ジャック・オー・ランタンと魔法の夜
「お菓子か、いたずらか。」
ハロウィン。それは年に一回訪れるお祭り。かぼちゃのお菓子やジャック・オー・ランタンが怪しげな笑みを浮かべて飾られたり。子供達がお化けの仮装して、おかしを貰いに行く。そんなハロウィンの1日がこの世界で始まろうとしています。
○
目の前の光景に僕はその場から一歩も動けなかった。どうしよう…。そこら中に砕け散った試験管や薬剤、そして倒れ込んでいる僕の主人。もう長く目を覚ましていないみたいだ。きっと昏睡状態なのだろう。
「…どうしよう。」
珍しく雨が降っていた日だった。頼まれた薬草を調達しに行っていたけど、雨に濡れてもうほとんど萎れてしまっていた。また明日来よう。そう、あんな事が起きるなんて考えもしなかったから。
このまま放っておくか。どうせ自分が死ぬわけではない。
「た…たすけてください。
ぼ、僕のとこの"魔女見習い"が…」
そう言いかけた。言いかけたのに何も覚えてない。やっとの思いでここまでたどり着いた。ここはどこだろう。最後に見えたのは、美しい満月だった。
○
「…い、やめ…よ…起…しちゃう…」
…なんだろう。ざわざわする。
「なによ…う…さい…そっち……」
…こっちは女の子の声…?
「2人とも…ずかに…」
意識が戻ってきた。
「あ」
僕の目の前にいるのは3匹の…猫?
「よかった目を覚ましてくれて。心配だったんだ。君、新入りだよね?集会ではあんま見ない顔だと思ったんだ。すごく慌てて走ってきたからびっくりしたよ。君のご主人様が大変なんだって?」
いきなり情報量が増えて、頭が追いつかない。
集会、?新入り、?そもそも今は夜なの?僕そんなに慌ててたのかな。
「ちょっと。そんなに急に色々言われても分からないわ。まずは自己紹介くらいしなさいよ。」
首にピンクのリボンをつけた女の子がそう言った。
「おっと、ごめん。俺の名前はリアム。そしてこちらがミラ。」
横の女の子を指しながら紹介してくれた。
「そしてこっちが…」
「ノアだ。昨晩君は集会の真っ最中に飛び込んで来て大変だったんだ。」
ノアは詳しく説明してくれた。集会というのは、魔女様の使い魔の黒猫たちが月に一回満月の夜に集って会議を開く事、らしい。そしてどうやらその大事な集会に僕は割って入ってしまったので中止になったそうだ。
「それで、君の事を教えてくれる?」
あ、どうしよう。急に話のバトンを渡されてどうしていいか分からない。こう言う時すぐに言葉が出ない。
「ええっと…ぼ、僕は、あの…ルーチェで…僕のとこの魔女見習いが、えっと、死にそうで……た、助けて欲しいんです……」
言えた。でも目を開けられない。みんなの顔を見れない。
「あはは。なんだそんな事か。ルーチェ、最初からそう言ってくれればいいのに。そんな事ならお安い御用だよ。」
あれ、思ってた反応とは違う。ほんとにいいの?僕なんかが頼み事をしても。本当なら、「そんな事も出来ないのかよ。」とか「自分でどうにかしな」とか相手にされないと思った。今までもそうだったから。他の人には相手にされなかったから。
「ご主人様は見習いなのよね?見習いの魔女ならみんな魔法薬屋をやっているはず。一体何があったの?」
「実は……ある依頼をされたんです…」
悪霊に取り憑かれた少女を治して欲しいという女性からの依頼だった。そんな依頼に答えようと主人は三日三晩ぶっ通しで薬を探していた。
「それは災難だったね。」
でも、こんな事になったのは僕が何も出来ないせいだ。僕がなんとかしないといけないのに。
「そういえば俺、ある噂を聞いた事があるんだ。ジャックオーランタンの噂。ある不思議なジャックオーランタンで、何でも叶えてくれると有名な魔除けだったらしい。でもある日突然消えちゃったんだ。」
そんな物があるなんて初耳だ。もしそんな物が本当にあるなら何としてでも見つけ出さないと。僕にできるのか、そんな事が。
