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「ここが今流行りのカフェですって。行ってみたかったのよ」
シンシアが若い女性の客が多く入っているカフェを指さした。
滅多に街に行けないシンシアは目を輝かせている。
「兎に角、中に入ろう」
そんなシンシアを優しい目で見たジルベルトは店の中へと促した。
店に入ると、女性たちの視線が一斉にこちらに向いてリリアンナはたじろいたが、他の三人はその視線をものともせず、空いている席を目指した。
ジルベルトもシンシアも街に馴染むような服装をしていると言うのにキラキラオーラは隠せていない。
「リリィはあっち」
ジルベルトが奥の席を指した。
そこにはカイルが立っていて、椅子を引いて待っていてくれている。
どうやら、二人で座れということらしい。
すごく気が利くけど、いきなり二人でなんてハードルが高い…
内心は嬉しいような不安なような気持ちに揺れながらも淑やかに席に座る。
「このお店はチーズケーキが美味しいらしいですよ」
カイルのお勧めに従い、チーズケーキと紅茶を注文した。
「カイル様はここに来たことがあるんですか?」
お勧めのケーキを知っていたのを不思議に思い訊いてみる。
「いえ、初めてですよ。さっきお姉さんに聞いたんです」
ふっ
リリアンナは堪らす、吹き出してしまった。
「ごめんなさい。お姉様をカイル様がお姉さんって本当に呼ぶと思わなかったから」
「そう呼ぶように言われたので」
カイルは少し不服そうに横を向いた。
「ジルお兄ちゃんが無茶振りばかりしてごめんなさいね」
カイルの様子が少し子供染みていて、リリアンナはクスクス笑った。
「ジルとリリィは本当の兄弟みたいに仲がいいんですね。ジルがリリィのことを可愛がってるのは知ってたんですけど」
「そうですね。可愛がってはもらってます。意地が悪いし面白がってるだけな気もするけど。いいお兄ちゃんですよ、概ねは」
リリアンナの言い方がおかしかったのか、今度はカイルが吹き出した。
「ごめん。ジルのこと、そんな風にはっきり言う人初めてで。ジルは外面はいいから、意地が悪いなら気を許してる証拠だと思うよ」
微笑ましげにカイルに見つめられ、リリアンナは頬を赤く染めた。
ケーキと紅茶を美味しく頂いた後、今度は街のなかをぶらぶら気の向くまま歩いている。
雑貨屋や本屋を覗きながら歩いていると
「ドロボー!」
後ろから大きな声がして振り向くと、大柄な男が走って来ていて、近くにいた女の子を突き飛ばした。
カイルが横を通り抜けようとする男の足を引っ掛けて転がすと、あっという間に取り押さえた。
リリアンナは突き飛ばされた女の子に駆け寄った。
「大丈夫?怪我してない?」
「大丈夫です。ちょっと擦りむいただけだから」
10歳くらいのその女の子は膝を擦りむいていた。
「ちょっと来て」
リリアンナは近くのお店で水道を借りると、少女の膝の傷口を洗ってハンカチで押さえた。
「これで大丈夫」
にっこり笑ったリリアンナに女の子も笑顔を見せた。
「ありがとう、お姉さん」
女の子はそのまま手を振って去って行った。
リリアンナも女の子に手を振りかえして、はたと気づいた。
カイル様は?
キョロキョロしていると、後ろから声をかけられた。
「リリィ、勝手に離れないで下さい」
振り向くと、困った顔をしたカイルがいた。
「ごめんなさい。あの、泥棒は?」
「近くにいた役人に引き渡したよ。それより、勝手に離れて何かあったらどうするんですか」
心配をかけたらしいと漸く気づいたリリアンナは眉尻を下げた。
「ごめんなさい。女の子が怪我をしたと思ったら夢中になっちゃって」
「何もなかったからよかったけど、次からは気を付けてください」
ため息を吐くとカイルは手を出した。
?
ぼんやりと差し出された手を見つめるリリアンナに焦れたカイルはさっとリリアンナの手を取るとさっさと歩き出した。
「ジルたちがもう馬車で待ってます」
そのまま馬車まで歩いて行くと、ニマニマ笑いの夫婦に迎えられて馬車に乗った。
告白するのを忘れたと思い出したのは、屋敷に戻った後だった。




