表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/27

5:三時のおやつ

 魔術史編纂(へんさん)室には、三時のおやつの習慣がある。

 見た目はオジチャン、中身はオバチャンで有名な、ノア発案によるものだ。中身の通り、彼は甘い物に目がない。


 ただ、感性もオバチャン――というよりもおばあちゃんに近いのか、買って来るお菓子は正直微妙なものが多い。

 今日も栗まんじゅうと、オブラートに包まれた寒天菓子がお茶のお供であった。


 なお、お菓子担当は当番制となっている。資金源は編纂室予算であるため、少々面倒ではあるものの、さほど厄介でもない当番だった。

 なんだかんだで舌も肥えているキリエがお菓子を購入する日を、ユージンが「大当たり」と呼んでいることを彼女自身は知らない。


 もっとも彼はおばあちゃんっ子でもあるため、ノアの微妙なお菓子も案外好きだったりする。


 またキリエも物珍しいのか、はたまた甘ければ何でもいいのか、これといった不満をもらすこともない。自分の頑張りの成果が寒天菓子だ、と突き付けられても、特に悲しむ様子もない。

 ただ、やはり食べ慣れないのか、寒天菓子のオブラートに苦戦していた。


「先輩……このオブラート、はがれないっす!」

 隣のユージンへ泣きつくキリエ。ユージンは小さく嘆息して、寒天菓子を指さす。

「キリエ。それはそのまま食うもんだ」

「なんでなんすか?」

 ピュアそのものの目で問いかける彼女を、ユージンは軽く受け流す。


「さあ。俺にも分からんが、オブラートごと食うのがマナーだ」

「はあ……あ、甘いっすね」

 オレンジ色の、砂糖がまぶされた長方形の寒天菓子を口に放り込み、キリエはつぶやく。

「ちょっと、モチャモチャしてるっすけど」

「オブラート包みの寒天だからな、仕方ない」

 栗まんじゅうを頬張って、ユージンが言った。


「でも、これはこれで、お茶に合うっす。渋いお茶だと、なお嬉しいっすね」

 やはり彼女の許容範囲は広い。

 ニッと、案外楽しげかつ満足げに笑っている。

 この辺りも彼女の育ちの良さゆえか、それとも彼女の元々の気質ゆえなのか。


 寒天菓子を気に入ってもらえたのが嬉しいのか、ノアもいつも以上に福福しい顔で微笑んでいる。

「キリエ君。栗まんじゅうも美味しいよ、食べてね」

「はい、どうもっす」

 素直にうなずき、目の前に差し出されたまんじゅうへ手を伸ばす。


 三人がいるのは、二階の応接ブースだった。滅多に使うことがない場所である。

 なにせ来客者など、同じ管理局局員ぐらいしかないのだ。応じて接する必要など、さしてない。


「家は使ってあげないと傷むから」

というノアの提案によって、ここでお茶をするのが日課になっていた。他部署で使い古された、お下がりのソファに座って、のんびりと時を過ごす。


 栗まんじゅうの先端にかじりついたキリエの目が、大きくなった。

「美味しいっす! 栗がゴロゴロ入ってる!」

 分かりやすく喜ぶ彼女に、ノアもますます顔をほころばせた。

「でしょう? もっと食べていいのよ」

「あざーっす!」


 元気いっぱいの彼女の額を、ユージンが指ではじく。


「いでっ」

 ムッと見上げて来るキリエを、ユージンはコーヒーを一口飲んで、冷ややかに見る。

「あざーっす、じゃないだろ。ありがとうございます、だ」

「うっす。ありがとうございます」

 ノアが怒らないタイプの上司であるため、憎まれ役はユージンが買って出ているのだ。もっとも、本来の性格がそもそも、憎まれやすい代物でもあるのだが。


 しかし根は素直なキリエのため、特段反発されることもない。

 それでいいのだろうか、と少し気になったユージンは、頬杖ついて彼女を眺めた。その顔は渋い。

「なあ、キリエ。お前、元不良なんだよな?」

「そうっすよ。健康優良不良少女っす。それがどうかしたんすか?」

 なんだその肩書きは、と思わなくもなかったが、それは飲み込む。


 代わりに別の疑問をぶつけた。

「いや。不良の割に反抗しないから」

「不良って縦社会っすから。意外に長いものに巻かれる主義でもあるんすよ」


 不良には不良のルールがあるらしい。

 これといって道を外れたことがないユージンは、彼女の額を軽く指でつついた。

「色々大変なんだな、社会のレールからはみ出るのも」

「恐れ入ります」


 頭を下げた彼女は、自分が両手で包み込んでいる、栗まんじゅうを見やる。

 次いでユージンの、金の瞳を見つめ返した。

「先輩の買って来るお菓子も好きっすよ。ジャンキーな感じがして」

 市販のクッキーやチョコといった、ザ・お茶請けもヨイショされてユージンは苦笑する。

「そりゃどうも」


 笑った彼も、寒天菓子に手を伸ばす。

 祖母の家に遊びに行った時、よく出されたお菓子でもあった。

 鮮やかな蛍光グリーンの寒天を手に載せて、ふむ、と彼は考えた。


「室長」

「うん、何かな?」

 にこにこ笑顔で、ノアは首をかしげた。

「こういうお菓子って、どこで買ってるんですか?」

 日々のお茶菓子のため、彼もこまめにスーパーへ立ち寄っている。


 しかし、見かけたことがないのだ。こういった古式ゆかしい菓子の類を。

 他にも缶に入ったクッキーや、妙に甘ったるい飴、一昔前のセンス漂うココナッツサブレなど。

 お年寄りの家では見かけがちだが、出所が不透明な代物は結構多い。


「そういや、室長のお菓子って珍しいのが多いっすよね」

 キリエもユージンの疑問符に乗っかり、オブラートに悪戦苦闘した寒天菓子を見つめている。

 無糖のコーヒー牛乳を飲んだノアは、頬に手を添えてふふふ、と微笑んだ。そして、部下二人を順繰(じゅんぐ)りに見る。


「内緒よー。その方がワクワク感があって、いいでしょう?」

 やはり仕草が、どことなく女性的だ。それも高齢の。

「室長ってオネエではないんすよね?」

 恐れを知らぬキリエが、ずばり切り込んだ。

 彼の部下となって五年が経つ、ユージンすら突っ込めなかった問いかけである。やるなこいつ、と内心で感嘆するユージン。


 違うよ、とノアはのんびり返した。

「愛妻家だし、子供だって五人いるわよ」

「なるほど、絶倫なんすね」

「何を言ってるんだ、お前は!」


 生真面目にえげつない発言をしたキリエを、ユージンが怒鳴った。

 そんなやりとりすら、ノアは楽しげに眺めている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