23:プロジェクターの使い道
他部署で使い古されたプロジェクター一式が、魔術史編纂室に寄越された。
買い直したものの、まだ使えるため捨てるのは惜しい。
そもそも処分代もかかってしまう。
ならば編纂室の保管庫に置いてもらおう、と判断しての寄贈であるという。つまり、体のいい厄介払い。
「こういう、妙なところで貧乏性ですよね、ウチって」
「お役所体質なのかもねぇ」
「そもそも保管庫は、呪具を保管する場所なのですが」
「そこはまあ、身内だから大目に見てくれ、ということなんでしょう」
見るからに年季もののプロジェクターを見つめ、ユージンとノアはため息。あちこちがガムテープで補強されている辺りが、なんとも貧乏くさい。
キリエだけは付属の取り扱い説明書――よく保管されていたものである――を、ふむふむと読んでいた。と、そんな彼女の顔が輝く。
「先輩! このプロジェクター、DVDが再生できますよ! 映画流せますよ!」
心底嬉しそうな彼女に、ユージンは思い切りのしかめっ面。眼光も鋭い。
「おい、流してどうする。壁に延々と『ローマの休日』を映してる、どこかの小洒落たカフェにでも仕立て上げるつもりか」
「なんか具体的っすね。小洒落たカフェに、親御さん殺されたんすか?」
「生憎どちらも健在だ」
「はあ、そりゃ何よりで……殺されてないなら、小洒落たカフェ風にしましょうよっ」
ジャケットの袖を遠慮なしに引っ張るキリエを、ユージンは無慈悲に引き離す。
「するか! ただでさえ、ログハウスみたいなファンシーな建物なんだぞ。これ以上ファンシーになってたまるか」
一面木製の、牧歌的な事務室をぐるりと見て、ユージンは言い切る。どうやら山小屋風の勤務先が、本心では不服であったらしい。
しかし、彼らの上長はファンシー好きであった。ぽん、と手を打ち合わせてノアははしゃぐ。
「映画鑑賞、たまにはいいじゃない! どうせ最近暇なんだし、ちょっと観ちゃいましょうよ!」
のんきな上司の言葉に、ユージンのこめかみの青筋が浮き上がる。
「……室長。俺たちの仕事はいつ、緊急の依頼が入るか分からない代物でしょう? 今暇だからって、五分後も暇とは限りません」
怒鳴りこそしなかったものの、低く抑えられた、うなるような声から怒気がにじみ出る。
しかし彼の上司をして、五年とちょっと。ノアはそんなことでは怯まない。
「その時は映画を中断して、お仕事を再開すればいいだけの話じゃない。でも、僕の直感が、二時間は安泰だってささやいてるよ。うふふ」
そう言って、ウィンクを存外可愛く決めるノアを、ユージンは一転、諦念の目で見下ろしていた。こいつに言っても無駄だ、とこちらも長年の経験がささやいているのだ。それこそ、ノアの直感以上の正確さで。
「……他部署から怒られても、責任は全て室長に押し付けますからね」
「うんうん、もちろんいいよー」
こういう時のノアは、思い切り面倒見がいいのだ。
自分に災難が降りかからないなら、とユージンも納得した。元々彼も、映画鑑賞自体は嫌いではないのだ。
事の成り行きを黙って見守っていたキリエが、映画鑑賞に軍配が上がったと察し、諸手を上げて喜んだ。
「やったー! それじゃあ、映画借りて来ますね! 何がいいっすか?」
こういう時のキリエのフットワークは、平素以上に軽やかだ。
ノアは頬に手を添え、ユージンは腕を組み、しばしうなる。
「うーん……僕は、スカッとするアクションの気分かなぁ……あ、でも、ラブコメディも捨てがたいかも」
「俺は、ハッピーエンドの映画なら、何でも」
このユージンの言葉に、キリエはにやり。
「先輩って、意外にお子様っすね」
「悪かったな。年取ると、バッドエンドが案外堪えるんだよ。お前もいずれそうなる」
「あだっ!」
仏頂面のユージンに、額を指で小突かれて、可愛くない悲鳴が上がる。
いてぇ、とぼやきながらキリエは額をさすった。さすりながら、
「それじゃあ、ヒーロー映画とかどうっすか? だいたいハッピーエンドだし、恋愛要素もあるし、アクションも派手でスカッとするし」
と、勇ましくもファイティングポーズを取って主張。ミニスカート姿で、足を広げるなと思わなくもないが。
しかし案外、映画選びはいい線行っている。
「いいんじゃないか? 気楽に観れそうだ」
「そうね。あっけらかんと楽しめそうね」
男二人もそれに賛同。
ニッとキリエは笑う。
「それじゃあ決まりっすね。よさげなの、借りて来ますんで──」
そう言いながら、彼女は自分の机の引き出しを開ける。そして、ごそごそと中をまさぐり、取り出したのはフライパン型のポップコーンキットだった。
「室長はこれで、ポップコーン作りをお願いします」
「え? ええ? い、いいけど……」
仕事机からまず出てこない代物に、ノアは目を丸くする。丸くしつつも、あたふたとポップコーンキットを受け取った。
その光景を眺める、ユージンの目は細められる。猫耳も後ろに反り返っていた。
彼の不機嫌顔に気付いていないのか、気付いていても頓着していないのか。キリエは爽やか笑顔を向けた。
「先輩は、ちょっと重いですけど、飲み物お願いしますね」
「いや、お前の机はどうなってるんだよ」
「へ?」
キリエがキョトン顔になる。
「いや、普通っすけど?」
「普通は、ポップコーンを常備してないんだよ。映画終わったら、中改めるからな」
この言葉に、愛らしい顔が露骨に歪められる。
「うえー……先輩マジ風紀委員……」
「いつまでもヤンキーのお前が悪い!」