2-1
「お待たせしましたーっ!」
サクラと改めて合流し、彼女もグループチャットに参加すると、まずは開口一番、私の隣でそう発言した。
『お、きたな。んじゃ、ようやく全員揃ったわけだし、自己紹介とでも行こうと思うんだが…』
『ちょっと待って、どうせなら全員顔合わせた方がいい』
『だな。あっちで見たのはリアルのツラだろ?』
『ならセントラリアに集合…ですかね…?』
「私とサクラはセントラリアにいるから…どこで待てばいいかしら?」
『だったら下層部の倉庫街跡でいいんじゃないかな〜。あそこは今のところ何もないから人の多いセントラリアでも誰もいないしね〜』
「了解です!じゃあ私とリリアナさんは先に待ってますね!」
まずは合流し、顔合わせと自己紹介と言う事で全員がセントラリアに集合と言う運びになる。
一気にフレンドが増えた事もあって、何だかんだと自分も他の人のキャラクターをどうコーディネートしているか気になる所ではあった。
サクラと共にセントラリアのマップを確認しつつ、下層部にあると言う倉庫街跡へと向かう。
セントラリアの下層部は歓楽街が大半を占めており、酒場や娯楽施設が建ち並んでいた。
そこから更に奥へと進むに連れ、歓楽街の喧騒も遠ざかり、人気もなくなっていく。
やがて湖に面した埠頭の様な場所に着くと、旧くなった建物が建ち並ぶ場所へと到着する。
「ここが多分…その倉庫街跡、って事かしらね」
「適度に暗くて、なんか犯罪組織のアジト…みたいな感じでちょっと良くないです?」
「あ、確かにそうかも。…で、私はこんな服装だし、悪の女幹部みたいな?」
「あはっ、確かにそう見えなくもないですね!じゃあ私は戦闘員のちょっと強いやつって感じですかね?」
「あはは、サクちゃんもそういうの見るんだ!」
「勿論!休日の早出出勤じゃない限りは欠かさず見てました!私の癒しです!」
「あー…休日出勤のあった翌週とかまるっと調子悪そうにしてたのはそういう事だったのね…」
やや時代は古めの倉庫街だが、それでも木箱などが積み上げられたこの場所は確かに特撮アニメの撮影セットとしても十分見れそうな場所だ。
まだ誰も来ていないと思って私達は自分達が特撮アニメの登場人物に見たてたらどうだとか、くだらない話を始めており、それは当時同じ職場に勤めていた頃の思い出話に繋がっていった。
「…先輩が辞めた時はそりゃあもう課長が部長に絞らてまして…」
「…サクちゃん」
「え、何です?」
サクラが思い出話を続けているが、私はその話の腰を折る形で制止すると、彼女は何も気付いてない様子でキョトンとしていた。
最初はつい口をついて出てしまった事かと黙っていたが、恐らくサクラは自分の正体が割れた事で、当時通りの感覚に戻ってしまったのだろう。
「サクちゃん、今後先輩呼びは禁止。…勿論本名もね」
「…あっ!」
「まぁあそこで私とサクちゃんの事は周りにだいたい知られただろうけど、私はもう仕事やめちゃってるし、ましてやここはゲームの中よ。確かに年齢的な上下関係はあるかもだけど、あくまで私はリリアナって事で通してくれないかしら?」
「あ…すいません、ついっ!」
ここが異世界だとわかっても、ここはゲームの世界の中でもある。
こちらからサクラの中身が桜だとわかったとしてもそれは変わらず、私は少なくともこちらの世界では百合奈ではなくリリアナなのだ。
今のサクラと私に先輩後輩の関係は無く、あくまで同じゲームを遊ぶ友人だとして、私は彼女に呼び方を元通り、リリアナと改める様に釘を刺した。
「じゃあこれまで通り、リリアナさんですね」
「わかればよろしい。…と、そろそろ誰か来ても良さそうだけれど…」
