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あれから懸念していたジルベルトとシンシアからの働きかけもなく、今まで通りに過ごしている。
多分、カイル様にも何も伝わってないはず…
ただ、少し困っている。
「リリアンナ嬢」
ニコニコしながら寄ってくるのは、オリビアの婚約者であるクリスの友人のキース・スイレーニだ。
「お疲れ様です」
笑顔が引き攣りそうなのをなんとか堪えた。
今日は公開練習日で周囲は若い女性が沢山いる。
そんな中で、訓練が終わると共にこちらに向かってやって来るので、目立つのだ。
おまけにキースは顔立ちが整っているので、女性人気が高い。
キースが話しかけてくるだけで、周囲から嫉妬と羨望の眼差しを向けられるのには辟易している。
リリアンナとしてはただの知り合いに過ぎないキースがなんでこんな風にかまいに来るのか、よく分からなかった。
「今日の差し入れはなんですか?」
キースは期待に満ちたキラキラした目で見つめてくる。
なんだか子犬にでも懐かれたみたいだ。
「マドレーヌですよ。そんなに期待されると困るんですけど」
苦笑しながら、キースに差し入れを渡す。
こうして今日もカイルに直接差し入れを渡すことができなかった。
今日はオリビアはついて来ていない。
なので、背中を押してくれる人がいない。
どちらにしても、カイル様に手渡すことはできなかっただろうし、まぁ、いいか。
早々に諦めたリリアンナだが、カイルを目で追ってしまっていた。
「リリアンナ嬢は本当に副団長ばかり見てるんだね」
隣にいるキースの方から聞き捨てならないことが聞こえてきた。
驚いたキースの方を振り向くと、ちょっと面白くなさそうな顔をしてカイルを見ていた。
「いっ今、なんて?」
焦って真意を問おうとしたが
「まぁ、いいや。差し入れ、ありがとう」
手をひらひらさせて、さっさと行ってしまった。
それを見送っていると、カイルが女の人と話しているのが目の端に映った。
だっだれ?
綺麗な女の人。
大人の女の人。
カイル様とお似合いの年頃の人。
それ以上、見ていることができなくて、踵を返した。
確かにカイル様はもう結婚していてもおかしくないお年だし、恋人の一人や二人いたって全然おかしくない。
私が勝手に思っているだけなんだもの。
帰りの馬車でリリアンナは涙がぽろぽろ溢れるのを止められなかった。
「最近、カイル様に会いに行かないのね」
オリビアが不思議そうに言った。
「カイル様がこの間、女の人と話してたの」
しょんぼりとして、持っていたティーカップを置いた。
「で?その人は何者だったの?」
「分からないわ」
「分からないって。じゃあ、なんでそんなに落ち込んでるの?ただ話していただけかも知れないじゃない」
「だって、カイル様とお似合いの綺麗な大人の女の人だったから」
「馬鹿ね」
オリビアは心底呆れた様子でため息を吐いた。
「どういう人かも確かめないで、落ち込んでどうするの」
「だって」
「だってじゃないわよ。自分の気持ちも伝えないんじゃ、何も始められないよ。その人がカイル様の恋人なのかどうか分からないけど、まずはリリィの気持ちを伝えないと本当に手が届かない人になっちゃうよ」
「手の届かない人に…」
リリアンナはオリビアの言葉を噛み締めるように反芻した。
「そうだね。うん。どうせ失恋しちゃうなら、ちゃんと伝えた方がいいね」
リリアンナは長い片想いを漸く一歩進める決心をした。