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えっ、スライムって、四匹並べると消えるの!?婚約破棄された令嬢は追放先で新発見をして、帝国は滅びました!

作者: しまうま

「ロゼッタ。君との婚約を破棄する」


 第一王子、私の婚約者であるジェイムスがそう告げた。


 周囲を見渡す。

 皆、黙って見守っている。

 特に驚いた様子はない。


 当たり前だ。

 こうなるだろうということは、ずいぶん前から分かっていたのだから。


 大陸の中央、海に面した巨大な国、ルード帝国。

 その傍らに、オマケのように引っ付いている、私の住む国、シスマ王国。


 領土は20分の1程度。

 国力は比べるまでもない。

 ほとんど属国のようなものだ。


 帝国に要求されたものは、言われるまま、すべて差し出すしかない。

 土地を奪われ、財を奪われ、何もかも奪われ続けてきた。


 そしていま――。


 ジェイムスの後ろでニヤニヤと笑みを浮かべる女。

 帝国の第四皇女、ザラが求めたのは、ついさきほど、私の元婚約者となったジェイムスだった。


 たとえ婚約者がいたとしても、帝国からの要求なら、断れない。

 ジェイムスは手を尽くしてくれたようだったが、時間稼ぎにしかならなかった。


「婚約破棄とともに、ロゼッタは、スライムの森についッ」


 ジェイムスが言葉に詰まる。


 ザラの求めは断れない。

 私とふたりで逃げ出しても、帝国の怒りを買う。

 そうすれば、国民が苦しむことになる。


 さんざん悩んだのだろう。

 以前よりも痩せて、頬がこけて、陰のある男になっていた。

 拘束されて、しばらく会うことができなかったものだから、新鮮だった。


 いまのほうが好みかも、と私は思った。

 以前はちょっと健康的過ぎた。

 もちろん、健康的なジェイムスも好きなのだけれど。


 そんなことを考えて、私はふっと笑ってしまう。

 ジェイムスは苦しそうに顔をゆがめた。


「スライムの森に、つ、追放する」


 合図とともに、広間の中心に描かれた魔法陣へ誘導される。

 スライムの森への転移魔方陣だ。


 婚約破棄。

 それだけで終わりなわけがない。

 目障りな私を、ザラは追放するように要求したのだった。


 魔法も剣も、どんな攻撃も受け付けない奇妙な魔物、スライム。

 そのスライムに埋め尽くされた森が、私の追放先。

 つまり、死ね、ということだ。


 まあ、そうだろうね、と私は思った。

 あの帝国の皇女様なのだから、それくらいのことはする。


 直接処刑されないだけマシだ。

 ジェイムスが尽力してくれたおかげだろう。

 どちらにしろ、だけど。


 転移魔方陣の前で、私はくるりと振り返った。


「それではみなさん、ごきげんよう」


 ニッコリと笑って。


 これは決めていたことだ。


 私は抵抗しない。

 私は泣き叫ばない。

 笑顔を浮かべて。

 いつもと変わらない振る舞いで。


 だってジェイムス。

 そのほうが、あなたの記憶に永く残れるでしょう?


