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街道へと飛び出した私はその道すがら、他のプレイヤーが戦闘を仕掛けていないモンスターに魔法をばら撒きながら走っていく。
街道周辺には群れているモンスターは殆どいない為、ここで使う魔法は単体対象の魔法ばかりだ。
見かけるモンスターもβテストでよく見たモンスターばかりで、弱点は既に把握している為、外さない限りはその殆どを一撃必殺で仕留めていく。
今の所は順調に経験値とコモン素材が集まっていた。
ただ勿論これはあくまで狩場へ向かう道中であって、本命ではない。
本命である狩場に到着するまでのつまみ食いみたいなものだ。
「確かこの辺りに…あった、アレね」
街道の途中に小さな石碑を見つける。
本来ならば街道の続く先を示す案内表示なのだが、その脇には森の木立が疎らになったその先へと続く獣道があり、この石碑はその目印となっていた。
迷わず獣道へと進路を変え、木立の隙間を抜けていく。
森の中であるこの辺りはモンスターは街道のものとも少し変わり、その数も少し多い。
街道のモンスターと比べて少しレベルも上がる為、本来ならばこの辺りでパーティーを組んでの狩りを意識させる為の場所として設けられた場所なのだろう。
メインに運用していく魔法を先程揃えた装備で身につけたヒートブリーズにスイッチする。
火属性の下級魔法という点ではファイヤーボールと同じ位置付けの魔法であるヒートブリーズだが、威力も射程もファイヤーボールより大きく見劣りはする。
しかし此方は広範囲を対象とした攻撃魔法であり、二、三発も当ててやればこの周辺の敵は薙ぎ倒せる程度の威力はある。
獣道を抜けた先には少し開けた平原となっており、かつて集落があったその名残としていくつもの荒屋が残っている。
勿論そこは単なる廃墟ではなく、赤茶けた肌を持つ先住者達が闊歩しており、他のプレイヤー達が追っては追われていた。
「ワイルドゴブリンの住処…時間も時間だから狩りをしてるパーティーもそう多くはないわね」
時間帯としては深夜。流石にサービスインして2、3時間程度ではこの場所を把握しているプレイヤーも少ないだろう。
眺めてみるに、狩りをしているプレイヤー達のレベルの平均は9付近。最高では13まで上がっている。
短時間でこのレベルに到達しているということはこのパーティーは元からこの場所を知っていたβテストプレイヤーだと見て間違いないだろう。
空いてそうな場所が無いかと狩場を眺めていると、メッセージが届く。
送り主はどうやらこの狩場の先客であるパーティーリーダーからの様だ。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
件名:少々お待ちを
差出人:CREA
こっちはそろそろ終わって引き返しますから、後はご自由にどうぞ
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アルファベットで表記されたクレアという女性プレイヤーからわざわざ連絡が届く。
彼女もどうやら私と同じ、上級魔族のデビルマジシャンで、パーティー全体を見渡しながら攻撃魔法で仲間の火力支援をしているらしい。
既にレベルも11と高く、もうすぐこの周辺にいるワイルドゴブリンから経験値を得難くなるレベル帯だ。
お礼の返信を送り、場所が空くまで待機していると、彼女達に動きが見られる。
引き返す準備かと眺めていたが、そうではないらしい。
遠目に見ている彼女が指差している先には大型の個体が咆哮を上げていた。
「アレって…マズいんじゃないかしら…!」
突如現れた大型のワイルドゴブリン。アレはこの狩場に出現するネームドモンスターで、ブローターと言う。別地域にいるホブゴブリンをリサイズし色を変えた様な姿ではあるが、その強さは周辺の雑魚を軽く凌駕する存在だ。