「それを見つけられればルーチェのご主人様を助けられるかも。でも見つけるには大変よ。」
「まずは一旦聞き込みをしよう。街の人に聞いて回れば何か知ってるかもしれない。」
○
街の至る所にジャックオーランタンが飾られていて、大小様々で表情もそれぞれ。仮装をした子供達がカゴを持ってあちこち行き回っている。そう、今日はハロウィンだから。
「わあー、魔女だー。」
ある人間の男の子が上を向いてキラキラした目で見ていた。
「ハッピーハロウィン。今日は大いに楽しんで。」
魔女が杖を振った瞬間、沢山のお菓子が空から降ってきた。
「ハロウィンのパーティーを盛り上げるのも魔女の役目なんだ。すごいだろう?」
リアムが自慢げにそう言った。
本物の魔女が魔法を使うところを見たのは2回目だ。
1回目は僕が見習い魔女様の使い魔になる前に一度だけ。
ードサッ。
また放り投げられた。僕が汚いからって、黒猫だから不吉だって。望んでこうなったわけじゃないのに。でもいいんだ。ずっとこうだからもう慣れっこ。
「あなた、強いのね。」
上を見上げるとそこには、とんがり帽子を被った魔女が僕をみている。
「あなたは…魔女?」
「えぇ。私は幸運の魔女なの。あなた、私に逢えてラッキーね。」
幸運の魔女と名乗るその人は、右目に包帯が巻かれていた。
「右目が見えないの…?」
「ええ。でも閉じていているからこそ見えるものは沢山あるわ。右目は世界を見る目。そして右目は光を見る目なの。さぁ目を閉じて。」
僕はそっと目を閉じた。真っ暗で何も見えないじゃないか、そう言おうと思った時だった。
光だ…まるで満点の星空の様に光が輝いてる…。
これはきっと……魔法だ…!
「君、名前は?」
名前…そんな贅沢なものは持っていない。
「では私がつけよう。君は今日から"ルーチェ"と名乗りなさい。」
"ルーチェ"それはこの世界では"光"を意味する言葉。僕には勿体無い。そして僕が目を開けた時には、片目の魔女はもうそこにはいなかった。
「ルーチェ。行くよ。」
そうだ。今は聞き込みをしてたんだった。今度は僕が助ける番。
○
「はぁー。これで何人に聞いた?」
「分からないわ。一生分聞いた気がする。」
リアムとミラはもう疲れ果ててふらふらしている。僕たちはたくさんの人に聞いて回ったな。
「すみません。僕たち今あるジャックオーランタンを探していて、何か知ってますか。」
「んー、そんなものは聞いたことないね。」
大体この回答。
「ここらじゃ、ランタンなんていっぱいあるよ。どれか適当に1つ選ぶじゃダメかね。」
適当に選ぶなら聞いてないよ。まぁ、そりゃ知らないよなぁ。
もちろん魔女にも黒猫にも聞いた。
「願いを叶えてくれるんです。聞いたことはありますか。」
「素敵なランタンね。そんなものはあったら私も一度は使いたいわ。あなたは知ってる?」
魔女は使い魔の黒猫に聞いた。
「知ってるよ。使い魔の間では有名な話だ。聞いた話だとある魔女とその使い魔がそれを作り出したらしい。でもそれを悪い事に使おうとする人が増えてね。だからどこかに隠したって言う。」
「そうでしたか…教えてくれてありがとうございます。」
「力にならなくて本当にごめんなさい。でも代わりにお菓子をあげるわ。みんな手を出して。」
魔女が杖を一振りすると、みんなの手はキャンディーで溢れた。
「ハッピーハロウィン。良い夜を。」
手を振りながら彼女達は箒に跨って満月に向かって飛んでいった。
○
「やっぱりあの人に聞いてみるしかないか。」
「おいノア、お前が聞きにいけよ。俺は行かないからな。」
そう、実はある猫から有力な情報を手に入れた。
それはと言うと、街の隅にある酒場を営んでいる狼男がランタンについて何か知っていると言う。でも、もうこのワードだけでもゾッとするのに聞きに行くとなると誰も行きたがらない。僕も行きたくない。
「ここはじゃんけんでいくしかないな。」
えっじゃ、じゃんけん…?