 そんな意地悪なことを考えながら、私は転移魔方陣に足を踏み入れたのだった。


***


 私は周囲を見回した。


 スライムの森。

 そこは思っていた以上にスライムで埋めつくされていた。

 大きさは私が両手を使えば抱えられそうな程度。

 スライム同士で積み重なったりもしている。


 転移魔方陣は一方通行。

 もう、戻れない。

 ここからは、自分で何とかするしかない。


 ほんのわずかな、生き延びる可能性を探す。

 それには、観察して、状況を把握することが必要だ。


 様々な色のスライムがいる。

 赤、青、黄色、緑……。

 だが、これは重要なことではないだろう。


 スライムにはどんな攻撃も効かないという話だ。

 プルプルとした楕円体の身体。

 攻撃が効かないどころか、とても弱そうに見えるが……。


 ためしに石をぶつけてみると、ポムッと跳ね返ってきた。

 痛い……。


 木の枝を拾ってきて、突き刺してみた。

 枝を当てた部分は変形する。

 だが、突き刺さらない。

 力を抜くと、変形した部分も元に戻ってしまう。


 思いきって体重をかけてみた。

 少しかわいそうだなと思ったが、仕方ない。


 どんどん体重をかけて、それでも突き刺さらない。

 勢いよく走って突き刺そうとしても、ダメだった。

 ポムッと跳ね返されるだけだった。


 結局、私の力では傷ひとつつかなかった。

 この様子なら、魔法も噂どおり効かないのだろう。

 どちらにしろ、私は魔法を使えないので、確かめられないが。


 大昔、この国でもっとも優秀な魔法使いが、スライムの森に出かけたまま、帰らなかったという。

 それも本当のことかもしれない。


 ふうとため息をついて、地面に腰を下ろし、足を投げ出した。

 はしたないが、気にする必要はない。

 ここには誰もいないのだから。


 私がじっと見つめても、スライムはプルプルするだけだった。


 こうしてみると、害のなさそうな、かわいらしいとも言える魔物だ。

 襲ってくることもない。


 だが、本当は違うのだという。

 油断していると、突然スライムに飲み込まれて、人間がひとり、消えてしまう。

 そういう話は、いくらでもあった。


 スライムの大群に、村がひとつ飲み込まれたという話も聞いたことがある。

 スライムは、恐ろしい魔物なのだ。


***


 尖らせた木の枝をためしたり。

 土をかけてみたり。

 目の前で草を振って注意をひいてみたり。


 できる範囲でいろいろとやってみたが、どうにもならなかった。

 スライムは、私が何をしようと、プルプルしているだけだった。


 周囲を歩き回ってもみた。

 歩けばすぐに、積み上がったスライムが壁となって立ち塞がる。


 私は囲まれていた。

 抜け出す道はなかった。

 完全に塞がれている。


「うーん、もうこれ、無理よね」


 この森を生きて出るというのは、不可能だ。

 無理。

 諦めてしまえば、少し気が楽になる。

 いままで思いつかなかったことも頭に浮かぶ。


「スライムを並べてベッドにしたらいいんじゃないかしら。寝る場所は必要よね」


 そんな馬鹿げた考えも浮かぶ。

 スライムに飲み込まれてしまったらどうするのかって?

 遅かれ早かれそうなるんだから、関係ないじゃない。


 私はスライムに近づいて、ギュッと抱きかかえてみた。

 こんなことをした人間は、歴史上、数えるほどしかいないだろう。


 腕から飲み込まれていくのかな? と思ったが、特に変化はない。

 プルプルと腕のなかで震えているだけだ。


 抱きかかえて、移動して、下ろす。

 地面のスライムに声をかける。


「ここがベッドの端っこ。基準にするから、動かないでね」


 当然返事はない。

 私は次々とスライムを運び、並べていった。


 スライムは弾力がある。

 出来上がったベッドの上に寝転んだら、さぞかし気持ちいいだろう。


 そんなことを考えて鼻で笑っていると、何かが聞こえた。


――ぽわん……。


 振り返るが誰もいない。

 それはそうだ。

 この森には私とスライムしかいない。


 見まわして。

 異変がないことを確認して。

 だが、何かがおかしかった。

 具体的に何がおかしいのかはわからない。


 私は首をひねり、スライムの運搬を再開した。


 そして、それは目の前で起こった。


――ぽわん……。


 並べていたスライムが、音とともにはじけた。

 ふわふわした薄い光を放って、消えてしまったのだ。


 私は唖然として、固まってしまった。


 スライムが消えた。

 私が何かをしたというわけでもない。

 ただ並べただけ。


「何よ……いまの……」


 目の前で起きたことが信じられなかった。

 落ち着くためにしゃがみ込む。

 目を閉じて、じっと考える。


 きっと、何もしなかったわけではないのだ。

 私は何かをした。

 スライムが消えるような何かを。


 それが何か、気づかなければならない。

 おそらく、私が生き残る、唯一のチャンスだ。


 私は考え、そしてスライムを移動させ、また考えた。

 何度か繰り返して、わかってしまった。


 スライムは、同じ色の個体を四匹並べると、消えるのだ。


 これまで誰も気づかなかったスライムの秘密に、気づいてしまったのだった。


***


「王子はそれでいいのですかな?」


 ジェイムス王子の部屋を訪れたシスマ王国騎士団長、グスタフがそう言った。


 グスタフはいつも眉間に皺が寄っていて、目付きが鋭い。

 怖いと評判の外見だ。

 新しく騎士となったものたちは、グスタフと視線が合うだけで震えあがるという。


 実際は、見た目どおりに厳しいことも言うが、ユーモアを解する人物でもある。


「それでいいとは、どういう意味かな? グスタフ?」


 ジェイムスはにこやかな顔で、ひとことずつ区切るようにして、グスタフに尋ねる。


「もちろん、ロゼッタ様のことですよ。あれで良かったのですかな?」


 馬鹿にしたような口調で、やれやれというように、首を振りながら、グスタフは言った。


「いいわけないだろう!」


 ジェイムスが怒鳴り、近くにあった椅子を蹴り飛ばし、グスタフに詰め寄る。


「いいわけがない! だが、ほかに方法はなかった! 国民を危険にさらすわけにもいかない! お前に!」


 さらにジェイムスは詰め寄る。


「お前に、俺の気持ちが、わかるのか!」


「わかりませんなあ」


 グスタフは平然と、肩をすくめる。

 ジェイムスがそれを睨み付ける。


「ロゼッタ様は平気な顔をして、ニッコリ笑って、転移魔方陣に入られた。死ぬことになるとわかっているのに、立派なことです。痛いところをつかれれば癇癪を起こす、どこかの王子とは違いますなあ」