集合場所と思しきこの場所に到着して少し経つ。
他の地域からテレポートステーションを経由してセントラリアに来たとして、そろそろ到着しても良さそうな頃合いだ。
木箱を椅子とテーブル代わりに並べ、サクラと二人で腰掛けて待つ。すると漸く一人目がやってきた。
「やぁ〜、おまたせ〜」
「この喋り方…ハルさんですね?」
最初に到着したのはハルだ。語尾の間延びの仕方が特徴的ですぐにわかるが、サクラは如何にも名推理と言わんばかりにキメ顔を作っていた。
「ん〜…はずれ〜。グラジオです〜」
「ええっ!? 嘘っ!?」
「そりゃあからさまに嘘決まってるでしょ…」
「あはは〜、嘘だよ〜。ハルであってるよ〜」
あからさまなハルの嘘にサクラがあっさり騙されそうになっており、呆れながらツッコむ。
気さくで大らかそうな恰幅の良いドワーフ、それがハルのキャラクターだ。
彼のクラスはエンジニアで、背負った武器はグレートハンマー、つまり大金槌である。
エンジニアは他のクラスにはない近遠距離両方に対応しているクラスで、最初から銃を扱える数少ないクラスとなる。
装備が揃えば近距離は棍棒や斧の様な重い一撃を繰り出せる武器で戦い、遠距離では銃に持ち替えて攻撃力は固定であるものの、防御を無視した一撃を放つ。
「お、追加で二人到着かなぁ〜?」
「…到着」
「あ、ども…」
続いてやってきたのは小柄で着物とも言い難い丈の短い和装の少女と、いかにも学者とばかりの衣装と帽子に身を包んだ色白長身痩躯のエルフの青年だ。
少女の方は衣装からしてワジンのクノイチだろう。
「…スズ、よろしく」
「あ…AOIです…よろしく…」
AOIはザ・コミュ障と言わんばかりにオドオドとしており、スズは純粋に口数が少ないだけか、立ち振る舞いそのものは堂々としている。
「二人は知り合いとか…じゃなさそうね」
「たまたまそこで会った。AOIはもっと堂々とした方がいい。イケメンキャラが台無し」
「え、ええっ…!? そ、そんなこと言われても…」
スズのド直球な言葉にAOIの青白いまである程の色白の顔が一気に紅潮する。
スズはスズでその気は無さそうである為、もう少し言葉を選んだ方がいいだろう。
「あ゛ぁ〜? もう大体揃ってんじゃねェかオ゛ォイ!」
「ひっ…!」
恫喝する様な声にAOIが側にいたスズの後ろに隠れてしまう。
AOIの高身長で小柄なスズの陰に隠れる姿は滑稽さと情け無さが止まる所を知らない。
「うお゛ォいテメェ…、何ヒトのツラ見るなりチビッ子の陰に隠れてやがんだ、あぁ゛ン!?」
「あわわ…」
「チビッ子違う。設定年齢17歳。それよりもあなたの方が小さい」
「ンだとォ!?」
まぁ見るからに暴観者Aだろう。
威圧感たっぷりの言動に普通の人間ならまず関わり合いになりたいとは思わないだろう。
しかしスズが負けずに言い返していたのは暴観者Aの姿にあった。
「わぁ…かわいい…!」
「…っ!ま、まるでゆるキャラね…」
「だァれがかわいいだテメェ!女だと思って手ェ出さねェとか思ってんじゃねェだろうなァ!?」
暴観者Aの出で立ちそのものはまさにヤから始まる危ない人達のそれだ。
しかし種族はフェアリーと、今いるメンバーでも特に小さく、その姿で怒声を撒き散らす姿は最早ギャグでしかなく、私自身、笑いを堪えるしかできなかった。
「まーまー、ボーちゃんもそう怒らないで〜、ね〜?」
「ぶっ…!ボー…!」
「ぷっ…アハハハハハハハ!ボーちゃん…っ!ダメ、もう無理!」
「だァれが"ボーちゃん"だテメェ!表出ろゴラァッ!」
ハルが暴観者Aを"ボーちゃん"と呼んでしまった事で私を含め、全員が笑いを堪えられなくなる。
