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真実か、冗談かと思案を巡らせても日比野竜司と女神サテラ、二人の面持ちからとても冗談だとは考えにくい。
「一つ聞かせて。サテラ、貴女は何者なの?」
「以前にも話しましたが、私はあの世界、アルティリアルの守り神です」
質問の仕方が悪かった。二人の話が真実なら少なくとも、女神サテラはグランドファンタジア・オンラインの世界の住人とみて間違いない。
日比野竜司がここにいるのは私達と同じく、マトリクスゲームスのVR技術を用いているのだろう。
だとすればまず知るべき事は日比野竜司と女神サテラ、その接点だ。
「…じゃあ、今度は日比野社長に質問を。今のマトリクスゲームスのVR技術は女神サテラからもたらされたもの、と…そう仰られましたが、私からすれば彼女はあくまでGFOの一登場人物だとしか思えません。貴方の言葉で彼女の事を教えてください」
日比野竜司の態度から二人の言葉を妄言と切り捨てるのはやや早計だ。かと言って、サテラから話を聞こうにも彼女とは文字通り、住んでいる世界が違う。
そこで私は日比野竜司にサテラについて詳しい説明をしてもらう事にした。
「…俄かに信じられない、そんな顔だな。無理もない」
「それはそうでしょう。ゲームの登場人物だと思っていた存在が電脳世界の中とは言え目の前にいる。せいぜい貴方の作ったプログラム、そう考えるのが普通でしょう?」
「確かにな。話せば少し長くなるが…説明はせねばならんだろう」
日比野竜司はそう言って、静かにサテラの事について話し始めた。
「彼女との出会いはかれこれ30年程前になる。当時の私は一介のゲームプログラマーで、VR技術を用いたオンラインゲームに携わっていた。私はその中でも、マップデータの作成を進めていたのだが、時折時間を見つけては自らデバッグの為にゲームの中へと入り込んでいたんだ」
「30年前っていうと…私はまだ生まれてもないですけど、確かVR技術も本人の動き迄は読み取れず、ゴーグル上で別の世界を見ながらコントローラーを握り、ラジコンの様に自分を操作していた時代ですよね…」
「そうその通り、VR技術に次の進化が求められていた時代だ。そしてそのテスト中、マップデータに綻び、バグを発見したんだ。私は直ぐにテストを終えてバグの修正に取り掛かったんだが、そのバグはどうやっても消せなくてな、そしてそんな中、再びゲーム内に入っていた時に事故が起きた。偶然にも作り上げた世界とアルティリアルの世界が繋がってしまったんだ。私は直ぐにアルティリアルと繋がった世界を別にバックアップし、その上で本来のデータをロールバックさせて開発の方はそちらで進める形を取っていた。
…バグの箇所はマップデータを上から別の地形で覆う型で完全に隠していたがね。その後、私は開発の裏でバグと思って繋がってしまったアルティリアルを調べようとしていたが、そこでまず彼女と出会ったんだ」
日比野竜司は女神サテラとの出会いとそのきっかけから話し始める。
きっかけはマップデータ中に見つけた小さなバグ。しかしそのバグは消す事の出来ない不思議なバグだと思っていたが、その実はサテラの世界、アルティリアルとの境界だった。
「私は個人的にアルティリアルに進入しようとしたが、こちらはまだ稚拙なVR技術だ。データとして進入を試みたものの、アルティリアルの世界からは異物として拒絶された。しかしそんな折、彼女の方から隔離されたマップデータへ進入されたんだ」
「アルティリアルは当時、不安定な世界でした。別の次元と繋がってしまっては私はその度にその綻びを塞いでの繰り返し。その時に私は偶然次元の綻びから進入しようとする異物を発見し、話が通じるヒト、リュウジさんと出会いました」
「彼女もまた先程の件で困り果てていた。ただ聞けば、彼女の力があればプログラミングの言語を応用しアルティリアルの修復に役立てられるかも知れない事がわかった。ただ実際に見てみなければわからない、そこで私は彼女から助言を受けながらアルティリアルに入る方法を模索した。その中で彼女と共に現行のVR技術の雛形が完成した、というわけだ。それでもまだまだ試験段階、アルティリアルに進入することは出来はしたものの、安定して留まれはしない。そこで私は独立してマトリクスゲームスを立ち上げ、VR技術の調整を兼ねてゲームの開発の傍ら、安定してアルティリアルに留まれるようにVR技術の改善を進めていった、というわけだ」