「何が言いたい?」


「王子は国民を危険にさらすわけにはいかないと仰いましたが、同じことなんですよ。あの女が王妃になってしまえば、おしまいです。我々も、国民も、すべて。死ぬか奴隷になるか。いずれにしろおしまいなんです」


「それは……そうだが、いまはほかに方法がないだろう」


「違いますなあ。いましかないのです」


 グスタフが淡々と告げる。


「帝国に抵抗できるのは、いましかない。いま動かなければ、抵抗する力さえ奪われ、何もしないまま飲み込まれて、終わりです。いましかないんですよ。あなたは決断しなければならなかった」


「それは……考えたさ。だが、帝国に勝てるわけがない。だから時間を稼ぐんだ。時間を稼いで何か方法を考える。戦いになれば、お前たちが真っ先に戦場へ出るんだぞ。俺だけならともかく、お前らまで巻き込めるか。死ぬことになるんだぞ」


「違いますなあ。まったく違う。話にならない。巻き込まれるわけではないのです。我々王国騎士団は、自分たちの意思で、本来王妃になるべきだった方を助けだし、帝国に対し、打って出る」


 グスタフがジェイムスの顔をのぞきこむ。


「それに参加したいのなら、参加させてあげてもいいと言っているのですよ」


「お前……本気か?」


 グスタフが片方の眉を上げる。


「覚悟はお決まりですかな?」


 ふうと息をはいて、ジェイムスの表情が、目付きが変わった。


***


「こんなことってあるのね。スライムって、変な魔物だわ」


 私はホクホクのお芋を食べていた。


 スライムを並べて消していると、地面にお芋が落ちてきたのだ。

 手に取ると温かい。

 これはぜひ、味も確認しなければならないと、口に運んでいるところなのだった。


「うん、おいしい!」


 スライムが消えたところにお芋が落ちていた。

 となると、これはスライムが飲み込んだものなのかもしれない。

 だとすれば、ホクホクな理由は――。


「飲み込んだときのまま、保存している?」


 そう考えてもいいような気がする。

 そんなことをして、スライムになんのメリットがあるのかわからないが。


 同じ色が四つ並んだら消えてしまう不思議生物なのだ。

 メリットがあるのかどうかなんて関係ないのだろう。


「とりあえず、スライムを消す方法はわかった、けど……」


 積み上がって、壁のようになっているスライムを見つめて、私はため息をついた。

 あまりにも多すぎる。

 これをひとつずつ消していって……いったいいつになったら森から出られるのだろう。


「何か方法がありそうな気がするんだけど……」


 じっとスライムの壁を見つめる。

 何かに気づけそうで、気づけない。


 目の前で仲間を消しているのに、スライムたちは相変わらずプルプルしているだけだ。

 逃げようともしない。

 消されるのを待っているようでもある。


「効率よく消す方法……ダメね。思いつかない。とりあえず、ひとつずつ消していきましょう」


 私はお芋の残りを口に放りこんで、スライムの運搬を再開したのだった。


***


 どれくらいたっただろうか。

 消したスライムから手に入れたものが、山になっている。


 傷を回復する薬品。

 あきらかにスライムより大きな槍。

 キラキラとした宝石。


 きっとどこかで役に立ちそうで、しかしいまは役に立たないものばかりだ。

 この分だと、スライムに飲み込まれたという村も出てくるかもしれない。


 もう、何が出てきたのか確認するのも面倒になっていた。

 いくらなんでもスライムが多すぎるのだ。


 ため息をつきながら、淡々と作業を続ける。

 すると、「ううっ……」という声が聞こえた。


「声って何? どういうこと?」と首をかしげて見ると、そこにはモフモフの生き物。


 モフモフの耳。

 モフモフの身体。

 モフモフのシッポ!


