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決着の時

分身アンドロイドチームの宿舎前までくると植え込みの先、出入口付近の人だかりが目に入った。チームメンバー150名が全員いるのでは?と僕は目を凝らす。


「なにか、あったのでしょうか?」


研究所ラボで何か問題が発生すれば、脳内アナウンスのショウが個々人に情報を飛ばすはずだが、そんな情報は入っていない。


いや、そもそも研究所ラボで問題が発生したのなら出入口付近でたむろを決め込む様なメンバーではない。むしろ率先して問題解決に乗り出しているだろう。


城木さんに伝えた僕の声音がいささか不安気だったようで


「大丈夫だよ、研究所ラボで問題があったからではないよ」


と、言った後「山吹さんは本当に人柄がいいね」と付け加えた。人柄がいい?大勢の人が出入口付近に集まる現象と僕の人柄の善し悪しに関係性があるのだろうか?


城木さんは諏訪さんの後輩だそうだから、諏訪さんの様な禅問答が待っているのでは?と僕は身構えた。


城木さんは僕の仕草に「むしろ、これから問題を起こしやしないかと心配している」と言って笑った。


8台の車が出入口に近づくと大勢の人だかりは道を開け整列した。ああ、これは


「そう、僕らの出迎えだよ」


城木さんは「山吹さんは謙虚だね」と言いながら車から下りた。


諏訪さんが乗車した車両を先頭に17名全員が車から下りるとパチパチと拍手が起こった。小さな拍手から始まった波は徐々に大きさを増していき、波打ち際に寄せる波の様に歓声を交えた喝采に変わった。


当然『シズカ』の箱庭入りを喜んでの事だが、皆が一様に涙目になって、抱き合い雄叫びを上げているメンバーもいる。その光景を目にした僕は胸に熱いものが込上げてくるのを感じて咄嗟に抑え込んだ。


「感動を分かち合える仲間がいるって・・・・」


城木さんは言葉の途中で声を震わせた。3年前に諏訪さんが着任してから本格的に始まった分身アンドロイド開発。城木さんは12年も前からこのプロジェクトに携わっている。


箱庭では平静を装ってはいたが、ガッツポーズを決めるメンバーと同じく、いやそれ以上の想いを抱いていたはずだ。


出迎えたチームメンバーの姿にタガが外れたのか、城木さんは諏訪さんと龍崎さんに歩み寄ると2人の手を取り深々と頭を下げて涙した。


僕はと言えば・・・・駆け寄ったメンバーにもみくちゃにされ、成す術もなく。溢れ出る涙を拭うことすらできないでいた。


―――僕に駆け寄ったメンバーの中には篠崎さんの姿もあった。


「山吹さん!やりましたね!」


まるで子どもの様に無邪気に喜ぶ彼女の表情に胸が高鳴った。いや高鳴るどころの騒ぎじゃない。心臓を鷲掴みにされた様な激しく収縮する感覚。彼女の身体を引き寄せ抱きしめたくなる感覚。


僕がその衝動を辛うじて抑えることができたのは、鏑木氏の顔が頭に浮かんだからだ。そうでなければ、一月ひとつき前の満月の夜と同じように感情優位の行動になっていたと思う。


分身アンドロイドチームの強い願いが具現化したね」


僕は涙を掌で拭いながら平静を装い篠崎さんに呼応した。


「ここからですよね!私達が風の里に召喚された真が問われるのは!」


篠崎さんのこういう所に惹かれたのだと今なら確信できる。


一歩一歩足元を踏み固めながらも遥か先を見据えた言葉を選択するところ。現状課題を打破しようとする力強い意志と諦めない不屈の精神。それでいて実に楽し気に語るところ。


僕はこの時また一つ、初めての感情を抱いた。君を誰にも渡したくない。


既に鏑木氏と付き合っていると知っていながら、他人ひとの彼女に告白した上、横恋慕していることを彼氏に正々堂々と告げたのだから身勝手な話だ。それでも、僕は君を誰にも渡したくないと思っている。


それは、諏訪さんと龍崎さんが初めて言葉を交わした時に感じたと言っていた『見つけた』感覚に近いのかもしれない。僕にとって篠崎さんは唯一無二の存在なんだ。


「そうだね。ここからだね!全ては今夜、決着をつけるよ!」


篠崎さんからの問いに対する返答とは少しズレていたと思う。それでも僕は、篠崎さんに聞いて欲しかった。今夜、僕は鏑木氏に宣戦布告をするつもりでいる決意を固めたことを。


彼女は「決着?」と小さく呟いたが、その声は他のメンバーの歓喜の声にかき消されて、僕はまたもみくちゃの波に押しやられた。


―――分身アンドロイド初号機『シズカ』の箱庭入りを祝した宴会は、宿舎の食堂で催された。


立食形式ではあるものの料理は勿論、普段よりも豪華でホテルのパーティー並に料理人が力を入れた事が窺える。メニューの中にはメンバーそれぞれの好物が一品仕込まれていて、こう言う心配りも諏訪さんが慕われる要素の一つなのだと思う。


ただ、面白い事にアルコール類は出されているが乾杯の後でそのグラスを手に取る人はほとんどいない。脳の著しい機能低下を招くからと分身アンドロイドチームのメンバーは、アルコールを避ける傾向があった。


その代わりと言ってはなんだが、デザート類には目がないメンバーが多く、果物、和洋菓子の種類は豊富に取り揃えられていた。


諏訪さんは乾杯の挨拶でチームメンバー全員を称賛した。


「誰一人欠けても今日のシズカの箱庭入りは果たせなかっただろう」


と、高々と杯を掲げた姿は勇ましくもあり、美しくもあり、兎に角、見惚れてしまうほどだった。


2時間弱、催された祝宴は龍崎さんの挨拶で閉会した。チームメンバー一人一人と目を合わせてから龍崎さんは皆を鼓舞した。


「今日、我々は分身アンドロイド開発のスタート地点に立った。そして、1年後、シズカは箱庭を出て風の里での実証実験に必ず入る。今、この場から皆の知識と技術の融合を更に加速していこうじゃないか!」


大音量の歓声で締め括られた祝宴は、まるで映画の中に入り込んだ様な感覚だった。


そして、僕はここからもう一つの映画の世界に向かおうとしている。鏑木氏との決着の時が刻一刻と迫る緊張感に押し潰されない様に僕は人一倍、大きな声を上げた。

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