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青白い満月の下で

池のほとりにあるベンチに腰を下ろすと目の前の光景に息を飲んだ。夜空に浮かぶ青白い満月が鏡に映し出された様に池の水面で揺れている。


濃紺の世界に見事に創り出された幻想的な空間。私のお気に入りの場所だ。

天と地で光を放つ2つの青白い満月は眠りについた木々を呼び覚ます様に感じられた。


「きれい・・・・」


サァァァァ・・・・


あまりの美しさに零れた言葉に反応したのか、風が池の畔の木々と私の長い黒髪を揺らす。少し肌寒さを感じるけれど別の世界に迷い込んだような心地よさにそっと瞼を閉じる。


この瞬間が一番好き。周りの全てが私を包み、この世界に溶け込んでいくような不思議な感覚。


水面を滑る冷たい風が頬を優しく撫でて去っていく。私はもっとこの世界に溶け込みたくて大きく両手を広げた。


「楓、待たせた」


ビクリッ!


気配を全く感じさせず背後から名前を呼ばれて咄嗟に身体が反応する。無意識に纏った殺気に近い緊張に広げた両手の拳をぎゅっと握った。


「驚いたっ!悟っ!もう、気配を消さないでと言っているのに。しかも背後から私に近づいたら危ないことは百も承知でしょう?」


悟だと認識するとゆっくりと大きく息を吐いて、握った両手の拳を広げてから身体の力を抜いていく。全く、我ながら本当に厄介な衝動だ。


「悪い・・・・気配を消したつもりはないんだけどな、元々存在感が薄いから・・・・ごめん・・・・」


そんな私の衝動を気にするでもなく慣れた素振りで少し照れた様に微笑みながら悟は私の隣に腰かけた。


顔を覗き込むと青白い光を放つ2つの満月のせいか、少し顔色が悪い様に感じる。


「もしかして?このまま研究所ラボに戻る、なんて言わないわよね?」


没頭すると他が全く見えなくなる悟は研究所ラボに寝泊まりする事が日常茶飯事で彼の身体を案じる私としては気が気でないのだ。


「いや、戻らない。楓と一緒に帰るよ。連日の仮眠で身体を壊したら元も子もないぞって・・・・みんなが」

「それは最善の選択なのじゃない?リーダー?」


おもちゃを取り上げられた子供の様に頬を膨らませる悟が愛おしくて、私は彼の頬を引き寄せ唇を寄せた。


「冷たいっ!悟っ!あなた頬が氷みたいよ。研究所ラボを出てからどこにいたのよ」


冷え切った悟の頬を両手で包みこむ。


「楓、痛いよっ!首がっ」


勢いよく両頬を引き寄せたものだから首が可動範囲を超えたらしい。


「あっ、ごめんなさいっ!」


私が慌てて両手を離すと悟は何事もなかったかのように静かに正面向いて、今しがた私が見惚れていた幻想的な世界に目を向けた。


「この幻想的な姿は見飽きないな」

「綺麗よね。悟にとっては検体がいる池としか映っていないかと思っていたわ」


「酷いな。これでも感情も情緒も持ち合わせているんだぞ。だからこその技術開発だろう?」

「ふふふっ・・・・そうね。だからこその技術開発よね」


私の相づちを確かめてから、ふっと微笑み悟は私の頬に右手を添えて囁いた。


「それに、この場所は僕らにとって特別な場所だろう?」


どれだけ時を経ても、きっと変わらない。本当に愛おしそうに見つめてくれる優しい眼差し。私もあなたの事がたまらなく愛おしい。


お互いがお互いの中に溶け込むように私たちは唇を重ねた。


「わぁ、本当に冷たいっ!頬だけでなく、唇も冷え切っているわよ。早く帰りましょう」


愛おし過ぎて涙が出そうになるのを悟られない様に少しお道化どけて私は立ち上がった。


「楓の唇も相当冷たいぞ!かなり待った?」

「う~ん?そうでもない。30分位かな?あまりにも綺麗だったから・・・・」


天と地に浮かぶ青白い2つの満月へもう一度視線を向ける。


「そうだな。本当に綺麗だ・・・・」


まるでその光景に嫉妬でもするように悟は私を抱き寄せまた一つ唇を重ねた。


「綺麗だ・・・・」


私が映る悟の瞳は水面と同じ鏡の様で、2つの青白い満月がくっきりと映りこんでいた。

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