 獣人が倒れていたのだった。


「ウソでしょ……!」


 獣人は数が少ない。

 特にシスマ王国では、住んでいる地域の関係で、獣人に会う機会はほとんどない。


 そして私はモフモフが大好き。

 いつの日か、獣人を思いっきりモフモフすることを夢見ていたのだ。


 そんな私の目の前に、ほとんど犬のような、フサフサした毛並みの獣人が落ちている。

 しかも、意識を失っているようで、動かない。


「え……? へえ? えへえ……?」


 思わず手を伸ばしてしまう。


「わあ? わあ……!」


 語彙力を消滅させつつ触っていると、パチリと獣人が目を開けた。


 私の顔を見て。

 私の首を見て。

 そのまま視線を下ろして。

 胸に到着して。


「うわっ! スライム! しかも、二匹も!」


「スライムじゃないわよ!」


 ペチンと頭を叩いて、怯えさせてしまったのだった。


***


「ね? わかった? 私がスライムから助けてあげたのよ」


「うん……」


 いまだにおびえている様子の獣人を抱きかかえる。

 私の膝に乗せるには少し大きめのサイズ。

 だが、そこがいいのだ。

 ギュッと抱きしめて撫でていると、落ち着いてきたのかシッポをフリフリするようになってきた。


「ふう……」


 充実感がすごい。


「あなた名前は?」


「ナルビィ……」


「ナルビィちゃんね。私はロゼッタよ。よろしくね。ロゼッタお姉ちゃんって呼んでね」


「うん……。ロゼッタお姉ちゃん……」


 すごい、嬉しい。


「ところでナルビイちゃんはひとりなの? もしかして、仲間もスライムに飲み込まれたの?」


「うんん。逃げ切れなかったのは僕だけ……だと思う。僕は走れなかったからスライムに囲まれちゃって……」


 と足を見せる。

 毛皮に隠れて見えなかったが、後足のふくらはぎにひどい怪我をしていた。


「そうだったの」とすぐさまスライムから回収した薬品をかけると、あっという間に怪我が治る。

 ナルビィが「えええ!?」と驚いていた。

 私はいい気分になった。


「こんな高いもの使ってもらって……ごめんなさい……」


「いいのよ、拾い物だし。それより見てて。私、本当にスライムを倒せるんだから」


 いまだにナルビィはちょっとおびえている様子だ。

 目の前でスライムを消して見せれば、恐怖心も薄れるのではないかと思ったのだ。

 私がスライムを抱えると、ナルビィが悲鳴をあげた。


 そういえば、そうだ。

 普通の感覚なら、悲鳴をあげる場面だ。

 一度スライムに飲み込まれた経験のあるナルビィなら、なおさらのことだろう。

 すっかりスライムの手触りに慣れてしまった私のほうが、異常なのだ。


 ニッコリ笑って「大丈夫だよ。どうしてかわかんないけど」とアピールすると、さらに怯えさせてしまった。


 気を取り直して、スライムを並べる。

 青、青、青……そして、青。


「はいっ!」


 ぽわん……と、スライムが光を放って消える。


「どう! すごいでしょう!」


 目を大きく見開いて、ナルビィはコクコクとうなずくのだった。


***


 シスマ王国騎士団は訓練場に集結していた。

 全員武装済みだ。


 ジェイムスの姿を見て、騎士のひとりが言う。


「腰抜け王子のお出ましだあ」


 周りの何人かがゲラゲラ笑う。


「ハッ、言ってろ」


 ジェイムスが鼻を鳴らす。


「おや、癇癪は起こさないのですかな?」


「いまさらこんなことでいちいち怒っても仕方ないだろう。どうせ死にに行くんだ」


「おやおや、王子はこれから戦場へ行くのに、すでに負けるつもりで向かうと?」


 グスタフが両手を広げ、騎士たちがこれ見よがしにため息をつく。


「そうは言っていない。勝つのは難しいかもしれんが、お前らだけでも生きて帰れるように努力はする――」


 今度はグスタフも一緒にため息をつく。


「とにかくっ、やれるだけのことはやる! 徹底的に暴れて、命をかけて、ロゼッタが安心して暮らせる場所を、国民の安全を、帝国から奪い取る! そういうことだ!」


「ほう」と、ため息とは違う空気が、流れる。

 騎士のひとりが言う。


「ごちゃごちゃ言ってねえで、俺らには、『思いっきり暴れろ』だけで十分でさあ」


 ほかの騎士たちがうなずき、同意を示す。


「……わかった。まずはスライムの森へ行き、ロゼッタを助け出す。そして帝国に攻撃を仕掛け、ぶっ潰すぞ!」


「オオッ!」


 一斉に声をあげて、騎士たちが動き出す。

 森へ遠征する準備をテキパキと進めていく。


 ジェイムスはそれをしばらく眺めて、ポツリと言う。


「しかしこいつらは……粗暴というかなんというか……。まるで山賊みたいな物腰じゃないか……。うちの国の騎士団はこういう性格のやつばかりなのか……」