烈火の如く怒る暴観者Aが怒鳴り散らすが、最小サイズの種族にそうやって怒鳴り散らされても、最早誰の笑いも止まる事はなかった。
「ボ…ボーちゃん…くくっ…」
「ひーっ…ひーっ…、お腹痛い…!」
「私も…無理っ…!」
「…フスッ」
笑っていないのは"ボーちゃん"と呼ばれた張本人である暴観者Aだけ。
いや、ハルも笑顔だがここで言う笑うとはまた違う為、笑っていないのは当事者の二人か。
表情の薄いスズでさえも思わず口元を押さえて笑いを堪えていた。
「あはは〜、ごめんごめん〜。でもみんな笑ってるからさ〜」
「テメェのせいだろうがッ!…はぁ〜あ、アホらし。なんか怒る気も失せちまった」
穏やかな笑みを絶やさないハルの胸ぐらを掴んで怒鳴り散らしていた暴観者Aだが、それでもハルの表情は崩れず、暴観者Aの方が毒気を抜かれてしまったらしい。
ハルの胸ぐらから手を離すと、疲れた表情のまま木箱に腰掛けて深いため息を吐く。
ただ木箱に腰掛けたその体躯はあまりに小さく、悪そうなおっさんの顔した子供が座っている様で私達は再びこみ上げる笑いを必死に噛み殺していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「で、なんつったっけ…アイツ」
「グラジオだね〜」
「遅いわね…」
「トラブル、巻き込まれてるかも」
暴観者Aの姿にも慣れ、それから30分程雑談を続けていたが、一向にグラジオが姿を見せない。
合流してから自己紹介という話の流れに難色を見せていた訳でもないし、そもそもグラジオの性格からすると人と出会うこと、況してや本来の顔を見せる訳でもないのだから恥ずかしがるとかそういう事ではないだろう。
そうなるとスズの言う通り、何かしらのトラブルに巻き込まれていると考えた方が良さそうだ。
「グループチャットで声をかけてみるのはどうですかね?」
「そう、ですね…」
「じゃあ、グラジ…」
いつまでも現れず、皆が痺れを切らしていた為、サクラの提案に乗る形でグループチャットでグラジオに呼びかけてみる事になり、グループチャットで彼を呼ぼうとした時だった。
仄暗い埠頭の水面から水柱が立ち、呼びかけようとする声を止める。
「なんだなんだァ!?」
「…敵襲?」
「スズちゃん、ここは街の中だからそれはないよ〜」
突然立ち上る水柱に私達は一瞬身構えるも、ここは街の中心部とは大きく離れてはいるものの、セントラリアの中だ。非戦闘地域であり、モンスターもいなければ、戦闘行為自体が出来ない場所である。
「ハッハッハ!すまん!迷っちまってた!」
「ということは…」
「貴方がグラジオね…」
水面から現れたのは頭に藻を被ったグラジオだった。
迷っていたとは彼の弁だが、まさか水面から現れるとはここにいる誰もが思っておらず、驚きもあるがそれ以上に全員が呆れかえってしまっていた。
「いやぁ…近道をしようと思ったんだがな、どうやってもセントラリアの外に出てしまうもんで、聞けば倉庫街は湖に面しているって聞いたから、ならばと湖に飛び込んだわけだ!」
「だとしても普通湖側から街に入ろうなんて普通考えないでしょ…」
「リアルだったらドン引きしてますね…」
「まぁまぁ、とりあえず着いたんだからよしとしようよ〜」
近道をしようとしたのがどうやったら湖に飛び込むという行動に出るのか小一時間グラジオに問い詰めたい所だが、聞いてどうなるでもなし、加えてハルが宥めてくるので聞かないことにした。
とりあえずグラジオがとんでもない方向オンチだと言う事を私達は認識を共にする。
