新たな人生
「じゃあこれもおねがいね」
「ああいいよ。やっておく」
同僚からいくつもの仕事を頼まれる。いつものことだ。
「いくらなんでもたよりすぎじゃねえか。自分でやれよ」
そう言う声も挙がったが大概は無視される。
「大丈夫、片付けられる」
その一言ですべてが終わる。
その言葉のとおり自分が果たすべき仕事の他、頼まれた仕事も全てそつなく終わらせる。こんなことができるがうえに彼はずっと頼りにされている。これはけっこうすごいことなのだが誰もその凄さに気づかない。皆当たり前のように頼っている。
だが彼は万能ではない。自分でも気づいていないが彼のやっていることは彼自身の限界を超えていた。やがて彼の身体及び精神は彼自身も気づかぬうちに壊れ始めた。そして彼は自分自身が発していた悲鳴にも似た叫びに気づくことなく眠るように一生を終えることになった。
「なんだここは?」
彼は自分が死んだことにも気づかないままあの世にやってきた。見慣れぬ風景に彼は戸惑う。
「こんなところにいる場合ではない。まだ仕事が残っているんだ」
「やれやれ死んでまで仕事のことを考えるのかね。見事のまでの社畜ぶりだ。なあ平君、いい加減楽になったらどうだ」
「あなたは、誰ですか? 死んだってどういうことですか?」
「言ったとおりだ。君ので身体は激務に耐えられなくなって壊れた。自覚はないのかね? 君の精神は耐えられなくなってここへ逃げてきたのだよ。君の意思に反してね。君の人生はずっとこんなんだったんだよ。ずっと訴え続けていたんだよ。君は何故気づかなかったんだ。自分の精神だよ」
「そんなことを言われてもねぇ……」
「実にもったいない。君の能力はもっと有効に使うべきだ。そこで考えた。君を再び現世に送り込むことにした」
「……」
「拒否権はないよ。負担がかからないように能力はそのままにしても記憶は消しておく。次の人生はきっと意義あるものになるはずだ。君の能力が必ず必要になってくる。君は正当に評価されるはずだ。さあ行くがいい」
彼は再び人が生活する世界に送り込まれた。ただしこのやり取りは彼の記憶に残ることはなかった。
「おめでとうございます。元気な女子です」
助産婦から赤ん坊を手渡された父親はうっすらとなみだを浮かべながら今しがた生を受けた我が子を抱き上げる。
「ようこそ、歓迎するよ我が娘よ」
「もう何なんですか。なんでそんな言葉しか出てこないんですか。生まれてきた娘にかける言葉がそれですか」
「最大限の喜びを表したのだが」
今しがた出産という大仕事を成し遂げた妻にお叱りを受けた
父親はバツの悪そうな表情を浮かべながら言い返す。
「大丈夫ですかねぇ。あなたの父親はこんな人ですよ。先が思いやられますねぇ」
こうして彼は女性として新たな人生を送ることとなった。