7:爆破魔術――その時歴史は動いた(かもしれない)
「キリエ君は十七歳の時に、魔術に目覚めたんだっけ?」
のほほん、とノアが首をかしげた。
両膝に手を載せて、力いっぱいキリエがうなずく。
「うっす。十七歳になったばっかりの、デビュタントで目覚めたっすね」
「お前から一番縁遠い単語だよな、デビュタント」
しみじみそう言うユージンの腕を、無表情のキリエが無言でぶった。その勢いで、ユージンの体が成す術もなくななめに吹っ飛ぶ。
「いてぇっ! ナチュラルに痛い! お前のパンチ重いな!」
上半身がソファの外に落ちた体勢のまま、ユージンが叫んだ。キリエは得意げに、鼻の下をこすっている。
「実戦で鍛えましたからね、へへん」
「十八の子どもが言うセリフじゃねぇ!」
「まあまあ、頼もしい限りじゃない」
眼前で繰り広げられているパワハラも気に留めず、ノアは笑顔のままである。
彼はずずい、とキリエへ身を乗り出した。キリエの瞳が、ノアの緑色のそれを見つめて丸くなった。
「どうしたんすか?」
「キリエ君、デビュタントってどんな感じなの? お話聞きたいな」
そう問いかけるノアの声は、ウキウキと楽しげだ。瞳の輝きなどまるで、社交界に憧れる乙女のそれである。
しかしキリエの顔は、その期待を受けて渋いものに変わった。すねたような顔のまま、肩がすくめられる。
「いやいや。あたし、すぐにつまみ出されたんで、よく分かんないんすよ」
そして手も、左右へ振り振り。
ソファへ座りなおしたユージンが、殴られた腕をさすりながら尋ねる。
「なんだ? 乱闘騒ぎでも起こしたのか?」
今度は手加減されたキリエの細腕が、優しく彼の二の腕を打つ。
「やだなあ、違うっすよ。魔術が暴走して、従兄を全裸にしちゃったんすよ」
しかし発言の破壊力は、大量呪殺兵器級である。
ごくり、と男二人は息を飲んだ。無意識に股間も覆う。
「果てしなく恐ろしいな」
「一世一代の晴れ舞台で全裸……その彼の現在が心配だね」
恐々顔を見合わせる二人に反し、キリエは能天気に笑っている。
「しばらくは引きこもってたらしいっす。でも今は開き直って、ストリップ劇場を経営してるって聞きました。怪我の功名っすね」
二人は感嘆。
「たくましいな、従兄君」
「さすがはキリエ君の親戚だね」
しみじみ言ったノアは、両手を重ね合わせてうん、とうなずく。
「キリエ君を採用した時に報告書は読んでたけど、やっぱり本人から聞くと新事実があるものだね。全裸事件は初耳だったよ」
「でしょうね。公式文書に全裸の文字が踊るのは、俺も嫌です」
うん、とユージンはうなずいた。
「やっぱり、人に歴史ありだね」
「歴史……でしょうか」
「歴史でしょう。だって世紀のストリップ劇場支配人の、誕生の瞬間かもしれないんだよ?」
「それは分かりませんが……まあ、爆破魔術そのものもが珍しいですしね」
腕を組みつつ、一応ユージンも同意。
「へへへ、どうもっす」
キリエは少し得意げに笑っている。
そう。彼女のはた迷惑な魔術は、案外というかやはりというか、珍しいのだ。
攻性魔術が「攻性魔術」の名のもとに排斥される以前も以降も、発現者は数えるほどしかいない。
そんな魔術の持ち主が大量にいれば、世界は大いに混乱するであろうから。
世の中というものは、実によくできているのである。
しかしその珍魔術の持ち主であるキリエは、はにかんだものの、次いで小難しい顔になる。
「でもあたし、できればもっと派手な魔術がよかったっす」
「おい。爆破以上に派手な魔術なんて、ないと思うぞ」
冷ややかなユージンへ、キリエは食い下がる。
「いやいや、地味っすよ! 粉砕するだけで! もっと炎がドカーンッと出るようなのがいいんすよ!」
ユージンの脳裏に、ハリウッド映画や特撮よろしく、爆破を背にポーズを決めるキリエの姿が描かれた。絵になるのがまた、腹立たしい。
「キリエ。お前はロック・ミュージシャンにでもなりたいのか?」
「どっちかと言うと、喧嘩屋に憧れるっすね」
「まだ更生してないのかよ! なれよ、真っ当な大人に!」
「まあまあ。キリエ君は成長途上だから。今後に期待しようよ」
呆れて大声を出すユージンを、ノアは笑ってなだめた。その笑みのまま、次いでキリエを見る。
「僕は爆破魔術、憧れちゃうけどなあ」
「そうっすか?」
「……本気ですか?」
彼の意外な発言に、キリエとユージンは目を丸くする。
そんな二人へ、ニコニコとうなずくノア。
「うん。だって、ほら、格好いいじゃない?」
「……たしかに」
うなりつつも、そこは素直に同意をするユージン。
「でも目覚めちゃってたら、間違いなく中二病を患ってた自信もあるんだよねぇ」
「あ、分かります」
ユージンが今度は、被せ気味に同意。大きくうなずいてもいる。
「万物を爆破する魔術なんて、こじらせるしかないですよね」
「だよねぇ」
しかし根っこがヤンキーのキリエは、いまひとつ男二人の会話を飲み込めなかったらしく。
残っていた寒天菓子を口に放り込んで、なぜか遠い目になる。何かを懐かしんでいる様子だ。
「中二であたしも、人生踏み外したっす……喧嘩が面白いって気づいて。そういう感じっすか?」
残念ながら、やはり少しずれていた。
だがそんなキリエを、むしろまぶしそうにユージンは見つめる。
「お前は、俺らが妄想で済ませる事象を、リアルにやらかしてくれるよな。尊敬するよ」
「そ、そうっすか? どうもっす!」
照れて金髪を撫でる彼女の額を、ユージンはつん、と軽く押した。