「わざわざ木箱でテーブルみたいにしたんだな。話しがしやすい場を作ってくれて助かるぜ…っと。うひぃ、鎧の中にまだ藻が…」
ずぶ濡れであることすら気にしていないのか、グラジオは笑いながら木箱に腰掛けると、服の中に入り込んだ藻を摘んで捨てている。
およそ細かい事は気にしないタイプなのだろう、しかしだからこそグラジオのような人間の周りに連絡を取り合う様な人間がいなかったのが改めて疑問に思えてしょうがない。
「…で、集まった理由まで忘れちまった訳じゃねェだろうなァ?」
「ハッハッ、そりゃ流石に忘れてねえさ!…って、なんだっけ?」
呆れた様に尋ねる暴観者Aにグラジオがさも自信たっぷりに答えるも、その後に続く回答に全員がもれなくズッコケる。…鳥頭か。
「冗談だ!顔合わせ、だろう!?」
「あ、流石に覚えてた」
「大丈夫かよコイツ…」
「頼むわよ、ホント…」
グラジオの笑えない笑えない冗談に呆れつつ、話は漸く各自の自己紹介の流れへ。
最後にやってきたグラジオがまずは自分からだと言って聞かない為、全員が譲る形で彼にトップバッターを任せる形になった。
「じゃあまずは俺からだ!俺はグラジオ、ヒューマンのナイトだ!よろしくな!質問がある奴はいるか!? お、なんか聞きたげな顔してるエルフ、なんでも聞いてくれ!」
「え…僕…?」
グラジオが全員の顔を見ながら溌剌とした声で簡単に自己紹介をすると、その最後に白い歯を光らせる。
そこから質問はないかと尋ねだすと、半ば強制的にAOIに指をさして、質問を引き出そうとし、AOIも突然の指名に動揺を隠せずにいた。
「あ…ええと…。じゃあ…」
「おう、何だ!?」
「あのう…グラジオさんは何故独りぼっちだったんです? 見た感じ…僕と違って、友達多そうな気が…」
質問するなど考えもしていなかったAOIは悩んだ末に漸く質問を絞り出すが、まさか全員が聞きたかったグラジオの独りぼっちの理由について尋ねだす。
勿論横で聞いていた私達も"コイツ、ブッコミやがった"と言わんばかりに驚いていたのは言うまでもない。
「…あ!答えたくなかったらいいです…!」
慌てて訂正しようとするAOIは冷や汗をかきながらグラジオの顔色を伺う。
グラジオは少しだけ考えると、やはり気にしてないとばかりに質問への回答を始めた。
「いや、別に構わないぞ? 理由は簡単、他人と接する機会が少なかったからだ!俺は山奥に住んでいてな、登山道でもないのに道だけは険しいから誰も俺に会う為に登ろうとはしないし、宅配物も麓にまで取りにいく必要があるんだ。
今は便利な時代、食料を買うにも麓の町のスーパーにまでいく必要はないし、それと家庭菜園で暮らしていけてな!そうしていたら数年前に両親も他界してそれからと言うもの誰とも会わなくなった!それだけだ!」
「おおう、思ったよりまともな理由だった…」
グラジオは環境的に独りぼっちになったタイプの人間で、恐らくは私達の中では一番まともな人間なのかもしれない。
決してニートや引きこもりではなく、単純に孤立した環境の中で自給自足をしながら生きていた人物だった様だ。
「人と会わなくても今はゲームの中で人と会話はできるからな!」
独りぼっちを独りぼっちだと思わない。そんな逞しい精神の持ち主、それがグラジオという男だった。
「じゃあ〜、次は僕かなぁ。僕はハル、ドワーフのエンジニアだよ〜。せっかくだから僕も独りだった理由を話しとこうかな〜。
僕はネット配信者でね〜、ずっとゲームだったり色々と配信してたんだ〜。ただ顔は伏せてたし〜、今のご時世、勝手に人が映りこんだりしたら訴訟だなんだって煩いでしょお〜? 身バレも怖かったから人にも会おうとしなくてね〜、そんな生活をしてたから巻き込まれたんだろうね〜」