「そりゃあまあ、私の部下ですからなあ」


 とグスタフは肩をすくめるのだった。


***


「できないよお……」


 ナルビィは怯えていた。

 私がスライムを運ぶように言うと、シッポをまるめて、ちいさくなってしまったのだ。


「もう……仕方ないわね」


 と私はスライムの運搬を始めた。

 ふたりでやればはかどると思ったのだが、怖くてできないのなら仕方ない。


 もしかしたら、また別の生き物が見つかるかもしれない。

 そのときは、その生き物に手伝ってもらおう。


 スライムを運んで、並べて消して。


 そうするうちに、だんだんと近寄ってきて、耳をペタリと寝かせて、


「お手伝いできなくて、ごめんなさい……ロゼッタお姉ちゃん……」


 などと言う。

 私はすっかり元気になってしまうのだった。


***


 作業を続けて、日が暮れて、スライムから出てきたお芋を食べて。

 食後にナルビィの毛皮を撫でながら、私は悩んでいた。


 どう考えても、スライムを消すスピードが足りない。

 いちいち運んで、消して。

 日が暮れるまでやっても、ほんの数歩分、道ができただけだ。

 しかも、どこからか、スライムが補充されているような気がする……。


「なにか、この状況を打破する画期的なアイデアがあるはずなんだわ……」


 なぜ時間がかかるのか。

 それはスライムを運ばなければならないからだ。

 同じ色を揃えるために、いちいち運んで並べなければならない。


「……うん?」


 本当に運ばなければならないのだろうか。

 すでに並んでいるスライムのところに、同じ色のスライムを持っていったらどうなるだろう……?


 でも、スライムは積み重なっている。

 それでは下にいるスライムが消えることになる。


「そうすると……あれ? あれ?」


 ナルビィを膝から下ろして、私は立ち上がっていた。

 ふらふらとスライムの壁に近づく。

 視線を動かせない。


「えっ? ここの赤いスライムを消したら、ここが消えて、そしたらこうなって、もしかして、もしかして!」


 ほかの場所から赤いスライムを掘り出して、急いで持ってくる。

 ピタッとくっつけると、元からいた三匹と合わせて四匹になる。


――ぽわん……。


 そして、上にいたスライムが落ちてきて、ちょうど四匹並んで、


――ぽわん……。


 さらに、落ちてきたスライムが、


――ぽわん……。


 と三連続で、ふんわり光になって消えたのだった。


「ナルビィちゃん! いまの見た!? 新発見よ!」


「うん、ロゼッタお姉ちゃん、すごい! 絶対に真似できないけど……」


「そんなことはいいのよ。このやり方でどんどん消していけば……って?」


 スライムがまとめて消えた場所に、おじいさんが落ちていた。

 小柄だが、人間だ。

 杖を片手に持っている。


「あら、おじいさん? 大丈夫? しっかりして!」


「うん? なんじゃ……? ん……? うーん……?」


 辺りを見回し、私を見つけて、驚く。


「なんと! 人間がスライムに乗っ取られておる!」


 グーで殴ったのだった。


***


「ということは、あなたは天才魔術師のポキールなんですか!?」


「いかにも。ワシは伝説の超天才魔術師、ポキールだ」


 ポキールと言えば、シスマ王国では知らないものはいない、天才魔術師だ。

 その魔法は騎士団100人に相当する威力だったという。

 すごいおじいさんを拾ったのだった。


 だが大昔の歴史上の人物だったはず。

 スライムが保存してくれていたということだろうか。


「亡くなったのではなかったのですね。どうしてこんなところに……?」


「スライムには魔法が効かないと聞いてな。魔法の試し撃ちにちょうどいいとこの森にやってきたら、スライムに囲まれて、しかも、魔法がまったく効かないんじゃ。おかげでこのザマじゃよ」


「なるほど……」


 魔法使いが帰ってこなかったという噂話は本当だったのだ。

 そしてこのポキール、ちょっとボケてるのかもしれないということもわかった。


「いや、そうじゃなくて、魔法が効かないことはわかっていたんじゃが、ここまでまったく効かないとは思わんじゃろ?」


「えっと……はい」


 ナルビィと視線を合わせる。

「このおじいちゃんダメかも……」という顔をしていた。


「なんじゃと!? これだから若いもんは、ワシのことを知らんから、そんなことを言う……! おお、ちょうどいいものがある! 見ておれ!」


 ポキールはスライムからの回収品の山の中に埋もれていた宝石を拾い上げた。


「ワシの秘密を教えてやろう。ワシは天才魔術師と言われていたがな、実際そうなんじゃが、天才的なのは、魔法を扱う技術だけ。魔法を使える量、つまり魔力は、人並みしかないんじゃ」


