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3日ほど前にジルベルトから連絡があった。
3日後にシンシアとカイルと一緒に街に行くぞと。
なぜ3日前に言ってくるのか⁉︎
絶対もっと前から決まってたに違いない!
嫌がらせなのか⁉︎
嫌がらせだろう!
あの腹黒王太子は面白がってるのだ。
だから、あの王太子に言うのは嫌だったのに!
確かにジルベルトのおかげで早々とカイル様と会える手筈が整ったとは言え、嫌な予感しかしない。
だからと言って、行かないなんて選択肢はないので、今お迎えが来るのをドキドキしながら待っている。
「お嬢様、落ち着いてください」
さっきからうろうろと歩き回っているのが、いい加減目に余ったらしい。
「私、おかしなところない?」
私付きの侍女マリーナはため息を吐いた。
「何回同じこと訊くんですか。かわいい町娘に見えます。ちょっと上品すぎる気がしますが、そればっかりは雰囲気の問題なので仕方ないでしょう」
今日は王太子夫妻のお忍びなので、街に溶け込めるように、町娘がよく身につけている簡素な花柄のワンピースに身をつつんでいる。
「そう?それならいいんだけど」
上の空で答えながら、カイル様にどう言って告白すればいいのか、ずっと考えている。
お迎えが来たとの連絡を受け、玄関に急いで行くと、そこには濃紺のパンツに白いシャツというお忍び街歩き用の服装のカイルが立っていた。
騎士服じゃなくても、体格が良く顔立ちが比較的整っているカイルはなんでも着こなしてしまう。
かっこいい!
思えば、騎士服のカイル様しか知らなかった!
カイル様は何着ても最高ね。
リリアンナは心の中で絶賛しながら、静々とカイルに近づいた。
「お迎え、ありがとうございます」
カイルは声をかけられて、はっとしたようにリリアンナを見つめた。
「これはまたかわいい町娘ですね。リリアンナ嬢に不埒者が近づかないようにお守り致しますよ」
カイルは眩しいものを見るよう目をすがめた後、手を差し出した。
リリアンナは差し出された手におずおずと自らの手を重ねた。
勿論、内心はワタワタしている。
かわいいって!
いやいや、ダメよ。調子に乗っては。
かわいいは子ども扱いなのかもしれないわ。
でもでも、初めてのカイル様のエスコートよ!
それにお守りするって!
このことだけでも、あの腹黒王太子に感謝してもいいわ!
とにかく、興奮しすぎて鼻血が出ないようにしないと!
煩悩が溢れるのを押し隠し、カイルにエスコートされ、馬車に乗った。
中にいる人物たちを見た瞬間、リリアンナの表情が抜け落ちた。
比較的簡素な馬車の中には勿論、王太子夫妻が乗っていた。
リリアンナはニヤニヤ笑いを浮かべている夫婦に素知らぬ顔で挨拶した。
「ご機嫌よう。ジルベルト殿下、お姉様」
「リリィ、殿下はダメだよ。今日はジルお兄ちゃんって呼んでよ」
今日はお忍びだから、それもそうかと今日は素直に従う。
「はい、ジルお兄ちゃん」
「それからカイル、リリアンナ嬢じゃなくてリリィって呼べよ」
ジルベルトの言葉にカイルは戸惑った表情をリリアンナに向けた。
ナイスだ、ジルお兄ちゃん!
「どうぞリリィとお呼び下さい」
にこやかに愛称呼びを要求した。
「では、そうさせていただきます」
「その固い口調もなんとかしろよ。それから、シンシアのことはお姉さんとでも呼んでくれ」
ニヤニヤしているジルベルトの横でシンシアがうんうんと頷いている。
「え?いや、シンシア様は私より年下ですが」
「いいんだよ、それで」
戸惑うカイルを他所に強引に話を進めるジルベルトにリリアンナは目を剥いた。
何言っちゃってるのよ!この腹黒王太子!
お姉様まで何頷いてるのよ!
「リリィ、君もサンダリー副団長とか言うなよ」
内心、不服を唱えていたリリアンナは突然向いた矛先にビクリとする。
「そうですね。カイルとお呼び下さい」
至極真面目に言うカイルにリリアンナは顔を赤くした。
陰ではカイル様と呼んでいるリリアンナだが、本人にはそのような呼び方をしたことはなかったのだ。
「はい、カイル様」
リリアンナは小さな声で言った。