間延びした話し方が悲壮感を全く感じさせないハルの自己紹介兼ぼっち紹介に私達は皆聞き入っていた。
配信業で生活をしていたのならもしかしたらハルは有名配信者なのだろうか。
「ハルってもしかして結構有名だったりするのか?」
「どうだろうね〜。人からの評価なんて気にしてもいないし〜、ただそれなりに生活は出来てたから有難い話だよね〜。あ、ちなみにハルって名前では配信はしてないからね〜」
配信業一筋で生活していたのならかなり有名だとは思うが、本人はどうもそれを望んでいるようには見えない為、グラジオの質問の回答を聞いて以降、それ以上は誰も尋ねようとはしなかった。
「ん〜…でも、アルティリアルだっけ〜、ここから戻れたらみんなさえ良ければ一緒に何か一本、動画でも上げてみたいなぁ〜」
「だったら俺は出させて貰うとしよう!」
「ふふ、顔出しがNGならモザイクでもかければいいし、声もボイスチェンジャーで加工出来るしね」
ハルは冗談めかしてそう言う。なんだかんだと元の世界に戻りたいという気持ちはあるようだ。
穏やかな人格の持ち主であるハルの動画は見る人の心を癒しているのかも知れない。
「…次、私。スズ、ワジン、クノイチ。…不登校」
次に言葉少なに自己紹介をしたのはスズだ。
独りぼっちの理由を話すのに少し間が空いたのは恐らく気のせいではなく、その際に僅かに目線を逸らしていたのは、先に自己紹介を行なっていた二人に比べて、後ろ向きな理由だったからだろう。
「スズちゃんは普段もそんな感じなの?」
「…そう。リアルで話すの、苦手。だから…色々あった」
いじめ、だろうか。"色々あった"と話すスズの顔は少し俯いており、悲しげな目をしていた。
だからか、あまりその理由を引き出そうとするのは良くないだろうと、皆それ以上深く尋ねることはしなかった。
「でもこうしてゲーム内で話せてるなら十分だと思うわ。とりあえずコミュニケーションが取れるなら気にはしないし、無理に話せなんて言わないから、自分のペースで構わないからね?」
「…ありがと。そう言ってくれると、嬉しい…」
フォローを入れてやると、スズが少し顔を赤らめながら感謝の言葉を返してくる。
小柄で口下手だからか、その仕草は小動物のようで、"可愛い"という言葉がつい口から出そうになったが、どうにか堪えて彼女に微笑み返すに留めていた。
「次、ボーちゃん」
「ボーちゃんはやめろォォッ!…ったく、ガキんちょが…」
スズからのバトンタッチ先は"ボーちゃん"こと暴観者A。
彼はとんでもない形相でスズに怒鳴り散らしていたが、
「あー…俺ァ暴観者A。"ボーちゃん"じゃ無けりゃ何とでも呼べ。種族は見たまんま、クラスはフェアリーランサーだ。喧嘩ばっかしてたから人とつるまなくなった、以上だ」
「「…」」
「…? …な、なんだよ、やんのかアァン!?」
グラジオ以外、私を含めて全員が暴観者Aの自己紹介の内容を聞いて、同じような視線を彼に送っていた。
暴観者Aはそれに対して声を荒げて凄んでみせるが、恐らく誰の恐怖心も煽れていない。無論、気弱さが目立つAOIにすらもだ。
「リリアナさん。どう、思います?」
「うーん…十中八九、ね?」
「ぼ、僕も…!僕もそう思います…。い、いえ、僕だからこそ…!間違いないと…!」
「何の話してやがるッ!」
種族がフェアリーなのは一旦置いておくとして、加えて容姿がヤから始まる人っぽいのもこの際置いてしまおう。
だが、喧嘩に明け暮れるアウトローがこういったゲームに手を出すだろうか。
