祖母、礼節を正す
「まあ、いつかはこうなるとは思っていたけれども」
彼女は今日はちゃんと帰ってきたのね、とでも言いたそうな表情をアーネストに向けながら軽くため息をついた。
「なにかあったのか?」
「兄妹喧嘩みたいなもの。でもベイカーにしてみればいい薬になったんじゃないのかしら。まさかあんな一撃を喰らうとは思わなかったでしょうし。あの子もやるわね」
「ん、その言い方ならクローナがベイカーには勝ったってことなのか?」
「意外だと思った? あの子は私の子、そう簡単に心は折れないわ。経過だけ見れば狙ってやったとしか思えないのよね。本人にしてみれば反射的に手が出たってことなんでしょうけど」
「話の筋が見えないのだが」
「クローナは将来有望だってこと。でも女の子だし。受け入れてもらえるかしら」
アーネストはわが妻が言っていることが理解できなかった。しかし、喧嘩をしたのなら後始末は親の役目と思い
「で、二人はどこに?」
「説教でもするつもり? 親らしいことでもしようと思った。でも残念ね。それはいまお母様がやっているわ。長くなりそうね」
ふと目を外に向けると視界の先に仁王立ちしている初老残している女性とその前で項垂れている兄妹、行かないほうがいいなとアーネストは思うのだった。
「ベイカー、なぜ怒られているか分かってますか? 弱者を守るのが強者の役目だといわれているのでしょう。だったらなぜ真っ先に守らなければならないクローナを攻撃したのですか」
怒られているベイカーをちらっと見てクローナはいい気味だと思った。兄さん、あなたはやりすぎたのよ、その結果がこれなのよと。
「クローナは決して弱くない!」
クローナにビンタを食らったことと祖母に怒られたことが悔しいのか、悲しいのか、泣き腫らしながらもこの兄を打ちのめしたのだから彼女は弱くないのだと彼は反論する。
「だとしてもです。男なら女を守るのは当然のこと、それがわからないのですか」
彼の反論は火に油を注ぐかたちになってしまった。
クローナはベイカーが怒られているうちにその場から逃げ出そうとするがそれを見逃すような祖母ではない。
「クローナ、あなたもあなたです。あなたは女の子なんですよ。力に力で対抗してどうするんですか。どうやらあなたには再教育が必要なようね。ドニエラはなにをやっていたのかしら」
祖母に叱られたことでクローナは涙を流す。しかし、祖母は怯まない。
「騙されないわよ。そこだけは母娘ね。あの子にはさんざんやられたからね。もう引っかからないわ」
しかしその勢いはしぼんでいく。
上目遣いで涙目を祖母に向けるクローナ、祖母は何か自分が悪いことをしている気分になってくる。
「流石はドニエラの子ね。わたしをも籠絡するとは」
祖母は陥落する。
「血は争えんな。お前の技はちゃんと引き継がれているようだな」
その声の方向に兄妹は走り出す。
兄妹の突進をなんなく受け止めたのは祖父、彼らを、優しく見つめながら祖母をやんわりと諭す。
この世界においても祖父は孫には甘いのだ。