「へえ……」


 そうなんだ、と私とナルビィはうなずきあった。


「そして、この宝石。これは魔力をためる性質を持つ、貴重なものじゃ。人並みの魔力しかないのにも関わらず、天才的な魔術師であるワシ。このワシが宝石から魔力を取り出して、人並み以上の魔力を手に入れればどうなるのか――見よ!」


 サッと手をあげる。

 手のひらから炎が吹き出し、ぐんぐん伸びていく。

 そして炎は形を変えて、生き物のように動き出す。


「ドラゴン……!」


「そう、炎のドラゴンじゃ。行けい!」


 ポキールが指差せば、炎のドラゴンは勢いよく飛びかかる。

 プルプルと震えるスライムの壁へ。


「すごい!」


 熱風が私のところにまで届く。

 とんでもない迫力だった。

 そしてドラゴンはスライムにぶつかると、シュワッと消えていなくなってしまったのだった。


「な? こんなにまったく効かないとは思わんじゃろ?」


「でもすごーい!」


 私とナルビィは飛び上がった。

 こんなに派手な魔法は見たことがなかった。

 天才魔術師。

 自分で言うだけのことはある。


「じゃろ?」


 だが、スライムは何事もなかったようにプルプルするだけ。


「スライム以外の魔物なら、なんとでもできるんじゃが。スライムだけはワシにはどうにもならんのう」


 この森では役立たずなのだった。


「うるさいわい!」


***


「お待ちくだされー!」


 行軍するジェイムスたちに声をかけるものがいた。


「この地を治めさせていただいております、ダムド子爵です」


 馬に乗った小太りの男が自己紹介をする。


「ダムドか。ここはお前の領地だったな。我々が通ったことは忘れてくれ。黙っていればお前は巻き込まれずに済む」


「そんなこと、できません!」


 ダムドは晴れやかな顔で宣言する。


「見たところ、スライムの森にロゼッタ様を助けに行き、そのまま帝国を急襲するところのご様子」


「ん……そうだ。正確にわかるものなのだな」


「それはそうです。私はこのときを待ち望んでおりましたから。ぜひ、このダムド家家臣団も、参戦することをお許しくださいませ」


「待ち望んでいた……?」


「そうです。私は王子が立ち上がるのをお待ちしておりました。おそらく私以外も。声をかければ国中の貴族が、民が、王子のもとへ馳せ参じるでしょう」


「そう……なのか」


 ジェイムスは戸惑ったように、グスタフを見つめる。

 グスタフは軽くうなずいて、肩をすくめた。


「そうだったのだな……。皆、覚悟をしていたのだな……。そうか、わかった。同行を認めよう。まずは急ぎ、ロゼッタを助け出し、その足で帝国へ向かう」


「はい!」


 と人数を増やしながら、ジェイムス一行はスライムの森へ向かうのだった。


***


「なんという……恐ろしい……。スライムを持つだと……? 正気の人間のすることではないわい……」


「いいから、見ててね!」


 私はスライム消しをポキールに披露しているところだった。

 スライムを運び、壁に押しつける。


――ぽわん……。


 スライムが次々に消えていく。

 今回は四連続だった。


「消えた……? なんじゃいまのは……? 魔法……ではない……?」


「ポキールも知らなかったのね。私が見つけたの。スライムって、同じ色を四匹並べると消えるのよ」


「同じ色が四匹……?」


 ポキールが首をひねる。


「そんな生き物がいるわけなかろう」


「いや、それはたしかにそう……もっともな意見なんだけど、実際に消えるのよ」


「信じられんな……」


 何度かスライム消しを繰り返し、ポキールも納得する。


「ということで、ポキールも手伝ってくれる?」


「それは無理じゃ……。スライムを運ぶなんて、恐ろしくてできんわい。また飲み込まれてしまうかもしれんし……」


「そういえば、ポキールもスライムに飲み込まれたんだったわね。それなら、仕方ないわね」


 壁をそのまま利用する連続消しにも慣れてきた。

 以前よりもスライムを消すスピードは上がっている。

 この分なら、私ひとりで作業をしても、いずれ森から脱出できるだろう。


「しかし器用なものじゃのう」


 次々とスライムを消していく私を見て、ポキールが言う。


「そう? 並べるだけよ?」


「いや、消えたあと、落ちてきたスライムが次々と消えておるじゃろ。まるで、未来がどうなるのかわかって消しているようじゃ」


「うーん、なんとなくわかるというか、説明が難しいのだけど」


 このパターンはこうなるというのが、頭の中でわかってしまう。

 理屈ではない。

 感覚でわかるのだ。


「スライム消しの才能があるのかもしれんのう」


「そんな特殊な才能のある人、いないでしょう」