否、断じて否。確かに息抜き程度にゲームに手を付ける、という事はまぁある話だろう。しかし、ここにいるのは巻き込まれたサクラを除き、全員がβテストからのプレイヤーで、なおかつ一日二日程度でレベル10以上になっているヘビーユーザーばかりだ。
果たして暴観者Aが自ら言うように普段から喧嘩をしているような人間がここまでやりこんでいるかと言うと、絶対とまでは言わないにしろ、まず有り得ないだろう。
彼のレベルは19、この中ではAOIの21に次いで2番目の高さで、これは完全にやり込んでいなければそうそう到達出来ないレベルである。
「ぶっちゃけ聞くけど…アンタ、実は引きこもりじゃないの?」
「…!!」
どストレートな質問を投げかけてみると、その反応で直ぐにわかる。間違いない、暴観者Aは自己紹介で見栄を張って悪ぶっているだけだ。
「悪いけど、これでも結構な企業で色んなタイプの人間見てたからね、多少曇ってても少しは人を見る目は…」
「う、うっせ!うっせーッ!俺はヤンキーだッつってんだろ!毎日毎日、来る日も来る日も喧嘩ばっかしてたってさっき言っただろーがッ!これ以上言ってみろッ!フレッシュゴーレムの肉を口に突っ込んで縫い合わるぞッ!」
しまった。つい本性を暴いてやろうと思ってしまい、暴観者Aを逆上させてしまった。
嘘というのは何となく直ぐに見抜けてしまい、それをすぐ糺そうとしてしまう、私の悪い癖だ。
「まぁまぁまぁまぁ、そう怒んなよ。リリアナもだ、男ってのは舐められたくない生き物で、女相手にゃ特にそうだ。暴、俺はヤンキーだろうが、立派だと思うぜ? 男はやっぱ腕っ節が強くてナンボだしな!よかったら今度、お前さんの武勇伝聞かせてくれよ、な?」
「…チッ」
グラジオが間に入り、怒りのままに怒鳴り散らす暴観者Aを宥める。
彼は顔を真っ赤にして怒りに震える暴観者Aの肩を指で叩いてやると、彼の切った大見栄を全て肯定しつつ、共感を示すような言葉を投げかけてやっていた。
それで少し落ちついたのか、暴観者Aは怒鳴り散らすのをやめると、舌打ちをしながら此方を一瞥してそっぽを向いていた。
「むう…なんでリリアナさんが悪いみたいになるんですか!」
「…サクちゃん、その辺にしとこう? ごめんなさい、私も言い過ぎたわ」
「納得いきませんっ!あからさまな嘘だっていうのに…」
「サクラッ!」
未だ納得出来ない様子のサクラがごね続けており、私は語気を強めて彼女の名前を叫んだ。
慕って味方してくれるのは嬉しいが、今の場面でこれは悪手も悪手、大悪手だ。
「サクラ、今私達が集まってる理由は何?」
「そ、それは仲間同士って事でまずは自己紹介の為に…」
「そう、喧嘩しに来た訳じゃないでしょ。彼が怒る様な事を言った私が言うのもなんだけど、これから協力し合おうって相手なのに最初から仲違いじゃ本末転倒よ。今回の事は全面的に私の失点、それでお終いよ。暴、改めて謝るわ、本当にごめんなさい」
「…フン」
「うっ…」
自分を強く、大きく見せようと、暴観者Aが嘘を吐いているのは皆もわかっているし、ああやって激昂していた以上、彼自身も図星だと認めるところなのかも知れない。
ただ誰を傷付けた訳でも無いそれを自尊心を満たす為だけに糺そうとして、協力関係を結ぶのが御破算になっては元も子もない。
現状、嘘を糺す事に何のメリットも無いどころか、これ以上問い詰めたところで不和を生み、関係はますます悪化するばかりで、一人でも関係者で協力関係が結べる人間が欲しい今、やるべき事では無いのは確かだ。
私が頭を下げればいい、というのは相手を見下す様な言い方になってしまうが、それで悪化していく関係を少しでも戻せるなら意地を張り続けるよりは、素直に謝罪した方が後の為となろう。