βテスト時にもいたネームドモンスターで、討伐推奨レベルは9。それでも立ち回り次第ではそれ以上にもそれ以下にもなる相手だ。
様子を見るに、クレアは経験があるように見えるが、他のパーティーメンバーは初見と言った所だろう。ドワーフの盾役がクレアの指示に従って、盾を構えてブローターへと突進していく。
「完全に相性最悪ね…」
指示を出しているクレアの表情は硬い。
その理由はパーティーメンバーの攻撃手段にある。
ブローターは一部の攻撃手段、属性に耐性を持っており、なおかつその防御力は高い。
加えて見た目通りのタフネスを有しており、弱点か或いは耐性の無い属性の攻撃で無ければ思うように体力を削れない様な設定のネームドモンスターだ。
パーティーメンバーは魔法職が一名に回復職が一名、そして壁役一名に攻撃役の近接職が二名と言う具合で、近接職の装備は打撃系の武器に偏っていた。
ブローターは肉の塊と言わんばかりの姿であり、その分厚い脂肪は打撃による攻撃を軽減し、火や氷と言った熱や冷気による攻撃にも耐性を持っている。
クレアも習得魔法を偏らせていたのか、先程からしっかりと隙を突いてはいるものの、耐性を持つ魔法でばかり攻撃をしており、苦戦を強いられていた。
「火力不足みたいね…手伝った方がいいかしら」
パーティーには一人分の空きがある様なので、私は直ぐにクレアへパーティへの参加申請を送った。
すると、すぐに申請が受理され、他のメンバーの状態が視界に表示される。
「レベル低いけど大丈夫!?」
「任せてください!初期値はかなり高いんで見た目より4か5ぐらいは高いステあります!多分タゲ取ることになるんで近接の人はタゲ操作お願いします!」
「立ち回りがわかってるってことβテスターね!お願いするわ!」
パーティーチャットでクレアから話しかけられると、それに返答しながら彼女達との合流を急ぐ。
前線を張る三人は戦列が崩壊しないように必死で耐えてくれていた。
「クレアさんは周辺の雑魚をお願いします!近接の三人が抜かれたら終わりなんでミーシャさんは盾役のドブロクさんの回復を優先で!主水さんとミクさんは範囲攻撃に巻き込まれない様にしながら遊撃を!」
先ずは自分が加入した事でパーティーバランスが変わった為、全員の役割を確認させる。
動きに慣れ始めたメンバーだけあって、示した行動方針にはすぐに順応してくれた。
「アタッカーは私がエースやりますんで、ドブロクさんはタゲが私に移ったらヘイトを直ぐに奪ってください!」
「了解、任せとけィ!」
「ライトニング!」
「グララララァッ!?」
パーティーへの合流と同時に魔法による落雷をブローターに見舞う。
電撃による攻撃はブローターの分厚い脂肪の鎧を擦り抜けて身体の芯にまで届いた様で、巨体を震わせながら片膝をつくと、地響きを立てていた。
「よし、効いてる!」
「頭が下がりました!頭に攻撃を!」
「おっしゃッ!」
「行きますッ!」
膝をついたブローターの頭に目掛け、攻撃役の主水とミクが畳み掛ける。
打撃のダメージはやや通りが悪いが、胴体に攻撃を仕掛けているよりかは遥かにダメージは重ねている。
まだまだ撃破には時間はかかるものの、これを重ねていけばなんとか撃破はできそうだ。
「ドブロクは待機、ブローターが起き上がったらオクラ頼むわね!リリアナ、範囲攻撃はできる?」
「勿論、私は左を!クレアさんは右をお願いします!」
「行くわよッ、コールドウィンド!」
「ヒートブリーズ!」
敵はブローターだけではなく、周囲のワイルドゴブリン達のケアも必要だ。
主水とミクがブローターに取り付いて攻撃に集中してもらっている間は後衛の私達が魔法で援護する。
「グルルゥ…!」
「二人とも離れてッ!ドブロクさんオクラお願いしますッ!」