日比野竜司、女神サテラはここまで隠し事も嘘も話している様子もない。
ここにいる全員が私を含め、言葉を遮ること無く真剣に話を聞いていた。
「あのう…一つ聞かせて欲しいんですけど…」
「なんだね?」
「今までマトリクスゲームスから出てた作品もやっぱり…」
「ああ、想像の通りだろう。現行のVRシステムに至るまでに出来た副産物になる。勿論安全性を確認した上でな。ただ、我が社の技術を持ち出して作られた他社のゲームで大変な事故が起こったのも事実だ。あれに関して我が社はだんまりを決め込んでいたが、管理体制の穴を突かれたものである以上、我が社も責任の一端はあるだろう」
日比野竜司から尋ねようとした事を先回りで答えられた男は少し安堵した様に胸を撫で下ろす。
かつて起きたVRシステムを用いたゲームでの事故は痛ましいものだった。
男は恐らく、マトリクスゲームスのファンでこれまでもいくつも同社の作品を手に取ってきたのだろう。
そして今回の件で過去にあった事故の様に自分が巻き込まれたのかと気が気でなかった、そんなところか。
ただ胸を撫で下ろすにはまだ早い。今後私達の扱い
がどうなるのかについてはまだ日比野竜司の口から聞けてはいないのだから。
「責任、ね。…で、実質的に私達は意識をGFOの中に軟禁されているような状態だけれど、何か意図あっての事と見ていいのかしら?」
「勿論だとも。先程のアルティリアルが不安定だったという話の続きになるが、その原因となっている存在があるらしいんだ、それをどうにかしなければならない」
「でもゲームとして配信を始めたという事は既に安定はしているんじゃないの?」
「ああ、便宜上は、な」
「便宜上は?」
先程の話から勘案すると、日比野竜司はこれまで一定の安全性を確保した上でいくつもゲームを開発し、販売してきた。
そうなると、グランドファンタジア・オンラインに関しても異世界をそのままゲームとしている事には驚かされたが、配信を始めた以上、ある程度の安定性は担保されている筈である。だが、その割には彼の言葉は歯切れが悪かった。
「歪みが発生した地点にすぐに修正が入るようなシステムを導入している。現状はプレイヤーに100%危険はない筈だ。しかし原因そのものはまだ特定できていない。そこでβテストプレイヤーの中からこの原因の特定、あるいは可能ならばその解決へと導いてくれそうな人物を選ばせてもらった」
「…で、それがここに集められてる私達って訳ね。何か基準でもあったのかしら?
「…ああ。この際明らかにしておくべきだろう、まずここにいる皆はβテストをプレイした時点で過去数年に渡り、親兄弟、或いは近しい人物とすら現実で連絡を取っていない程、現代社会で孤立している者達だ。」
「…ぼっちで悪かったな!」
いきなり痛い所を突かれ、私達の内の一人が日比野竜司にツッコミを入れる。
だが、彼が話す前提条件を聞いても、今私達が置かれている状況を鑑みれば、ある程度その理由は予想出来た。
「確かに、天涯孤独の奴ならいきなり居なくなっても誰も気にしねえわな」
「ええ…私も自分から外との関わりを絶ってる訳だし…」
「…でもどうすんだよ。意識はこっちに来てても本体は現実側だぞ? 放ったらかしじゃすぐ餓死しちまう」
集められた人達は自分の置かれた立場から一定の理解をしつつも、多少なり不満を漏らす。
いくら外界との交流を自ら絶ち、世捨て人の様な存在になったとは言っても人生を捨てた訳ではなく、死にたい訳ではない。中には雌伏の時を過ごしつつ、娯楽としてこのゲームに興じていた者もいるだろう。
「それについては心配ない。現実での君達の身柄は昨日の時点で全員、我々の方で保護させてもらった。健康状態を含め、全てこちらで管理させて貰っている」
「要は寝たきり介護されてるってことね…」
「あ…あの…、ということはその…おトイレとかって…やっぱり…」
私達の内の一人、高校生くらいの少女が日比野竜司に尋ねる。
流石に年頃の女の子にとって、誰かに下の世話をされるのは抵抗があるのだろう。
とは言え、ここにも同様に顔を赤くしている社会人もいれば、かく言う私もまだまだそういう世話を受ける様な年齢でもない。
「勿論男女それぞれ、同性の職員に担当してもらっている。…一方的に君達の身柄を確保している側が言うのもなんだが、君達の身柄はこちらで丁重に扱わせてもらっている。身体の方の心配はさせないからそこは安心してほしい」