 としゃべりながらも私はスライムを消していく。

 ナルビィはというと、ポキールに頭を撫でられながら、おとなしくシッポを振ってついてきていた。


「スライムも不思議じゃのう。消えるときに魔力を放出しておる。連続で消えると、魔力もまとめて多めに放出しておる。こんな不思議な生き物おるんじゃのう」


「そうなの? そういえばそうよね。消されるのに抵抗もせずに、プルプルしてるだけだし」


「うむ。しかしすまんのう。スライムが魔力を放出しとるのじゃし、ワシの魔法が役に立てればいいのじゃが、この森だとなんともならんしのう」


「まあ、人が増えればこうしておしゃべりもできるし、役には立ってるわ。スライムを触れないのは仕方ないわよ」


 と少しペースを上げて、私たちは森の外を目指して進むのだった。


***


「ここがスライムの森ですな」


 ジェイムスたちは立ち止まり、森を眺める。

 色とりどりのスライムが積み上がり、木がそこに埋まっている。


「想像していた以上に気持ちの悪い光景だな……」


「こんなところに送り込まれたロゼッタ様はお可哀想ですなあ」


「くっ!」


 ジェイムスが剣を抜き、スライムに突撃する。


「おお!」という声が騎士団から漏れたが、ポムッと弾き返されて転がったのを見て、ゲラゲラという笑い声に変わった。


「私もやってみましょう」


 スラリと剣を抜き、グスタフが斬りかかる。

 こちらもやはり弾かれる。

 さすがに鍛え方が違うのか、グスタフが転がることはなかった。

 わずかにバランスを崩しただけだ。


 騎士たちが斬りかかっても同じこと。

 ダムド子爵も「私もやります!」と元気よく斬りかかって、勢いよく弾き飛ばされていた。


「これは……どうしたものですかなあ」


 グスタフもここまで剣が弾かれるとは思っていなかったらしい。


「ひとまず、どこか森に入れる場所がないか、探してみよう」


「ですな」


 と一行は森の周囲を歩き回るのだった。


***


「空気が違う……。ロゼッタお姉ちゃん、もうすぐ外だよ……!」


「ついに、たどり着いたのね!」


「森の外に出るのは何年ぶりになるんじゃろうかのう」


 私はスピードを上げて、スライムを消していった。

 もう慣れたものだ。

 三連続までなら何も考えなくても消せるし、少し時間をかければ五連続もいける。

 いまのところ、最高記録は七連続だ。


 スライムをつかもうとした手が空をきった。

「えっ」と顔をあげると、そこはもう森ではなかった。


 森の外。

 スライムのいない大地。


 そこには、唖然とした表情のジェイムスと、騎士団の人たちが立っていたのだった。


 慌てて髪を整える。


「あら、皆さんごきげんよう。珍しいところでお会いしますのね」


 ニッコリ笑ったのだった。


***


 情報を交換して、ついでに余っていたお芋を食べる。

 ジェイムスは、


「すまなかった」


 と言ったきり、うつむいてしまっていた。


「それで、いまから帝国へ攻撃に向かうのね」


「そうですな。ロゼッタ様を見つけることができたので、心残りもありません。存分に暴れられますなあ」


「いずれそうなるとは思っていたし、いいんだけど……」


「ひゃはは! あの帝国のクソどもにひとあわ吹かせてやるのじゃな! いいことじゃ! ワシも協力するぞい」


「ほう、ポキールどのも。頼もしい援軍ですな」


「任せよ! さあ、ロゼッタよ、準備をするのじゃ」


「わかったわ。グスタフ、少し時間をもらうわね」


 と森へスライムを取りに行く。


「準備とは……何をするのですかな?」


「スライムを消せば魔力が放出されるって言ったでしょ? 私が限界までスライムを積んで、連続で消して、ポキールにその魔力を使って魔法を撃ってもらうのよ」


 おしゃべりをしながら森の外を目指していたときに、そんな話もしていたのだった。


「ほう……?」


 いまいちピンときていないグスタフを放置して、私はスライムを積み上げていく。

 急ぐ必要はない。

 だが、連続で消えるように積み上げるには、集中力がいる。


「ポキール、どれぐらい連続で消えればいい?」


「十は必要じゃな。できれば十二。まあ、多ければ多いにこしたことはないんじゃが」


「十二連続……!」


 私の最高記録が七連続。

 運良くそのあとが続くのを狙っても、十二連続はさすがに厳しい。


 五連続まで作ったところで、私は離れたところからスライムたちを確認した。

 間違いなく、五連続になる……はずだ。


「よしっ!」と気合いを入れ直す。


 ここからは考え方を変える。消えるはずのスライムはいないものとして、またあらためて、もう一度五連続を上に積み重ねる。

