5:三時のおやつ
魔術史編纂室には、三時のおやつの習慣がある。
見た目はオジチャン、中身はオバチャンで有名な、ノア発案によるものだ。中身の通り、彼は甘い物に目がない。
ただ、感性もオバチャン――というよりもおばあちゃんに近いのか、買って来るお菓子は正直微妙なものが多い。
今日も栗まんじゅうと、オブラートに包まれた寒天菓子がお茶のお供であった。
なお、お菓子担当は当番制となっている。資金源は編纂室予算であるため、少々面倒ではあるものの、さほど厄介でもない当番だった。
なんだかんだで舌も肥えているキリエがお菓子を購入する日を、ユージンが「大当たり」と呼んでいることを彼女自身は知らない。
もっとも彼はおばあちゃんっ子でもあるため、ノアの微妙なお菓子も案外好きだったりする。
またキリエも物珍しいのか、はたまた甘ければ何でもいいのか、これといった不満をもらすこともない。自分の頑張りの成果が寒天菓子だ、と突き付けられても、特に悲しむ様子もない。
ただ、やはり食べ慣れないのか、寒天菓子のオブラートに苦戦していた。
「先輩……このオブラート、はがれないっす!」
隣のユージンへ泣きつくキリエ。ユージンは小さく嘆息して、寒天菓子を指さす。
「キリエ。それはそのまま食うもんだ」
「なんでなんすか?」
ピュアそのものの目で問いかける彼女を、ユージンは軽く受け流す。
「さあ。俺にも分からんが、オブラートごと食うのがマナーだ」
「はあ……あ、甘いっすね」
オレンジ色の、砂糖がまぶされた長方形の寒天菓子を口に放り込み、キリエはつぶやく。
「ちょっと、モチャモチャしてるっすけど」
「オブラート包みの寒天だからな、仕方ない」
栗まんじゅうを頬張って、ユージンが言った。
「でも、これはこれで、お茶に合うっす。渋いお茶だと、なお嬉しいっすね」
やはり彼女の許容範囲は広い。
ニッと、案外楽しげかつ満足げに笑っている。
この辺りも彼女の育ちの良さゆえか、それとも彼女の元々の気質ゆえなのか。
寒天菓子を気に入ってもらえたのが嬉しいのか、ノアもいつも以上に福福しい顔で微笑んでいる。
「キリエ君。栗まんじゅうも美味しいよ、食べてね」
「はい、どうもっす」
素直にうなずき、目の前に差し出されたまんじゅうへ手を伸ばす。
三人がいるのは、二階の応接ブースだった。滅多に使うことがない場所である。
なにせ来客者など、同じ管理局局員ぐらいしかないのだ。応じて接する必要など、さしてない。
「家は使ってあげないと傷むから」
というノアの提案によって、ここでお茶をするのが日課になっていた。他部署で使い古された、お下がりのソファに座って、のんびりと時を過ごす。
栗まんじゅうの先端にかじりついたキリエの目が、大きくなった。
「美味しいっす! 栗がゴロゴロ入ってる!」
分かりやすく喜ぶ彼女に、ノアもますます顔をほころばせた。
「でしょう? もっと食べていいのよ」
「あざーっす!」
元気いっぱいの彼女の額を、ユージンが指ではじく。
「いでっ」
ムッと見上げて来るキリエを、ユージンはコーヒーを一口飲んで、冷ややかに見る。
「あざーっす、じゃないだろ。ありがとうございます、だ」
「うっす。ありがとうございます」
ノアが怒らないタイプの上司であるため、憎まれ役はユージンが買って出ているのだ。もっとも、本来の性格がそもそも、憎まれやすい代物でもあるのだが。
しかし根は素直なキリエのため、特段反発されることもない。
それでいいのだろうか、と少し気になったユージンは、頬杖ついて彼女を眺めた。その顔は渋い。
「なあ、キリエ。お前、元不良なんだよな?」
「そうっすよ。健康優良不良少女っす。それがどうかしたんすか?」
なんだその肩書きは、と思わなくもなかったが、それは飲み込む。
代わりに別の疑問をぶつけた。
「いや。不良の割に反抗しないから」
「不良って縦社会っすから。意外に長いものに巻かれる主義でもあるんすよ」
不良には不良のルールがあるらしい。
これといって道を外れたことがないユージンは、彼女の額を軽く指でつついた。
「色々大変なんだな、社会のレールからはみ出るのも」
「恐れ入ります」
頭を下げた彼女は、自分が両手で包み込んでいる、栗まんじゅうを見やる。
次いでユージンの、金の瞳を見つめ返した。
「先輩の買って来るお菓子も好きっすよ。ジャンキーな感じがして」
市販のクッキーやチョコといった、ザ・お茶請けもヨイショされてユージンは苦笑する。
「そりゃどうも」
笑った彼も、寒天菓子に手を伸ばす。
祖母の家に遊びに行った時、よく出されたお菓子でもあった。
鮮やかな蛍光グリーンの寒天を手に載せて、ふむ、と彼は考えた。
「室長」
「うん、何かな?」
にこにこ笑顔で、ノアは首をかしげた。
「こういうお菓子って、どこで買ってるんですか?」
日々のお茶菓子のため、彼もこまめにスーパーへ立ち寄っている。
しかし、見かけたことがないのだ。こういった古式ゆかしい菓子の類を。
他にも缶に入ったクッキーや、妙に甘ったるい飴、一昔前のセンス漂うココナッツサブレなど。
お年寄りの家では見かけがちだが、出所が不透明な代物は結構多い。
「そういや、室長のお菓子って珍しいのが多いっすよね」
キリエもユージンの疑問符に乗っかり、オブラートに悪戦苦闘した寒天菓子を見つめている。
無糖のコーヒー牛乳を飲んだノアは、頬に手を添えてふふふ、と微笑んだ。そして、部下二人を順繰りに見る。
「内緒よー。その方がワクワク感があって、いいでしょう?」
やはり仕草が、どことなく女性的だ。それも高齢の。
「室長ってオネエではないんすよね?」
恐れを知らぬキリエが、ずばり切り込んだ。
彼の部下となって五年が経つ、ユージンすら突っ込めなかった問いかけである。やるなこいつ、と内心で感嘆するユージン。
違うよ、とノアはのんびり返した。
「愛妻家だし、子供だって五人いるわよ」
「なるほど、絶倫なんすね」
「何を言ってるんだ、お前は!」
生真面目にえげつない発言をしたキリエを、ユージンが怒鳴った。
そんなやりとりすら、ノアは楽しげに眺めている。