日比野竜司が具体的な事には触れない様にしつつ、私達女性陣が安心できるようにと、穏やかな口調で少女の質問に答える。
誰かに世話をされる事自体に余りいい気はしないものの、相手が女性であると聞いて私も少しだけ安堵していた。だが、自分の事で安心している場合ではなく、一つだけ絶対に確認しなくてはならない事がある。
「そういう事なら私は構わないけれど、もう一つ確認したいことがあるのよ」
「…君の側にいる娘の事だな…?」
「ええ。まぁ私は仕事もしてないし実家ともずっと連絡すら取ってないからまだいいとしても、この子は違う筈よ?」
「あ…」
そう、名瀬桜は私達のような引きこもりなどとは違い、普通に働き、普通に友達がいて、普通に日々を過ごしている人間だ。
私達が選ばれた理由は簡単だ、居なくなっても誰も困らず、探そうとする者はいない。故に、何か起こったとしても失踪者として名前が残る程度、直ぐにほとぼりも冷め、忘れられる。
「確かにそれに関しては我々のミスとしか言い様がない。小林百合奈君、だったかな。彼女は君の身柄を確保する際に偶然、君の自宅を訪ねてきた様でね、その時に一緒に連れ帰らせて貰った。ただ幸いにも、彼女もグランドファンタジア・オンラインを遊んでくれていた様でね、既に君達と同様にログアウトが出来ない様に処置は済ませている。現実世界についても根回し済みだ、親兄弟には突然の長期出張、職場の方には事故と言う形で伝えてある」
「な、何それ!?」
「致し方あるまい。今ここで問題を起こし、マトリクスゲームスを潰す訳にはいかない。勿論、君達を巻き込む形になったのは済まないと考えてはいるが…私には時間が無いのだ」
日比野竜司の言い分は無茶苦茶だ。
確かに彼は女神サテラに対し、プログラマーとして大成させてくれた恩がある。それを返す為にと、彼は今回、この様な大それた行動を起こした。
百歩譲って、恐らくここにいるのは私を含めてニートや引きこもりの様な何の生産性のない人間ばかり、そんな人間を利用してサテラを助けようとしていると言うのはまだ理解しよう。
しかし、桜は一般人であり、必要としている人がいる人間だ。そして彼女にも人生設計と言うものがあり、日比野竜司はそれを仕方ないと身勝手な理由で狂わせたのだ。少なくとも、私はそれをはい、そうですかとは認められはしなかった。
「絶対に認められないわ…!」
「承知の上だ。サテラの世界さえ救えれば私はどうなろうと構わん。勿論、無事君達がうまくやってくれればすぐに解放はさせて貰うし、望む限りの報酬を用意する事を約束しよう。その上で訴えてくれても一向に構わない」
「く…!」
日比野竜司は決意に満ちた表情でそう答える。
誰もが一目で本気だとわかる真剣な表情に二の句が出ない。それ程までに日比野竜司はサテラに対し、特別な感情を持っている様だ。
「〜…!桜、桜は何か言いたい事は無いの!? このままだとあなたもゲームの世界に閉じ込められるのよ!?」
「えっ、あっ…私は…」
日比野竜司に対しこれ以上の反論が出来なくなった私は、側にいる桜に代弁を求める様に尋ねるも、桜は何かを考え込む様にしており、慌てて気付いた彼女は口をパクパクとさせて、次に発する言葉を選んでいた。
「…いえ、百合奈さん。私は…私も、皆さんと一緒にグランドファンタジア・オンラインの世界にいます」
「桜!? 正気!? 私達みたいなのはまだいいとしても、桜はまだやることがあるんじゃないの!? いつ出れるかもわからないのに!」
桜が少し考えてから出した言葉は私の考えていたこととは大きく異なり、彼女はグランドファンタジア・オンラインの世界に閉じ込められる事を受け入れようとしていた。
まさかの言葉に彼女の肩を掴んで私は彼女の正気を疑ったが、彼女の表情を見て私は言葉を失ってしまう。
「あはは…、百合奈さんにそう言ってもらえるのは嬉しいんですけど…正直、私も今の生活に疲れちゃってまして…」
「もしかして、私が辞めた後に何か…」
サクラの顔をよく見ると、髪も傷んでおり、肌の艶も化粧で誤魔化しているのがわかる。
そして何より、心配させまいと空元気で笑顔を見せてはいるが、心底疲れているのが声から滲み出ていた。
「もしかして…課長?」
「あは…やっぱり百合奈さんは気付きますよね…」
「やっぱりあの男…!ねえ、何をされたか教えて頂戴!」
