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「リリィ、今日も行くの?」
親友のオリビアが呆れたような顔をした。
「もちろんよ」
リリアンナは差し入れのサンドイッチの入ったバスケットを抱え直した。
「リリィは引く手数多なのに、なんで十歳も年の離れた人にそんなに夢中なのか不思議だわ」
「お子様のオリビアにはカイル様の良さが分からないのよ」
「お子様って、あなたも私と同じ17歳じゃない」
「気持ちは違うのよ」
なにせ私の中には20歳まで生きた前世の記憶があるのだから。
リリアンナ・キリシマールには前世の記憶がある。
日本でごく普通の大学生だった記憶だ。
この世界が前世でやっていた乙女ゲームに酷似していると気づいたのは5歳の時。
と言っても、私はヒロインでなければ、悪役令嬢でもない。
ただのモブだ。
リリアンナの姉が悪役令嬢になるはずだったシンシア・キリシマールなのだ。
シンシアは華やかな金髪、碧眼で、ちょっと冷たい感じもする美貌であるのに対し、リリアンナは栗色の髪に薄灰色の瞳の若干地味目な色合いで、どちらかと言えば、可愛らしい雰囲気だ。
リリアンナは侯爵令嬢であったシンシアが悪役令嬢にならないように、ことあるごとにアドバイスをして、シンシアは見事断罪されることなく王太子妃となった。
5歳も年下のリリアンナの言うことをよく聞いてくれたもんだ。
そもそもそんな素直な人が悪役令嬢だなんておかしな話だった。
ヒロインは数多くの高位貴族の令息を籠絡して、多くの敵を作って自滅していった。
逆ハーでも目指していたのかしら?
現実に逆ハーなんて受け入れられるわけがないのに。
なので、今の私は王太子妃の妹という立場だ。
そんな私の目下の興味は騎士団の副団長であるカイル・サンダリー様とお近づきになることだ。
10歳年上の彼は元々王太子の近衛騎士だった人で、もちろんモブだ。
黒髪に深い緑色の瞳で整った顔をしているのだけど、騎士という職業柄か、目つきが若干鋭く、大柄なこともあってか一見すると怖い人のようだ。
でも、私は知っているのだ。
職務に忠実な彼は周囲の気配に気を配りつつも、王太子、姉、そして私にすらちゃんと気遣いのできる素晴らしい人。
私なんて、おまけのおまけの上に、10歳のお子ちゃまだった。
家族と共に初めて王宮に招待された時、私は初めての王宮に浮かれてキョロキョロしている間に迷子になってしまった。
そんなお馬鹿な私を探し出してくれたのが、カイル様なのだ。
知らない場所で家族と離れ迷子になってしまって不安な私に目線をちゃんと合わせて
「大丈夫ですよ。すぐにご家族の元にご案内します」
そう言って大きな手で頭を撫でてくれた。
それ以来、私はカイル様となんとかお近づきになりたいと思っていたのだが、いかんせん、私の体は10歳の子供だ。
王太子が姉を訪ねてやって来る時に、護衛としてついて来るのを見かけて挨拶する程度だ。
一か月に一度あるかどうかだったこのチャンスも、姉の結婚式と共に無くなった。
王太子が我が家に訪れる理由がなくなったからだ。
そして、カイル様は王太子の護衛から騎士団の副団長に出世したので、見かけることすらなくなってしまった。
そして、17歳になった私は月に一回行われる騎士団の公開練習に差し入れを持って毎回見学に行っている。
「でも、そのカイル様に直接差し入れを渡せてないんじゃ、全く相手にリリィの気持ちが伝わってないんじゃないの?」
オリビアのもっともな指摘に眉を顰めた。
「仕方ないじゃない。恥ずかしくて話しかけられないんだもの」
前世での記憶と合わせれば、アラフォーだというのに、こういうことには慣れない。
「大体、リリィのお姉様にお願いすれば、サクッと話が進むんじゃないの?」
「そんなことしたら、カイル様が嫌でも断れなくなってしまうじゃない」
無理矢理は嫌なのだ。
「そんなこと言ってる間に誰かに取られてしまうわよ。カイル様はもういいお年なんだから」
呆れ顔のオリビアを恨めしげに睨む。
「分かってるわよ」
オリビアは肩をすくめて
「仕方ないわね。純情なリリィのために協力してあげるわ」
ため息を吐いた。