「うむッ!ウォークライッ、オオオォッ!」
ブローターが怯みから立ち直ろうとしたのを見て、取り付いて攻撃していた二人を退避させる。
二人が離れた後のブローターの視線を観察すると、やはり私を向いていた為、待機してもらっていたドブロクにウォークライを発動してもらい、ヘイトを引き受けてもらった。
ドブロクの耐久力は幸い、ブローターの攻撃に晒されていても、ミーシャの回復が間に合っている。
だが問題は主水とミクの二人だ。
二人は近接職とはいえ、役割はアタッカー。後衛より耐久力はあっても盾役程堅くは無い為、ブローターの攻撃に晒されてしまうと一気にピンチに陥ってしまう。
加えてワイルドゴブリンの攻撃も決して無視できる様なダメージではない為、彼らの援護をしつつ、ブローターに攻撃していく必要がある。
「まだちょっと辛いわね…!こうなったらアレを使うか…!」
私の攻撃が加わり、パーティーの負担は減ったものの、戦線の維持はギリギリだ。
クレアは奥の手を出さなければならない事に苦虫を噛み潰したような表情を見せていたが、出し渋る様子は無く、即座にインベントリを開く。
「これでどうかしらッ!」
インベントリから取り出したのは魔石というアイテムだ。
紫色の怪しい光を放つ魔石を手に取ったクレアがブローターに向けて投げ付けると、魔石から封印されていた魔法が放たれる。
魔石は色によって異なる属性の魔法が放たれるアイテムだ。
威力に関しては知力やスキルによる補正を受けず、魔石の品質に左右される為、魔法職が自分で放つものに比べるとどうしても劣ってしまうが、スキルの有無に関わらず魔法による攻撃が放てるのが最大の利点である。
魔法職ならその使用法は習得出来ない属性や未習得魔法の穴埋めに使われ、近接職なら物理攻撃が通りにくい相手への対処に使われるのが一般的だろう。
しかしこの場面においてクレアが取った使用法は前者に近いが、少しその意味合いは異なっていた。
「グオォゥッ…!?」
「…なるほど、さすがはβテスター、搦め手も用意してるってトコね」
紫色の魔石は毒属性の魔法が封じられており、ブローターの胸に魔石が当たると封じられていた魔法が発動、毒々しい色の液体がブローターの全身に浴びせられる。
発動したのは毒属性の下級魔法、ポイズンドリップ。単体の敵に毒液を浴びせ、毒に冒す魔法だ。
ネームドモンスターに対して毒によるダメージは微々たるものだが、毒状態には副次的な効果があり、攻撃力や防御力の低下に加え、そして行動速度の低下がある。
「だいぶやりやすいッ!」
「主水、ミクッ!範囲攻撃が来るぞッ!
「ああ見えてるッ!」
ブローターが両手を大きく振り上げ、力任せに地面に叩きつけると衝撃波と石飛礫が発生し、周囲を襲う。
だがブローターの動きが鈍くなっている事で、主水とミクはいち早く衝撃波の範囲から離脱し、ドブロクも盾防御のスキルを発動しながら二人を庇う位置取りをして難を逃れていた。
ドブロク自身はダメージを受けてはいるが、盾防御に加えて、ブローターの攻撃力が落ちていた事も相まって、被害は殆どない様だ。
「強力な攻撃の後は反撃よ!」
「ライトニングッ!」
「なあアンタ!この雷撃ちまくったほうが早いんじゃないのか!?」
「主水、そうしたいのは山々だけど理由がある!リリアナさんもそれがわかってるから連発は無理よ!」
落雷の魔法であるライトニングは確かに効果的にブローターの体力を削っている。
主水から声が上がったのは効果的ではないとわかっていながら、近接職が必死に攻撃を仕掛けて前線で耐え続け無ければいけないという不満が言葉に変わったとかそんなところだろう。
というのも実際のところ、一番の問題は近接職の火力不足だ。
彼らの攻撃手段がブローターが耐性を持つ打撃しか無く、ダメージを稼げないこともあってブローターのヘイトを即座に買える手段がドブロクのウォークライしか無い為、こちらがライトニングを連発しようものならすぐにウォークライで引きつけた注意が此方に戻ってきてしまう。