桜がドロップアウト寸前まで追い込まれていたのに気付き、その原因が当時の私同様、上司である課長だと察するのに時間はかからなかった。
私の場合は自分の企画をチームの誰かに裏切られて失敗に追い込まれ、その全ての責任を私に被せられたのが原因だったが…。
「…今更ですけど、白状しますね。あの企画、裏切って他社に流したの、私なんです。当時私、会社で禁止されてる副業をしてて、それが課長にバレて、会社にバラされたくなかったら、百合奈さんを裏切れって…」
「…そう、…いいのよ、もう。でもそんな事が…」
「副業に手を出して、バレた所で私が辞めればよかっただけなのに…我が身かわいさに百合奈さんを貶めた事が未だに許せなくて…」
「…もう私は辞めたんだから、私の事なんて考えなくていいわ。そうするしかなかった、そうでしょ? …それに、あの男の事でしょうし、きっとその後もその事をネタに色々と強請られたんじゃない?」
「ゆ、百合奈さん…!私…!」
具体的な事を聞く前に、桜は泣き出してしまった。
恐らくはこれまでに相当酷いことを強要されてきたのだろう。
「桜、本当にいいのね…?」
「はい…、正直…思い出したくも…」
「…わかった。日比野社長、桜も了承するみたい。ただ一つだけ、前払いとして要求を呑んで欲しい!」
「…いいだろう、聞かせてくれたまえ」
「私が要求するのは──」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
後から聞けば、桜は現実世界で生きていくのも嫌になっていた程、当時の課長から強要や嫌がらせを受けていたそうだ。
桜が当時、手を出していたという副業は、所謂風俗業であり、要するにカラダを売っていたという事らしい。
家族の治療費を稼ぐ宛もなかった桜はそうするしかなかった様で、運悪く当たった客が課長でそれがバレてしまったという事だ。
桜の弱みを握った課長は目の上のたんこぶだった私を貶める為に桜を利用し、当時私が抱えていた大きな企画の内容を他社へリークさせた。
それが原因で企画は御破算となり、会社に大きな損失をもたらす結果となって、自信と信頼を喪った私はそのまま逃げる様にして会社を去り、今に至る。
その後も桜は課長から嫌がらせを受け続け、遂には身体を許してしまった様で、桜は気丈に振る舞ってはいたが、心身共にボロボロにされてしまっていた様だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私が日比野竜司に要求したのは課長の破滅だった。
彼は深く理由も聞く事なく頷くと、"その程度ならばお安い御用だ"、と胸を叩く。
「さて、ほかに何か事前に要求したい事はあるかね? 現実世界でならばある程度の事なら叶えられるだろう、遠慮せず言ってくれたまえ」
更に日比野竜司がそう続けると、他の人々は少し考えた後、次々に彼にその要求を伝えていく。
日比野竜司に伝えられた要求は私と桜同様、復讐と言ったものから、匿名に限られるが家族や友人と言った誰かを助ける様なものが伝えられており、彼はその全てを間違いなく叶えると答えていた。
「…これで一通りになるか。さて、今聞いた要求を叶えるのはあくまで見返りの一部だ。君達にはこれから私からの要求を聞いてもらうが、それを満たした時には別に、今度は直接君達に報酬を払わせてもらう」
「ええ、要求ってのはさっき話してたアルティリアルの世界に歪みを発生させる原因を突き止めるか、可能ならば解決させるって事でしょうけれど…」
「呑み込みが早くて助かる。ただ、それにあたり、制約がある事を肝に銘じて欲しい」
「制約?」
「簡単な話だ。君達の身柄がマトリクスゲームスに預かられている事、それに準ずる事を口外しないことだ。時間はどれだけかかっても構わない、あくまで他のプレイヤーに紛れる形で解決に導いて欲しい。それこそ、どんな形で解決に繋がるかもわからないからな。アルティリアルでの生活を楽しみながらでも文句は言うまい」
日比野竜司が話す制約は気をつけてさえいればそれ程問題無い程度のものだ。
「了解はしたが…もし違反した場合は?」
「所謂BANという奴だ。ただ、今の状態でBANとなれば、皆まで言わずともどうなるかは予想できるだろう?」
「ああ…データ削除、つまり死ってこと…」
グランドファンタジア・オンラインの世界において、利用規約違反は一律強制ログアウトかつデータ削除だ。
