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彼の言う決着

「場所を変えようか?」


諏訪さんが同意を求める視線を龍崎さんに向けると


「そうだな。悟も食事はまだだろう?」


その流れで龍崎さんは僕へ問いかけた。


「えっ?・・・・はい、まだです」


食事のことなど、すっかり忘れていた。そう言えば、宿舎の食堂で軽めの朝食を摂ってから何も口にしていないな。


「悟は、TCS㈱にいたころから自分のことには無頓着でね」


諏訪さんは「まぁ、他人のことはいえないが」と肩をすぼめて見せた。


「それなら、我らの部屋で夕食としようか?」

「おお、そうだな。一颯は料理の腕も一流だぞ」


2人のペースで話が進んでいくが、僕は鏑木氏の言う『決着』の言葉が頭から離れないでいた。


去り際に言われた時には気にも留めなかった言葉が、着任後2週間のあれこれと繋ぎ合せていくと篠崎さんと鏑木氏の関係性に行き着く。保護膜のお陰で平常心は保てているが、研究所ラボを出て独りになるのが怖いと思った。


「じゃ、帰るとしようか?悟、行くぞ」

「あっ、はい」


僕はブース内に展開していたエアモニターを閉じてから2人の後を追った。


『保護膜の解除を完了しました』ショウのアナウンスに身構えたが、保護膜が外れても僕は平常心を保てていた。


目の前を行く諏訪さんと龍崎さんの背中が頼もしく感じて「お誘い頂いて、ありがとうございます」感謝の言葉を口にしていた。


「なに、一颯も悟の着任を心待ちにしていたからな」


諏訪さんはそう言うと龍崎さんの肩をポンポンと叩いて同意を求めている。初見から感じていたが、2人の同志感溢れる関係性は羨ましく思う。


「当たり前だ、望が何としてでも召喚したいと粘った逸材だぞ」


えっ?そうなのか?諏訪さん、どうしてそんなに僕のことを買ってくれていたんだろう?


『山吹悟、退所承諾しました』研究所ラボを出て宿舎へ向かう回廊へ進むと「それで?どうだったか?」諏訪さんは悪戯っぽく龍崎さんの顔を覗き込んだ。


龍崎さんはまるでダンスでも始めるかの様に歩きながら諏訪さんの腰に手を置きサッと引き寄せてから、愛おしそうな視線を向けてそっと口づけた。


えっ?どういうことだ?僕は突如、目の前で展開された2人の姿に度肝を抜かれ足が止まった。


「望の言う通りだったよ」

「そうだろう?これでも人を見る目には自信がある」


えっ?えっ?諏訪さんと龍崎さんはどういう関係なんだ?諏訪さんは既婚者だ。僕がTCS㈱に入社した8年前、3人目の出産から復帰したばかりだった。


僕の存在を忘れてしまったのではないか?と思うほど仲睦まじい様子に「諏訪さんと龍崎さんのご関係は?」と、僕は無意識に疑問を口にしていた。2人の耳には届いていないようだが。


諏訪さんは振り返り僕の足が止まっているのに気付くと「悟?どうした?行くぞ」と手招きしている。僕は慌てて後を追った。


夜鏡池が見える僕の自室とは反対の山側の2階部屋の前まで来て『龍崎りゅうざき一颯いぶき諏訪すわのぞみ』のネームプレートを僕は二度見した。


同室?そう言えば『我らの部屋』と龍崎さんは言っていた。僕は『どちらかの部屋』の意だと思っていたが同室だったのか!


「何もないが一応ファミリータイプの部屋だから悟の部屋よりは広いぞ」


諏訪さんはにこやかに僕を招き入れた。


部屋に入ると龍崎さんはいそいそとキッチンへ向かい冷蔵庫内を物色して「望、蒸し鶏のサラダでいいか?」と献立の伺いを立てている。


「ドレッシングはシーザーで頼む」僕をダイニングへと案内しながら諏訪さんは呼応した。


広めのワンルームの僕の自室と違い、ほぼ一般的なLDで寝室は別の様だ。そう言えば、諏訪さんお子さんは?


お子さんがここにいないとなると、龍崎さんとは内縁関係なのだろうか?えっ?待って、その前に諏訪さん、もしや離婚したのか?3年前、経営に携わるからとTCS㈱の研究・開発室を突然離れた本当に理由がそこにあったのでは?と勘ぐってしまう。


キッチンへ視線を向けると龍崎さんと並んで何とも楽しそうに食事の支度をしている諏訪さんは職場では見られない顔をしていた。


あんな顔もするんだな。


先見性に富んだ発想力、製品化する技術力、人を束ねるリーダーシップにプロジェクトを遂行するマネジメント力。人を惹きつけるカリスマ性も持ち合わせている尊敬する僕の上司。


どこか人間離れしていて、憧れはすれど諏訪さんの様にはなれないし、諏訪さんだからできると皆がどこか神格化していた。


そんな諏訪さんがあんな顔をしている。龍崎さんを愛おしいと想う気持ちが満ち溢れている顔。僕は胸をギュッと掴まれた様に感じた。


ふと、篠崎さんを抱き寄せた鏑木氏の顔が浮かんだ。諏訪さんが龍崎さんへ向ける顔とは少し違う気がする。この差はなんなのだろう?