ウォークライも連発はできない上、此方も調整しながら攻撃を仕掛けるしかない。
私自身、装備を更新してはいても魔法職の防御力などたかが知れており、格上のネームドモンスターの物理攻撃に耐えられる耐久力は持ち合わせてなどいない為、うっかりドブロクのウォークライが準備できる前にヘイトを奪ってしまえば立ち所にノックアウトされてしまうだろう。
「無理ってどういう事だよ!」
「今私達の中で奴に有効な攻撃手段を持っているのは彼女だけよ!純粋に火力が足りてないからヘイト管理もドブロク頼み!数発ライト二ングを当てたくらいで倒れる相手じゃないし、下手に手を出して彼女がヘイトを買ってもダウンさせられたらそれこそ勝ち筋が無くなるわ!」
流石にβテスターだけあって現状を的確に理解している上、これは彼女の性格ではあるがちゃんと説明を噛ませてくれている為、主水も理由を把握してこれ以上の言葉を発せず、渋々ながらブローターとの対峙へと意識を戻していた。
ただこのまま行くとすれば決め手を欠いている為に間違い無く長期戦は免れられない。
自身のマナポーションだけでは間違いなく足りないどころか、クレアのマナポーションを融通してもらっても芳しいとは言えない状況だ。
せめて近接職の誰かが斬撃か刺突属性の攻撃が出せる武器を持っていれば、状況は大きく変わるのだが…。
「寄らないでッ!」
ミクが近寄ってきた取り巻きのワイルドゴブリンチーフにメイスで攻撃を仕掛ける。
私のヒートブリーズか、クレアのコールドウィンドに巻き込まれていたのか、ワイルドゴブリンチーフは側頭部に槌頭の直撃を受けると同時にそのまま倒れこみ、煙と共に消え去った。
「ミクッ!後ろだッ!」
「グロロロォッ!」
「きゃああッ!?」
ワイルドゴブリンはなぎ倒したものの、その直後にライトニングで怯んでいたブローターが立て直し、その巨腕を大きく振り上げて注意を逸らしていたミクに襲い掛かろうとしていた。
強烈な衝撃波が振り下ろされた腕から弾けて土が巻き上がる。
ほんの一瞬の隙をついたブローターの一撃にミクは対応しきれなかった。
「くっ…!」
「待って!ミクさんは無傷…!ドブロクさん!」
視界に浮かぶ仲間のステータスを見ると、ミクの体力を示す赤いゲージは一切減っていない。
その代わりにドブロクの赤いゲージは大幅に減少している。
どうやら直撃を受ける寸前にドブロクが間に入り、ミクが受ける筈のダメージを肩代わりしたのだろう。
「ぬ…ぐぐ…!まだまだァ…!」
流石に盾スキルを使用する暇はなかったのか、ブローターの攻撃を直撃したドブロクは瀕死の重傷を負っていた。
回復させなければ今度はドブロクが倒れてしまう番だ。
「やるしかないか…!」
一か八か。ここから巻き返すプランもピースも無くは無いが、それにはクレア達が此方の意図を汲み取り、それに併せてもらう必要がある。
とにかく一秒が惜しい。クレアと打ち合わせをする暇もない。ぶっつけ本番だ。
「ライトニングッ!そらッ、こっちよデカブツッ!」
「グオッ…グルルラァッ!」
ブローターが怯みから立ち直った端からライトニングで追撃を仕掛ける。
怯み直後は再度同じ状態にはなりにくいという仕様があるのはわかっているが、それを押して攻撃を仕掛けると、ミクへの攻撃を肩代わりした事でドブロクに移ったヘイトが私に向き、ブローターの咆哮が耳を劈く。
強がるように挑発の言葉を吐き出してはいたが、正直、怖い。
ただ今はパーティーの危機。震える足を歯を食いしばって私はブローターをドブロク達から引き離す様、明後日の方向へと走り出す。
「リリアンさん、何をっ!? いや、そうかっ!ドブロク、これをッ!」
背中越しに背後を見ると、クレアがドブロクに向けてアイテムを投げていた。
