深夜ラジオでネタを読まれないハガキ職人、常連ハガキ職人への憎悪を募らせる
ラジオ番組『ティラミス吉田のお笑いミッドナイト』が始まる。
毎週水曜日深夜1時からタレントのティラミス吉田がパーソナリティを務めるこの番組は、非常に人気が高い。
同時間帯での聴取率はここ10年トップを譲ったことはない。
人気の理由はティラミス吉田のトーク能力の高さはもちろんあるだろうが、やはりバラエティ豊かなハガキ読み上げコーナーによるものが大きいだろう。
メールによるネタ募集が主流になっている昨今、この番組では未だにハガキによるネタ募集を行っている。「メールだと気軽に送れるので職人がネタを吟味しないから」という理由のためだ。これが正しいのかはともかく、この番組のハガキ職人はレベルが高いと巷でも評判である。
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大学生の清田洋介もまた、『ティラミス吉田のお笑いミッドナイト』の大ファンだった。
彼は名字の「清」という文字から連想したクリームソーダならぬ「クリーンソーダ」というラジオネームでネタを投稿しており、一度ネタを読まれたことで、すっかり番組に熱中するようになっていた。
ところが、最近は――
『え~、続いての“こんな未来はイヤだ!”はラジオネーム、エビチリ貴族さん』
「クソがっ! またエビチリかよ!」
ラジオを聴きながら、洋介が不満と嫉妬をあらわにする。
彼はここ数ヶ月、一度もネタを読まれていない。自分のネタが採用されれば自尊心や達成感が満たされるが、そうでなくては他人のネタを聴くだけになってしまう。
ティラミス吉田がエビチリ貴族の書いたネタに大笑いしている。洋介は舌打ちしながら吐き捨てる。
「こんなネタのどこがおもしれーんだよ! 俺のが絶対おもしれーのになんで読まれないんだよ!」
結局この日も洋介のネタは読まれることなく、番組は終わった。
屈辱感と敗北感に打ちひしがれた洋介は、なかなか寝付けず、この日の大学の講義を遅刻するはめになってしまった。
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洋介は大学の食堂で、友人の森川研一と会っていた。研一とは大学に入ってから知り合った仲で、彼も『お笑いミッドナイト』のリスナーということで気が合ったのだ。
研一の前で、不満を爆発させる洋介。
「くそっ、また読まれなかったよ……!」
「ドンマイ」
「ここんとこ全然読まれねーし、ぶっちゃけ読まれる気がしねえよ」
「まあまあ。あの番組は採用の競争率も高いし、“読まれたことがある”ってだけでも大したもんだよ」
こんな励ましも、今の洋介にはまるで響かない。
「いや……無理だよ。ていうか、最近さ、読まれる奴がだいぶ固定化されてきてるじゃん。常連っつうの?」
「あー、“四天王”か」
「そうそう。あいつらのばっか読まれてさ。大して面白くないのによ。絶対おかしいぜ」
洋介の愚痴は止まらない。
「今の『お笑いミッドナイト』は出来レースみたいなもんだろ。クソつまんねえのに名前だけで採用されてる奴って絶対いるし」
「仮に同じぐらいの面白さのハガキがあったとして、片方が常連、片方が無名だったら、採用されるのは絶対常連じゃん」
「常連の存在って番組の質を下げるよな。特に“四天王”の奴ら……ホント死ねばいいのにと思うよ」
もはや愚痴の域を越えて、陰謀論や罵詈雑言にすらなっている。
研一はそんな洋介をたしなめるように、
「落ち着けよ。地道にネタをコツコツ書くのが一番だって」
と言うが、洋介はまるで聞く耳を持たないのだった。
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ここで彼らの言う「四天王」について説明しておこう。
『ティラミス吉田のお笑いミッドナイト』には特に読まれる頻度の高い、四名のハガキ職人がいる。彼らはリスナー界隈では「四天王」と呼ばれている。
オーソドックスなネタで笑いを取っていく「エビチリ貴族」
下ネタを得意とする「あせも太郎」
主に風刺ネタで常連となった「メタルなメダル」
ラジオネームとネタの内容から女性と思われ、四天王の紅一点とされる「いきおくレディ」
この四人は毎週のようにネタを採用され、同じ日の同じコーナーでハガキを二枚以上読まれることも珍しくない。
すっかりネタを採用されなくなっている洋介からすると、根拠もなく「こいつらは名前だけでハガキを読んでもらえてる」「贔屓されている」と考え、憎しみを募らせてしまうのだった。
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さて、洋介が愚痴をぶちまけた次の週の『お笑いミッドナイト』が始まる。
『続いてはラジオネーム、エビチリ貴族さん』
『あせも太郎さんの考えた“絶対バレないカンニング”は……』
『出ました、メタルなメダルさんお得意の風刺ネタ!』
『アハハ、いきおくレディさん、相変わらず面白いですね~』
やはり四天王はいずれも採用され、洋介のネタが読まれることはなかった。
「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」
