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「リリィ、ほら、行くわよ」
「そんなに頻繁に行ったりしたら、迷惑じゃないかしら」
リリアンナはオリビアに急かされながら、騎士団の訓練場に向かって歩いていた。
迷惑だなんて思われたら、しばらくは立ち直れないわ。
カイルに直接差し入れを渡すことができてから一週間が経っていた。
「大丈夫よ。ちゃんとクリスに探りを入れてるから」
オリビアの自信満々の様子に少しほっとする。
訓練場の見学用のスペースに、今日は公開練習日ではないこともあり、数人の御令嬢たちがいるだけだ。
多分、家族や婚約者だったりするのだろう。
リリアンナとオリビアは隅に置かれたベンチに腰掛けて見学することにした。
カイルが団員たちと木の剣で打ち合っているのが見えた。
はーっ
なんてカッコいいのかしら?
その辺の騎士より体が大きくて、明らかに逞しい。
うっとりとその姿を眺めていると後ろから声をかけられた。
「リリアンナ嬢、お久しぶりです」
振り向くとそこには一際逞しい濃紺の髪に黒い瞳の騎士が立っていた。
バルト騎士団長!
「お久しぶりです。バルト騎士団長様」
慌てて立ち上がり、挨拶をした。
今まで公開訓練を見に行っていたものの、沢山の御令嬢たちに紛れていたので、ちゃんと顔を合わせるのはシンシアの結婚式以来だった。
「先日、カイルからリリアンナ嬢から差し入れを頂いたと聞きまして。皆でありがたくいただきました」
バルトは穏やかに笑った。
そして、リリアンナの横に佇むオリビアを見た、
「あなたはクリスの婚約者の?」
「はい、オリビア・バセリーです。よろしくお願い致します」
如才なく自己紹介をするオリビア。
「クリスに会いに来たのですか」
「はい。私は」
え?オリビア、今、私はって強調したよね⁉︎
バルトに君は?っていう目で見つめられた気がする!
「オリビアの付き添いで」
焦ったリリアンナはつい言わなくてもいいことを言ってしまった。
「そうですか。ゆっくりしていって下さい」
バルトはそのまま訓練をしている騎士たちの中に入って行った。
「リリィ、そこはカイル様に会いに来ましたって言えば、騎士団長様が取り持ってくださるかもしれないでしょ」
「恥ずかしくてそんなこと言えないわよ」
真っ赤な顔をして文句を言うリリアンナをオリビアは呆れたような顔をして見た。
「このままでは埒が明かないわね」
オリビアは呟くと何事かを考えていたが、リリアンナの目は再び愛しのカイル様に向かっていた。
「さぁ、行くわよ」
訓練が終わったと見るや、オリビアはリリアンナを促し、カイルのところに向かう。
「ちょっ、ちょっと待って。心の準備が…」
カイルはバルトと話をしているので、近くで話が終わるタイミングを計っていると、それに気づいたのか、二人がリリアンナとオリビアを見た。
何話せばいいの⁉︎
内心焦っているところをオリビアがリリアンナをグイッと押し出した。
二人の前に立たされて、どうしていいか分からず泣き出したい気持ちを何とか押し隠し、微笑みをうかべた。
「お疲れ様です。よろしければこちらを皆様でお召し上がりください」
今日も持って来ていた差し入れの袋を差し出した。
「それはわざわざありがとうございます。この間のサンドイッチもおいしくいただきました」
今日は二度目なので、すんなりと受け取ってもらえた。
カイルに差し入れを直接渡せて、前回の差し入れを食べてもらえたことにすっかり満足したリリアンナが
「それでは、また」
とこの場を去ろうとするのをカイルが引き止めた。
「この間のバスケットをお返ししたいのですが、少し待っていてもらえますか?」
引き止められるとは思ってもいなかったので、慌ててうんうんと頷いてしまった。
あぁ、こんなの淑女らしくないし、子どもっぽい。
「じゃあ、少し待っていてください」
カイルはリリアンナが内心落ち込んでいるのに気付くことなく、バスケットを取りに行ってしまった。
「リリアンナ嬢はカイルと知り合いでしたか」
二人のやり取りを見ていたバルトが尋ねた。
「はい。王太子殿下が我が家を訪れる時、護衛として付いて来られていたので」
「なるほど。そう言えばカイルはしばらく殿下の護衛を担当していたな」
暫くバルトと世間話をしていると、カイルがバスケットを持って戻ってきた。
「お待たせしました。ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、わざわざすみません。それでは、失礼します」
バスケットを受け取ると、リリアンナは綺麗な礼をして、この場を後にした。