放物線を描き飛んでいく赤い液体の入った少し大振りの瓶。それはライフポーション(中)だ。
まずはクレアは私の意図を理解してくれたらしい。
クレアが投げ渡したポーションをドブロクが受け取り使用すると、彼の傷がみるみる塞がっていく。
「主水、ミクッ!ドブロクが回復し切るまで守り抜いてッ!今ドブロクの回復が中断されたらマズいッ!」
「わかってるよッ!」
「やらせませんッ!」
ワイルドゴブリンは瀕死や状態異常で弱っていたり、回復しようとしているプレイヤーを優先して狙う傾向があり、絶賛回復中のドブロクへ殺到しようとしていたが、主水とミクが近付けさせまいと次々にワイルドゴブリンを殴り倒していく。
「コールドウィンドッ!私が弱らせるわ!どんどん仕留めていってッ!」
「まかせろ(まかせて)ッ!」
クレアも状況が状況だけに出し惜しみ無しで範囲攻撃魔法を連発していく。
殆どが主水とミクがなぎ倒してはいるが、なかなか前に出れないワイルドゴブリンに関してはコールドウィンドを数発受けて、そのまま凍死に至らしめていた。
「グロロロォッ!」
「流石に振り切れないわね…!」
足の速さは少しだけブローターの方が上らしく、私は間も無く追いつかれてしまいそうな距離にまで詰められていた。
「グォロロォッ!」
「通常攻撃…ならッ!」
ゾッとするような質量と勢いの拳が頭上で空を切る。
拳が振り抜かれるタイミングに合わせてしゃがみ込んだが、どうにか回避には成功したらしい。
「今の内に距離ッ…稼がないとッ!」
攻撃を空振りしたことでブローターは勢い余って体勢を崩していた。
ドブロクの回復はまだ終わり切っていないが、それでも盾スキルで防御を固めればもう受け切れる体力だ。
クレア達の所に戻れさえすれば戦闘は立て直せる。そう思っていた時、ふとブローターの行動傾向を思い出す。
「この距離…離れ過ぎた…!」
ブローターの主だった行動はプレイヤーに近づいて近接攻撃を繰り返す傾向にあり、ヘイトを取った逃げるプレイヤーを追い回す行動を取る。これをそれぞれ攻撃モードと追跡モードと当時のβテスター達はそう呼んでいた。
ブローターは足が遅く、軽戦士系や盗賊系の近接職、弓使い系の遠距離職の場合、一撃離脱を繰り返せば比較的倒し易い相手ではあるが、それを安易に実行できない様、追跡モード中に一定距離を離れると別の行動ルーチンを取る様に設定されている。
「グォロロォ…!」
「やっば…!」
ブローターがおもむろに地面を掴み、重機の様に土を掴みあげる。
追跡中にある程度の距離を置くと、ブローターはこの様な行動を取り、遠距離戦を仕掛けてくる。
つまり、この行動は投擲による攻撃の前準備であり、勿論その照準は私に向けられていた。
「グロォッ!」
握って固められた土の塊がブローターの剛腕から投げ放たれ、私目掛けて飛んでくる。
無数の土の塊はまるで散弾の様に拡散しながら、私を引き裂いていった。
「あぐッ…!? 何これ…、死ぬほど痛…!」
直接攻撃に比べると威力は劣るが、それでも耐久力の低い魔法職には致命的な一撃だ。
土砂の投擲による衝撃は即死には至らしめなかったが、私の体力を示す赤いゲージの七割以上を減らしていた。
もう後はない、次を喰らえば絶対に殺される。全身の骨が折られた様な痛みも私にそれを確信させていた。
「リリアナさん、ワイルドゴブリンがそっちに!」
「くっ…うぅ…!どうにか…しないと…!」
瀕死状態に陥った事でどうやら主水とミクが引き受けていたワイルドゴブリン達まで私にヘイトを向けた様だ。
前方にはワイルドゴブリンの群れ、後方にはブローターと逃げ場は無く、この傷を負ったままではとても動けそうにない。
選べる選択肢は二択。
一つは回復してワイルドゴブリン達から逃れ、パーティーに再合流してから反撃に出る。