現在、私達は意識と言うデータごと電脳世界におり、ログアウトが出来ず身体とも完全に切り離された状態であり、この状況で違反のペナルティを受けた時は意識の行き場が無いまま抹消されると言う事となる。
身体は生存していても、二度と身体に意識を戻す事は出来なくなる為、実質的に死んだも同然だ。
「チャット含め、会話もログが残る。言動については常に監視されていると考えて欲しい」
「…要は余計な事口にしなけりゃいいだけだろ。で、それはそうと、支援とかはあんのか?」
「申し訳無いが、それについてはかなり制限されてしまう。君達はサテラが裏で基礎ステータスが高くなる様にしてあり、特殊なスキルが習得できる様にしてある。スキルに関しては見た目には他のスキルに見える様にはしてあるがな」
「…だとしたら、桜のキャラクターって他のプレイヤーと似たり寄ったりの能力よね?」
桜は恐らく普通の能力でキャラクターを作成した筈だ。多少のブレはあっても、極端な差は無い。
それを尋ねるとサテラが答える。
「はい。ですが、こうなってしまった以上、彼女のキャラクターも少し手直しするつもりです」
「…少しでも強くして貰えるなら助かります」
不意に巻き込まれたサクラも私達と同様、特殊な能力や高いステータスを付与して貰える様だ。
こんな事態に巻き込まれ何も無しではサクラもやり切れないだろう。なんとか取り計らってもらえた為、私とサクラは二人で安堵の溜息を吐いていた。
サクラの待遇改善が通り安堵している中、日比野竜司から「他にはあるかね?」、と尋ねられるも、他の人達には質問はないらしい。
「一つ聞くけど…、私のこの姿、どういう事なの?」
日比野竜司に私が本来の姿ではない事を尋ねてみる。太ってしまった姿をそのまま再現して欲しかった、と言う訳では無いが、中身の人間を再現しているとなれば納得が行かず、聞かずにはいられなかった。
「男性に女性に限らず、人と顔を合わせるならば少しでも良く見せたいものだと思ってね。君の場合は部屋の中にあった写真を勝手ながら参考にさせてもらったよ。不満かね?」
「不満じゃあ無いけど、強いて言うなら私はスーツはスカート派じゃなくてパンツ派ってところかしら」
「おっと、それは失礼。なにぶん、君の写真は見事に上半身しか写っていないものしかなかったからな。写ってない部分は私の想像で補ったものだから現実と違う部分もあるだろう。次にこういった場を用意する時には手直ししておくよ」
日比野竜司がそう言った後、全員が実際の自分と違う部分をそれぞれ伝えていく。
正直そんな事を言っている場合かとも思ったが、案外みんなこの状況を受け入れているのかも知れない。
「…では、他の皆は先にアルティリアルへと戻って貰おう。それと、ここにいる全員のキャラクターをそれぞれフレンドリストに登録しておいた。お互いの協力や連携に役立ててくれ」
日比野竜司がそう言うと同時にサテラが杖をゆっくりと振り、私達の身体が光に包まれていき、意識ごと飛ばされる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次に目が覚めた時は私はセントラリアの宿屋の一室、ベッドの上で毛布を蹴飛ばした状態だった。
すぐにメニューを開き、フレンドリストを開くと、新たに7人のプレイヤー名が追加されていた。
「んー…あれ、あそこには私と桜を含めて9人いたような…」
日比野竜司とサテラに呼び出された空間には全部で9人のプレイヤーが集められていた筈だが、どういう訳か7人しかリストに追加されていない。桜はイレギュラーだから別なのかとも一瞬考えたが、その事について思い返してみる。
「…あ」
桜は私の家を訪れて拐われた、とそう言っていた。
そしてその前日、サクラは私の家を訪れ、食事を摂らせると約束していた訳だ。
そうなると名瀬桜=サクラの図式が完成してしまう。余りにもそのままな上、ずっと付き合っていた筈なのに気付かなかった事実に私は白目を剥くしかなく、暑い訳でもないのに汗が全身から噴き出してくる。
「…完ッ全に私が巻き込んでんじゃん!」
自らの鈍さと巻き込んだ責任が同時に肩にのしかかり、私は枕に顔を埋めていた。
そんな折に見ず知らずの、いや、フレンドリスト上で名前を見ただけのプレイヤーから一通の通知が届く──。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
グラジオよりグループチャットに誘われています。
グループチャットに参加しますか?