「お互い、それこそ悪気はないんだ。リリアナ、お前さんこそそろそろ顔上げろ。暴も一旦水に流しちまえ、ああいう話は女にウケは取れねえからな、後で俺がたっぷり聞いてやっから、それで我慢しな?」
グラジオの駄目押しの言葉で溜飲を下げた暴観者Aは深く息を吐いていた。
それで漸く目が合った私はもう一度小さく頭を下げる。
正直、グラジオがいなければ暴とこれ以上関係を持てなかった。この場はグラジオのお陰で何とか保てた形だ。感謝しかない。
「ま、なんやかんやと少し場が乱れちまったが次に行こう。AOIだったか、お前さんから続けてくれ」
すっかり進行役がグラジオに決まったが、現状はこれがベストだろう。
お互いの心情を理解しながら間を取り持ってくれている彼は適任だ。私も一時は部下を従えていた事もあったが、リーダーとしてはまだまだ未熟だと思い知らされる。
「あ、…えっと、AOIです…。種族はエルフ、一応、ヒーラーです…。恥ずかしい上に随分前の話ですけど、彼女に愛想を尽かされたのか…少し酷いフラれ方をしてしまいまして…その…え、えっと…」
「あー…その先は言いたく無けりゃ無理に言わなくていい。俺や他の奴らは言っても構わなかったから言ったまでだからな。今ので大体は把握したから、今でなくて構わねぇし、その気になったらそれとなく、な?」
独りぼっちで生きてきた理由はそれぞれだ。
これまで自己紹介の上で独りになった理由を言った者も、過去との折り合いを付けたケースもあれば、そもそも人に言って全く恥ずかしくもないそれなりの経緯があるケースもある。
私の場合はその前者で、既に過去の出来事と捉えているし、今回の件で当時は泣き寝入りするしかなく諦めていた報復もどんな形で果たされるかは不明だが、なんらかの形で果たされるだろう。
課長は私を含め、多くの部下を謀略を以って蹴落としてのし上がり守ってきた立場を追い落とされる事にでもなれば十分だ。
とは言え、あれで一応は一人の人間だ。命まで取られる様な事になれば流石に寝覚めが悪い。そんな事にならなければいいのだが…。
日比野竜司に頼んだのはあの男の破滅、直接命を奪う様な真似は流石にしないとは思う。
「じゃあ後は…」
「…ケッ!」
「最後は私とサクラね。私の名前はリリアナ、上級魔族のデビルマジシャンよ。経緯についてはあそこで話した通り、私は所謂パワハラによるドロップアウト、サクラは私に巻き込まれた形ね」
「えっと、サクラです!クラスは下級魔族、オーガウォーリア。VRのRPGについてはみなさん程経験が少ないので足を引っ張るかも知れませんが、よろしくお願いしますっ!」
私は特に所感は無いとして、サクラの方は周りがそれなりの経験者という事もあってか、改めて自己紹介となると、まるで新入社員のような肩肘に力の入った堅苦しい挨拶だった。
「うっし、じゃあ一通り自己紹介が済んだところでここはひとつ、各々の戦闘スキルを把握する為にもみんなで軽く狩りにでも行くとするか!」
自己紹介が済んだところで、グラジオが早速各々の戦力を把握したいという事で木箱の椅子から腰を上げる。
口頭で伝える、という方法もあるのだが、回りくどい事は好まなさそうだ。
仮に話したとして、耳に聞くより実際に見たほうが早い。そんな事を今にも言い出しそうな気もするし、特段異論は無いと私達は彼に続いて席を立つ。
「…で、また湖から出る気?」
「む? ああ、来た時はこっちだったからな!」
「…私が街の外まで先導するからついてきて」
やはりグラジオは方向オンチ、その事実が確定した所で私達はセントラリアの外に向けて歩き出していた。