ただこれはあまり現実的じゃない。幸いHPそのものは低い為、ライフポーションで回復しても直ぐに動ける程度には傷が癒えるだろうが、ワイルドゴブリン達をギリギリまで引きつける事になる為、逃れられる公算が立たない。
二つ目は傷を負ったままワイルドゴブリン達と応戦し、血路を切り開くこと。無論、こちらはこちらでかなりのリスクを抱える事になる。
まず今の体力ではワイルドゴブリンの攻撃にすら耐えられないだろう。
つまり、今自分に向かってきているワイルドゴブリン達を近付かれる前に一匹残らず仕留める必要がある。それでいてなおかつ、後方のブローターから追いつかれない様にしなければならない。
「僅かでも、確率のある方を…!」
「コールドウィンドッ!」
決意を決めて動き出そうとした瞬間、ワイルドゴブリン達の後方から身を裂く様な凍てつく風が吹き荒ぶ。
強烈な冷気がワイルドゴブリン達の体力と共に機動力を削ぎ取り、群れは突如としてその足を止めていた。
「クレアさん…!これなら行けるッ!ヒートブリーズッ!」
冷気の風によって足止めを食らったワイルドゴブリン達は偶然にも一箇所に固まっていた。先行していた群れが足止めを食らった事で後続の群れが追い付き、後続もコールドウィンドの影響範囲下に飛び込んでくる形となったのだろう。
冷気に包まれたワイルドゴブリン達が身を寄せ合っ
ているところに今度は身を焦がす様な熱風を浴びせてやると、ワイルドゴブリン達は悲鳴をあげながら次々に倒れて行く。
「少し逸れて動けば…!」
痛む足を引きずりながら、熱に悶える瀕死のワイルドゴブリンを躱す様にして仲間達との合流を目指す。
「グォロロロロロロロォッ!」
しかし、その瞬間に背後に迫るブローターの咆哮が聴こえてくる。
「くっ、もう追い付いて…!」
「させないっ!」
「どけどけェッ!」
「俺に任せろォッ!」
ブローターの手が伸びて来た瞬間、瀕死のワイルドゴブリン達を主水とミクが薙ぎ倒し、その間をドブロクが盾を構えて抜けてくる。
「グロァァッ!」
「させんッ!」
ブローターの剛腕とドブロクの盾がぶつかり合い、周囲の砂利が巻き上がる程の揺れが発生する。
ブローターの一合目をドブロクが受けた事でブローターのターゲットがドブロクへと移り、私は急いで距離を取ると、インベントリからライフポーション(小)を取り出して一気に飲み干していた。
「主水、足元ッ!」
「ん? お、こいつは…!」
体力を回復している間に後方のクレアから主水へ指示が出されると、主水の足元に"未鑑定の武器"と表記された短剣が落ちているのに気付く。
暗い茶色がかった刃はワイルドゴブリンの二本角を思わせる曲線を描いており、その刀身は鈍く光っていた。
「ワイルドホーンシックルです!それならブローターにも有効なダメージが与えられる筈!」
「短剣スキルは上げてねぇけど、そういう事ならッ!」
ワイルドホーンシックルはワイルドゴブリンから極低確率でドロップするユニークウェポンだ。
シックルというだけあり、斬撃に特化したタイプの短剣で、特徴としては斬撃しか攻撃手段が無く、またやや重いものの、一撃の威力に秀でた序盤でも火力はトップクラスに位置する短剣の一つだ。
「ちっと取り回しが難しいのが難点だが…こいつで叩っ斬ってやるッ!…らぁっ!」
「グオォォッ!?」
ドブロクと力比べをしているブローターの側面に回り込んだ主水がワイルドホーンシックルで斬りつける。
メイスで殴りかかっていた時はビクともしなかったブローターだが、斬撃でのダメージにはあからさまに弱く、主水が攻撃を仕掛ける度にブローターの体力を示す赤いゲージが削られていくのがわかる。
「流石はユニークウェポン、耐性の関係もあるけど攻撃力が段違い…!って、そんな事言ってる場合じゃなくて…ライトニングッ!」
攻撃を繰り返す主水に見惚れていたが、このままではドブロクに移っていたヘイトが主水へと向いてしまう。