悔しさを込め、机に拳を叩きつけるのだった。
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ところがそれから三ヶ月後、番組内の勢力図は大きく変わっていた。
『続いてはラジオネーム、鉛筆はエッチになると固くなるさんの考えたネタです』
四天王として猛威を振るっていた「エビチリ貴族」「あせも太郎」「メタルなメダル」「いきおくレディ」のハガキが全く読まれなくなり、これまで無名だったハガキ職人のネタが採用されることが多くなってきた。
むろん、こんなチャンスを逃す洋介ではない。
「この戦国時代、俺が制してやるぜ!」
ハガキを買いまくり、ネタを書きまくる。
彼の熱中ぶりは、もはや常軌を逸していた。
やがて――
『続いてはラジオネーム、クリーンソーダさんの考えた“引きこもりを一発で外に出す方法”』
「やった! 読まれた!」
努力が実ったのか、洋介のハガキがついに読まれた。
これ以後も洋介のネタはたびたび採用されるようになった。
四天王がいなくなった後の戦国の世で、名をなすことができたのだ。
もちろん、友である研一ともその話題で盛り上がる。
「洋介、昨日も読まれてたな!」
「まぁな~」
「今日もハガキ買ってるのか?」
「もちろんだ! 今日中に10枚は投稿しなくちゃな!」
洋介は目論見通り、四天王が消えた後の常連ハガキ職人になっていくのだった。
***
水曜日の深夜、洋介はアパートでいつものように『ティラミス吉田のお笑いミッドナイト』を聴いていた。
すると、インターフォンが鳴った。来客は研一だ。今夜は二人でラジオを聴こうと約束していたのである。
「ビール持ってきたぞ。ラジオ聴きながら一緒に飲もう」
「お、サンキュー」
研一が缶ビールを開ける。二人はビールを飲み、雑談に花を咲かせた。
「お前のハガキ、ここんとこ毎週読まれてるけど、今日も読まれるといいな」
「うん、コーナーが始まるのが楽しみだよ」
ラジオからはティラミス吉田の軽快なトークが流れている。
「これもお前のアドバイスを聞いて、地道にコツコツとネタを書いたおかげだな。それと……」
「それと?」
「やっぱり四天王がいなくなったのが大きいと思う。こうしてネタが読まれるようになったら冷静に判断できるけど、あいつらのネタはレベル高かったもん」
かつての洋介は常連たちへの不満や嫉妬で彼らの実力を低く評価していたが、今思うとやはり四天王の実力は高かったと認識していた。彼らは決して贔屓などではなく、実力で四天王に君臨してたのだな、と感じている。ゆえに彼らがまとめていなくなったことに寂しさも覚えていた。
研一がこう返してきた。
「なんで四天王ってみんなまとめて消えたんだと思う?」
「うーん……さあな。ネタ書くのに飽きちゃったんじゃないのか」
洋介自身、いつまでハガキ職人を続けるかは分からない。今は熱中してるが、ある日突然飽きてもおかしくないのだ。
「実はさ、この俺が消したんだよ」
研一の言葉に、きょとんとする洋介。
「は? どういう意味?」
「そのままの意味だよ。俺が四人を殺したんだ」
「……は?」
研一は語り始めた。
「実は俺もさ、この番組に“フォレリバー”ってラジオネームで投稿してるんだよ。あ、これは森川が由来なのね。まあ、一度も採用されたことないけどさ。多分ハガキもお前以上に送ってると思う」
「知らなかった……」
洋介はてっきり研一はラジオを聴くだけのタイプだと思っていた。
「どんなにハガキを書いても書いても一回も採用されず、諦めかけてた時、お前の言葉を聞いたんだ。“四天王なんて死ねばいい”って」
「あ……」自分の発言を思い出す。
「なるほどと俺は思ったよ。四天王が全員死ねば、当然奴らのハガキは採用されなくなる。俺のネタが読まれる確率が上がる。だから俺はラジオ局に忍び込んで、どうにか奴らの住所が書かれてるハガキを探し出して……」
「四人の家に行って……?」
うなずく研一。
とても冗談には感じられず、洋介は狼狽する。
「なにやってんだよ……! たかがネタを採用されるためだけに……ラジオ局忍び込んで……人を……殺すなんて!」
「でも現実に、四天王がいなくなって、お前はネタを採用されるようになった。そうだろう?」
「そうかもしれないけど……」
「だが、これだけやっても俺のハガキは採用されなかった。俺は四天王の後釜にすらなれなかった。こうなると、俺が次に打つ手は分かるだろう?」
まさか――と思った瞬間、洋介の視界が歪む。
息が苦しくなり、体が痺れて動かなくなる。
「お前……! さっきの……ビールに……」
「ああ、毒を入れておいた。これでまた一人常連が消えて、俺のネタが採用される確率がさらに上がる。そうだ、最後に教えといてやるよ。“いきおくレディ”は男だったよ。笑えるよな」
「う……ぐ……!」
口から泡を吹く洋介。そのまま崩れ落ちる。
薄れゆく意識の中、彼の耳に入ってきたのは――
『続いてはラジオネーム、クリーンソーダさんのネタです!』
完
夏のホラー企画に挑戦してみました。
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