きっかけは些細なこと
話は母がまだ学生だった頃に至る。
「こいつ、平民のくせに」
その声がした方向をドニエラは見つめうんざりした表情でため息をつく。
「貴族だからといってなんなのよ。貴方達と何が違うというの」
ドニエラの叫びは周りにも届いていたはず、だが誰も一方的に殴られているその生徒を助けようとはしない。彼らにとってはありふれたごく日常の出来事でしかなかった。
ドニエラにしてもこんな情景をよく目にしていた。だが、彼女は他の誰かと違い常に行動を起こしていた。
「何かしたのかしら」
その固まりの中に堂々と入ってきた彼女に気付いた彼らは暴行を止めざるを得なかった。
「平民のくせに俺らに意見しやがったからな。身のほどをわきまえさせようとしたまでだ」
「あらあらあなた方にそんなことをする資格があると言うのかしら? ここは貴族も平民も関係なく学を極めようとするものが集まる学び舎、決して暴力を容認するところでなくってよ。それに貴族というならノブレス・オブリージュというのをご存じのはず。知らないようならまずはそこから学び直したらどうかしら」
その言葉に思うところがあるのか男たちは黙ったままその場を立ち去る。 なにか言うことがあるでしょう、というドニエラの声を無視して。
「助けてくれてありがとう、と言うべきなのか」
「あなたがそうしたほうがいいと思うのならば、ね」
「なら、言わせてもらおう。あなたのような方に助けられたことを忘れないでおくよ」
「なにがあったのかは知らないけれどこれが初めてってわけじゃないでしょう。聞いてもいい?」
「聞かないほうが良い。貴女も貴族なら俺ら平民のことなど……」
「貴族も平民も関係ないわ。少なくともここで学ぶのならね。どこから答えがでてくるかわからないしね」
ドニエラは彼が言おうとしていることを察して言葉を遮る。
「貴族なのに平民の言うことを聞こうとする姿勢、貴女みたいなのは珍しいな」
「よく言われるけどね。父が言うのよ、この世のほとんどはただの人。だが、そのただの人を味方にすれば何も怖くない。人は石垣、人は城だとね。人は宝にも屑にもなるとも言っていたわね」
「俺は宝の方に入るのか。だから助けた?」
「それはなんとも……、これからに期待ってことね」
「俺はどうすればいい」
「父にあってみない?。どうすればいいか聞いてみたら?」
その言葉に彼は望みを繋いだ。
「ぜひお願いしたい。折り入って頼みたいことがあるんだ」
「だったら。今すぐ会ってもらうわ」
これがドニエラとアーネストワが付き合うことになった最初のきっかけだった