体力が戻ってきたこともあり、私はブローターへの追撃に落雷を重ねると、ドブロクもウォークライでヘイト操作に介入していた。
「…あれ? ブローターが攻撃してこない…?」
主水、ドブロク、そして私が代わる代わるにブローターの注意を惹きつけていると、ブローターはフラフラとあちこちをうろついているばかりで、攻撃を仕掛けてくる気配を一切見せてこない。
「そのまま続けて!ブローターは攻撃に移る前にヘイトが別のターゲットに移ってて狙いが絞れなくなってる!このまま続けてればあとはそのまま倒せるかも…」
「いえ、そう簡単にはいきません!私が合図したら全力で退避を!」
ブローターはβテストでも戦った事のある相手。こんな攻略法はあったなんて初めて知ったが、ブローターには最後の最後で一つ隠し玉を持っているのを知っている。
ブローターの体力が半分を切り、なおも減少を続けている。
その時は少しずつ、確実に近付いていた。
「二人とも下がって!…ライトニングッ!」
ブローターの体力が四分の一を切る直前に主水とドブロクに退避の合図を送ると、二人はそれに従い一気に離れていく。
その間に私は背を向けたブローターから離れつつ、ライトニングを脳天へと叩き込んだ。
「グオォォ!グッロロロオォオァァァッ!」
「完璧ッ!あとは一旦逃げて落ち着くのを待つだけね!」
ブローターはライトニングを受けた瞬間に激昂し、強烈な咆哮をあげると、両腕を振り回して周囲の地面に見境なく叩きつけていた。
「ランペイジ…!貴女、ブローターがランペイジを発動する条件を知ってたの?」
「…勿論!伊達にβテスト中に何度も戦ってませんよ。こんな低レベルで挑む事になるとは思ってませんでしたけどねっ」
ブローターのランペイジは所謂暴走というやつであり、発動すると同時に攻撃力が大幅に上昇した上で大暴れしだす危険極まり無い行動だ。
ただこの行動はパターンにハメて調子付いたプレイヤーに対する罠的な行動であり、見抜きさえすれば後は楽に撃破できる様になっている。
ランペイジの攻撃力上昇は確かに脅威だが、盾役がスキルを発動して受ければ受けきれない程ではない。
加えて、ランペイジ発動時点ではターゲッティングがされておらず、発動後に攻撃さえしなければ、ただただその場で大暴れするだけに終わる。
また、ランペイジの発動中は自らの体力を犠牲にしており、時間経過と共に徐々に体力を失っていく為、楽に倒すならばランペイジが発動する直前までは通常通り戦い、発動ラインを下回る寸前で攻撃を止めて遠距離攻撃ができるプレイヤーが攻撃してランペイジを発動させ、あとは放置で体力を自ら失うのを待つのがセオリーとなっている。
「…で、これってどうすればいいんですか?」
「体力が1になるまで放置。あとは石でも投げつけとけばオッケーです。ミクさん、トドメは任せました」
「えっ、私!?」
足元の石ころを拾ってミクに渡すと、少し困惑した様子でいたが、それから実際に減っていく体力ゲージを見てミクは落ち着き取り直す。
「実質的には討伐完了ね。みんなお疲れ様、それにリリアナさん、手伝ってくれて助かったわ」
ただただ無為に暴れ回っているブローターへ視線を流しながらクレアがパーティーメンバーと私に労いの言葉をかけてくるが、その顔色はあまり良くない。
「流石に挑むには少しレベルも足りてなかったし、貴女がいてくれてなかったら多分全滅して街に送り返されてた所だったわ。βテストの頃からやり込んでたクチなのかしら、私もβテストでブローターには挑んだけれど、随分レベルが上がってからだったし、その頃には簡単に倒せてたから、改めて情報って大事だって思わせられたわ」
どうやらクレアの顔色が良くないのは極端な格上相手での気疲れからの様で、近くにあった木にもたれかかってそう締めくくっていた。