「いいじゃんやってやるよ。恨みっこなしだ。ミラ、ルーチェもはやく。」
「私も?強制参加なの?」
やばい。ここで負けたら命はないかもしれない。
「わ、わかりました。やります…」
「よしいくぞ。じゃんけんぽん!」
やっぱりね。
○
ーギィー。
「し…つれいしまぁす…」
僕が負けた。案の定みんなゴツゴツした見た目ですぐにでも襲い掛かって来そう。きっと1匹の猫なんて小さなありんこくらいにしか思ってない。僕みたいな小さな体の奴は特に。
「何用だね?」
奥から出て来たのは、狼男だった。
「えと、あの、」
もう何を聞こうとしたのかも思い出せない。この雰囲気にやられちゃだめだ。いけ、話すんだ。
「こっちに来な。」
「…えっ。」
もしかして、殺される?あぁ、人生終わった。
「話があるんだろう。こっちの方が周り気にしないで喋れるんじゃあないのか。」
あぁ…良かった。殺されるんじゃなかった。むしろ話をしやすい様に場所を変えてくれた。
「あ、ありがとうございます…。あの、実は僕たち、あるランタンを探していて。」
狼男はランタンの言葉に反応していたけど、しばらく黙っていた。それから少ししてようやく口を開いた。
「あのランタンは、もう随分昔のものだ。それをなぜお前さんが探している。」
「僕の主人が今昏睡状態で一刻もはやく助けたいんです。僕の力ではどうする事もできないから…せめて出来ることをしようと。どうにか力を貸してもらえますか。」
狼男はまた黙った。
「…あのランタンがどこにあるかは知っている。お前さん、魔女の使い魔だろう。」
「はい。ですがまだ魔女見習いです。」
「そうかそうか。」
そして狼男は遠い目で昔話を始めた。
「昔、1人の魔女がここを訪ねて来た。自分の猫を助けて欲しいと。だが私にはどうする事もできなかった。やがてその子も他のパートナーを見つけて立派な魔女になった頃、ハロウィンに1つのランタンを作った。特別なランタンを。」
『このランタンはみんなの願いを叶えてくれる幸福でありますように。多くの人が幸せになってくれればいいな。』
と魔女は言った。
「お前さんは使い魔だが、あの魔女とそっくりだ。弱いけど自分の意思でここまで辿り着いた。」
「ランタンの場所は北の廃墟になった教会にいる人物が持っている。その人に聞くとよい。」
やっとランタンの持ち主に辿り着いた。
「ありがとうございます。とても助かりました。」
「あぁ、頑張りなさい。」
こうして僕たちは北の廃墟へ向かった。
○
辺りもいよいよ本格的に夜中になって来た。狼の遠吠えの声が遠くから聞こえる。廃墟の教会はすぐに見つかった。案外遠くなかったけど、今まで誰もここにある事を知らなかった。
重い扉を開けるとそこには大きな広場があった。
「どんなに怖い場所かと思ったら、案外綺麗な場所ね。」
ミラが境界を見ながら言った。だがここから先は僕が1人で行く事にする。
「リアム、ミラ、ノア。ここからは僕1人で大丈夫。ここまで協力してくれて本当にありがとう。」
窓から青白い光が差すせいか、廃墟とは言ってもここはなんだか神秘的な雰囲気を漂わせている。
ーポワッ
周りに飾ってあったろうそくにいきなり火がついた。誰かいるのか。その勢いでろうそくは前へまえへと次々に着いていく。そして最後に火がついたのは祭壇に飾ってあったジャックオーランタンだった。
「…みつけた。ようやくみつけたんだ。」
僕はランタンの方へ歩いた。
『誰なの。』
人の声がした。何故かは分からないけど、僕はこの声を知ってる。
『あなた、1人でここまで来たの?強いのね。』
「あなたは…魔女?」
『えぇ。私は幸運の魔女なの。あなた、私に逢えてラッキーね。』
「………僕は今まで光にたくさん出逢えた。それと同時に闇にも出会った。でも目を閉じるとまたたくさんの光が見えたんだ。あなたが僕に魔法をかけてくれたから。」
『君、名前は?』
「僕の名前は"ルーチェ"。ありがとう僕に光をくれて……」
こうして魔女と黒猫のハロウィンの物語は幕を閉じます。なんだって?あぁ、ジャックオーランタンはちゃんと願いを聞き入れてくれて魔女見習いも助かりましたよ。
今宵は満月の夜。狼男も唸り声をあげています。小さかった黒猫の背中が少し大きくなっている気がしました。黒猫を見たらたまにはルーチェとみんなの事を思い出してあげてくださいね。
さて、ハロウィンといえばあの言葉なしでは終われません。3つ数を数えたら、心の中で合言葉を唱えてみては。3,2,1