「待たせたね、頂こうか」


諏訪さんの表情に見惚れている間にダイニングテーブル上には料理が並べられていた。


「簡単なものですまない」


龍崎さんはそう言うが、3種のレタスにアスパラ、ラディッシュ、赤、オレンジ、緑のミニトマトにブロッコースプラウト、モッツァレラチーズに蒸し鶏が散らされたオープンサンド。


色調のバランスといい、食材の大きさといい、瑞々しく整った見た目に食欲がそそられる。全て風の里産だそうだ。


「「いただきます」」2人は声を揃えて合掌するとパクパクと食べ始めた。


「一颯の料理は昔から絶品だ」


諏訪さんがそう言うと


「料理とは言わないだろう?切って盛っただけだぞ」


龍崎さんは小さく笑って諏訪さんが美味しそうに食べる姿を愛おしそうに見つめている。ああ、なんだ、この2人は。


「諏訪さんと龍崎さんはご夫婦だったんですね?」


2人が長年連れ添った夫婦ではないか?と、それ以外考えられないと思える程、確かな感覚を僕は抱いた。


―――僕の問いに2人は顔を見合わせ首を傾げた。


「紹介・・・・していなかったか?」


諏訪さんが「あれ?」と珍しく記憶を辿る素振りをするから思わず笑みがこぼれた。


「ご紹介頂きましたが、ご夫婦であることは・・・・」皆まで言い終わらぬうちに「望は私が夫であることを時折忘れてしまうんだ」と龍崎さんは苦笑いを浮かべた。「そんなことはないだろう?」諏訪さんは慌てた様子で弁明している。


目の前で繰り広げられる2人のじゃれ合う?姿を見ていたら、なぜだか僕まで愉しい気持ちになって、惹かれ合うとは周りにも好影響を与えるものだと感じた。


夕食を食べ終えるとお茶の時間が始まった。


2人とも飲酒はほとんどしないらしい。「吉祥の集まりの時だけ仕方なくな」とさも面倒そうな顔で諏訪さんは言う。


銘柄の異なるアールグレイをブレンドしたものが諏訪さんのお気に入りで「この絶妙な調合も一颯でないとダメなんだ」とカップから沸き立つ湯気の香を愉しんでいる。


アールグレイの香りに促されたのか「一颯と最初に言葉を交わしたのは私が3歳の時だ」諏訪さんはおもむろに2人の馴れ初めを話し始めた。


諏訪家と龍崎家は吉祥家に近しい家門だそうで、家門が集まる年中行事に7歳になると参席が許される。


「強制的に参加させられるのだがな」面倒そうに言ってはいるが「だが、それが家門の結びつきを現代まで保てている仕組でもある」と肯定的に語っていた。


吉祥家は陰陽五行を取り入れ繁栄してきた家門だと風の里に着任した日に鏑木氏から聞かされていたが、龍崎家はその陰陽五行で『水』北方に位置する家門だそうだ。


諏訪家は龍崎家に連なるそうで家門同士の繋がりも深く、年中行事以外でも交流が盛んなのだという。


「一颯は幼い頃から私の面倒をよくみてくれたんだ」諏訪さんの言葉に龍崎さんは少し照れながら「望は子どもの頃から可愛らしくてね」と熱い視線を絡ませている。


何というか、研究所ラボを出てからの2人はお互い片時も離れたくない様子で、今なんて僕がいることを忘れていやしないかと思う程だ。


そんな2人の姿に僕は『魂の片割れかも』と言った篠崎さんが頭に浮かんだ。魂の片割れって2人の様な関係をいうのではないのか?


僕は諏訪さんと龍崎さんのお互いを愛しみ合う姿に僕が自分の底知れない感情を知った着任の日に教えられた『陰陽の法則』の話しを思い出していた。


吉祥家家門の婚姻は本家の意向で決められるそうで「古くからの仕来りだが、侮れない仕組みでもある」そう言うと2人はお互いの手を握って見せた。


女子が16歳になると許嫁が決められ、18歳で婚約、20歳になると婚姻の儀が執り行われるそうだが、2人は初めて言葉を交わした時に『見つけた』と直感したのだと言う。


「あれから40年、私は一颯だけを想っている」


まただ。あの何とも愛おしそうに龍崎さんを見つめる諏訪さんの顔を目にすると僕は胸をギュッと掴まれる感覚を抱く。


「私も同じだ。いや、望が抱く以上に望を想っていると自覚している」


ああ、もう僕はお邪魔ですねと言いたくなるが、こんなにもお互いの想いを率直に伝え合える事ができるものなのかと羨ましくさえ感じる。


そうだ。『お互いの想いを伝え合う』ことが告白だ。僕は一方的に自分の想いを篠崎さんに伝えただけで、彼女の問いに答えるどころか返答を聞く気さえなかった。


諏訪さんと龍崎さんを見ていて、去り際に鏑木氏が口にした『決着をつける』ことが何を意味するのかが、朧気ながら解った気がした。


「諏訪さん、龍崎さん、鏑木さんと話をする場を設けて頂けますか?」


2人は僕の顔を同時に見つめて頷いた。


「任せておけ。史郎は一颯に弱いんだ」

「史郎は冷たい素振りで本来の自分を隠しているだけなんだよ」


2人の快諾に感謝をしながら僕は『彼の言う決着』が篠崎さんに正面から向き合うことなのでは?と思った。


今度こそ逃げずに。たとえ結果が解っていたとしても誠実に篠崎さんと向き合いたい。僕はこの胸をギュッと掴まれる感覚がそう促している様に感じていた。

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