。


「望は事前調査を怠った自分を責め続けているんだよ」


龍崎さんが言うことも解らないではないが、そもそも吉祥グループに関わりのある機関を選別しているのだから、誰もが想定していなかったに違いない。


そこまで諏訪さんが責を負い続けているという事は吉祥グループを裏切る行為、自然の摂理に反する開発がされていたのか?


その所長がどんな誘惑に負けたのか?そこにどんな()()が芽生えたのか?人が所属する組織を裏切る行為に及ぶ時、思考よりも感情が優位になる可能性が高いのではないか?僕はまた初めての感覚を抱いた。


龍崎さんは諏訪さんの様子を気に掛けながらも話しを続けた。


「潤沢な資本に最新の設備、名声と名誉に一生涯を約束された報酬」


龍崎さんは見せた事のない怒りを滲ませた視線を向けた。


「何より最新技術を駆使して生み出した製品の生みの親の称号、歴史に名を残すことだよ」


確かにそうだ。吉祥グループと言えども一企業だ。新製品の考案者や開発者などの個人にスポットライトが当たる事はまずない。


国家プロジェクトや一個人が開発したとなれば話は別だが?この国ではそれは難しい・・・・海外か?海外資本?僕はここで着任日に鏑木氏から風の里の研究・開発施設の説明を受けた時の事を思い出した。


あの時、鏑木氏は十数年前に別拠点の里山で()()()()の人体実験が行われていたと言っていた。そして、吉祥グループの調査部が施設ごと研究・開発全てを破壊させたと。もしや?


僕が勢いよく顔を向けると龍崎さんは静かに頷いた。


「気づいたかい?悟の推察どおりだ。海外の個人資産家が出資加担した生きた人間を使った不老不死の研究・開発だよ」


いつも穏やかな龍崎さんの声は怒りを孕んで震えていた。


―――『不老不死』の研究に取り組む国や機関は少なくない。今やクローン技術や再生医療などの分野は驚異的なスピードで進化を遂げているから技術的には実現可能だとも言われている。


だが、倫理的側面での課題や国際的な法規制もままならない中で研究はしつつも開発を進めるには至っていないのが現状だ。表向きは。


技術的に可能なのであれば、野心と資金力を持ち合わせた人間が秘かに開発を進めていてもおかしくない。


諏訪さんが事前調査を怠ったと今でも自責の念に駆られているのは、吉祥グループが決して踏み込むことはしないと固い意志を持つ領域だったからだと言わずもがな理解できる。


「概念は分身アンドロイドと変わらないかもしれない。だが、分身アンドロイドはあくまで機械、ロボットだ」


龍崎さんは両手を膝の上で強く結んで


「三枝は命を代替えのきくモノと捉えていたんだよ」


龍崎さんは「研究者が決して抱いてはいけない考え方だ」と呟くと、うな垂れている諏訪さんを労わる様に肩を抱き寄せた。


そこからは吉祥本家の調査部がどう対処したのかの話しに移った。


僕は篠崎さんの両親がどう関わったのか?恐らくは対処の過程で命を落とされたのではないか?と推察して、十数年前のできごととは言え背中に伝う冷や汗を感じた。


――――当時、吉祥本家の調査部を統括していた篠崎家は吉祥64家門の末席に名を連ねる家門で諏訪家との繋がりも深かった。


「吉祥が手掛けるプロジェクトに悪意を持つ者の関与を許してはならない」


この理念の基、諏訪家当主は三枝家が立入制限をしている研究施設への潜入と人体実験の事実確認を篠崎家に依頼した。


「楓の母親、有理ゆりは、情報工学でも暗号技術に精通していてね」


龍崎さんは諏訪さんの状態を気づかいつつ、ゆっくりと話しを進めていく。


篠崎しのざき有理ゆりは指紋や顔認証などのバイオメトリクス認証の研究・開発に携わっていた経緯から自ら進んで研究施設への潜入に手を挙げた。


そのタイミングで3台の液体コンテナが研究施設に搬入される情報を掴んだ調査部は、運搬から設置・調整までを請負った企業に有理ゆりを潜り込ませた。


「有理の夫、楓の父親だね、かいも運搬担当に扮して有理と行動を共にしたんだ」


当時29歳だった龍崎さんは専門研修を終え、やっと諏訪さんと一緒に暮らせる状態になったことから


かいが危険を承知で有理と行動を共にしたいと願う気持ちが痛い程、わかったよ」


今までは気にも留めなかったし、危機管理を最優先事項としない考え方を浅はかだとさえ思っていた。


誰かを強く想う時、人は時として行動を見誤る。感情が高ぶり、冷静な判断が難しくなるほど感情が行動に影響を与えてしまう。


今目の前で起きていることもその一つだ。諏訪さんを気づかうあまり、龍崎さんの話しぶりは非常にゆっくりで、途中何を話していたのかが解らなくなる・・・・ことさえある。


それでも僕は無言で龍崎さんの次の言葉を待った。


「有理の推察通り、施設内は至る所にアクセス権が必要な暗証キーが設置されていて、権限を持たない者の侵入は不可能だとわかったんだ」


その言葉に諏訪さんの肩が少し緊張を孕んだ様に見えた。


「だから、有理は最終で最悪の手段を講じた。全暗証キーのアクセス権を無効化するプログラムを潜ませたんだよ。緊急時に一時的に権限が無効化され、有理が全てを掌握するプログラムをね」


諏訪さんは自分を抱きしめる様に交互に置いた両腕を力強く握った。


「コンテナ1台の設置と設定におよそ3週間、3台となればほぼ2ヵ月。有理はその間、研究施設から出られないことを想定していたんだ」


そもそも液体コンテナを3台も導入する時点でクローン技術を使った培養装置を設置すると言っているようなものだ。


「三枝家に出資をした機関は完全に吉祥を侮っていた」


いつも穏やかで朗らかな龍崎さんの冷やかな表情をこの時、僕ははじめて目にした。その表情のまま話しを続ける。


1台の搬入と設置に5人、設定は有理1人。1台それぞれに人員配置をするのが通常だが、そこは秘密保持のための最低限の措置と研究施設側は考えていたのだろう。


そして、搬入だけすれば設置は施設側で行うからと凱を含む5人は施設入口で帰され、設定担当の有理だけが残された。


「この時の凱の心情を思うと居たたまれない」


龍崎さんは諏訪さんの手に手を重ね、握りしめ一つ息を落とした。


外部との連絡は一切取れないと想定していた有理は、ボタン式の記録媒体を作業服に装着し潜入した。


「有理はこのチップの原型モデルに内蔵カメラと音声データの保存を可能に改良したんだ」


左耳たぶを人差し指で触れて見せる。


「しかも、受発信電波の遮断まで施してあったんだよ。施設内のセンサーが感知しないようにね」


そうだ。表面樹脂加工である程度の電波干渉は防げるが、センサーに全く感知されない記録媒体なんてあり得るのか?


カメラを起動させればどうしても微弱な電波は発生する。アナログの使い捨てカメラでさえ、撮影時には・・・・アメーバ細胞か?


僕が向けた視線に龍崎さんは「悟は本当に察しがいいね」と呟いた。


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