△ △ △ △ △
グラジオは今回の件で追加されたフレンドの一人だ。
このタイミングでグループチャットに誘ってきたと言う事は、恐らく"まずは呼び出されたメンバーで一度話してみたい"と言う事だろう。
私はグループチャットに参加する方を選択した。
「あー、どうも…。リリアナですけどー…」
『お、来たな!』
『これで4人…』
『あと5人だねぇ〜、来てくれるといいけどねぇ〜』
既に声かけは進んでいる様で、現在の所集まっているのは私を除いてグループチャットの主催者のグラジオとスズ、そしてハルの3人だ。
『…、自己紹介はもう少し待ってからやるとして…』
『…どうかした?』
『二人から参加の拒否通知が来た。ロザリアとnonamEのふた…いや待て、nonamEってオイ!』
グラジオが呟いた二人のプレイヤー名、その内の一人の名前にノリツッコミの様な勢いで自身で驚いていた。
「その名前…聞いたことあるような…」
『βテストでの対人ランキングで一位だった人だねぇ〜』
『スズも挑んだ…手も足も出なかった…』
ハルとスズも知っているようで、ハルの話を聞いて私もその名を思い出す。
かくいう私も彼とは一度、βテストのクラン戦で対峙しており、彼一人にクランのメンバーを半壊させられた記憶があった。
「あ、思い出した…!当時のクランメンバーが手も足も出なかった奴だ…」
βテストでレベルキャップ30まで上げ、殆ど個人能力の差が無い筈なのに彼はたった一人でメンバーの半数を撃破する程の猛者、それがnonamEだ。
そのクラン戦においては、nonamE自身、最後は残っていたクランメンバー達の総攻撃に遭い撤退していったが、最後は不敵な笑みで去っていった。
実際、nonamEを撃破寸前まで追い込んだのはいいものの、戦力を結集させすぎた上に全員がダメージを負っていた所に、相手側はそれに乗じて一斉攻撃を仕掛けてきており、消耗していた此方は数の不利も相まって瞬く間に瓦解、敗北を喫した。
個人で一大戦力でありつつ、最後は勝利の為の捨石すらやってのける彼が味方ならばとも思ったが、あくまで彼は他人と積極的につるむ気は無いらしい。
『ま、今回は拒否られたけど、いずれ手を取り合えればそれでよしとしとこうぜ』
グラジオはロザリアとnonamEに話の場すら設けてもらえなかった事にも、全く気にしていない様子で前向きに捉えている。
正直、なぜ彼に長年連絡を取り合う様な親しい友人がいないのか、これがわからない。
…と言うのが私の彼に対する第一印象だが、今日会ったばかりの人間だ、これからその理由もわかってくるだろう、と一旦考えを止める事にした。
それからしばらくしてサクラを除く2名も合流、名前はAOIと暴険者Aだ。
サクラの帰還を待ちながら雑談をして待っていたが、二人に関してはAOIの方は傍観者に徹するタイプの無気力系、暴険者Aはその名の通りにやや乱暴な物言いの多い人物だが、根は決して乱暴者ではない…ように思える。
サクラを除いて6人、彼女を含めれば7人だ。まずはこの7人で協力しながらアルティリアルの空間を歪める原因を探っていこう。