 そうすれば、私の限界である七連続も越えられるはずだ。


 こうして積み重ねて、十連続まで、作ることができた。


「順調かのう?」


「うーん……?」


 高く積まれたスライムたちの周りに、騎士団の人たちも集まっていた。

 皆、何が起こるのかと期待した目をしている。


「これで――」


「大丈夫」と言いかけて、私は固まった。

 血の気が引いていく。


「違う……これじゃあダメ……」


「どうしたのじゃ?」


「私、五連続まで作って、それが消えたものとして、上に続きを作っていったの。たしかに、五連続がすべて消えたあとなら、このやり方でうまくいくはずだわ。でも、五連続が消えるまでの間に、どういう動きをするかは考えてなかった。途中で続きの部分が消えるかもしれない……」


 途中の動きがどうなるのか、なんとか頭の中で再現しようとするが、うまくいかない。

 スライムを積みすぎたのだ。

 もう私が再現できる範囲は、越えている。


「ふーむ、何を言っているのかさっぱりわからんわい。まあ、うまくいかなかったら、また挑戦すればいいのじゃよ」


 ポキールはそう言ってくれるが、私は期待に応えられないかもしれないという不安で頭の中がいっぱいになった。


「どうにかしないと……このままじゃあきっとうまくいかない。何とかしないと……」


 スライムの左端に黄色いスライムを積む。

 もしも、この左側の列のスライムが全部消えてくれれば、黄色が落ちてくる。


 そして、その黄色に反応するようにして、スライムを並べていく。

 こうやってスライムを森のほうへ伸ばす。

 壁になっているスライムたちに、繋げる。


「うん……きっと、これで……」


「できたか?」


「……うん」


 自信はまったくない。

 道中も、五連続からどれだけ伸ばせているか、わからない。

 壁に繋げたあとは、どうなるのかさっぱりだ。

 だが、私に出来る限りのことはやった。


「できた! あとはお願い!」


「任せよ!」


 とポキールが騎士たちに向き直る。


「さあ、見ておれ! これから放つのは、この天才魔術師ポキールの生涯最大の魔法! この一撃で帝国を打ち砕く。こんな機会は二度とあるまい。見逃して後悔しないよう、しっかり目を見開いておれ!」


 と叫び、騎士団たちが「オオー!」と盛り上がる。

 私は「そういうことを言うの本当にやめて欲しかったんだけど!」と思いながら、スライムをスタート地点にピタッとくっつけた。


――ぽわん……。


 まずはひとつ目。

 ここは当然うまくいく。


――ぽわん……。


 ふたつ目。

 騎士たちが注目しているのがわかる。

 お腹が痛くなる。


――ぽわん……。


 みっつ目。

 ここで、上に積み重ねた分のスライムも、反応してしまった。


 こんな序盤で。

 目の前が真っ暗になる。

 だが、もう止められない。


――ぽわん……。ぽわん……。


 四つ目。

 五つ目。

 ここで、黄色が落ちてくる。


 私が積んだ分では五つまでしか伸ばせていない。

 これでは十連続は無理だ……。


――ぽわん……。


 六つ目が消えて、スライムの壁に繋がる。

 とりあえず繋げることはできた。

 あとはどれだけ運よく消えるか。


――ぽわん……。


 七つ目。

 ここで落ちてきたスライムが次に繋がっていることを確認する。


――ぽわん……。


「八つ目!」


 思わず口に出していた。

 いい流れだ。

 思ったよりも伸びてくれている。


――ぽわん……。


「九つ目!」


 二色同時に消えてしまった。

 だがそのせいで、スライムたちがかなり整理された。

 十連続は確実。

 この形なら、まだまだ続く可能性はある。


――ぽわん……。


「十!」


 騎士の何人かが、私に合わせて叫ぶ。


――ぽわん……。


「十一!」


 まだいける。

 まだいい形が残っている。


――ぽわん……。


「十二!」


 声が大きくなる。

 この場の全員の気持ちがひとつになる。


――ぽわん……。


「十三!」


 目標を越えた。

 うまくいってくれた。


――ぽわん……。


「十四!」


 もう十分。

 やった。

 私がこれをやったのだ。


――ぽわん……。


「十五!」


 ここで止まった。

 私はペタリと座り込んでしまった。


 だが、これで終わりではない。


「よくやった! これだけの魔力を扱うのはワシも初めてじゃ! さあ、我が生涯最大の、極限魔法を見よ!」


 ポキールが両手を空へつき出す。


 一瞬の間をおいて、空が暗くなった。


 空いっぱいに、炎をまとった巨岩が浮いていた。


 もはや山だ。


 全員が言葉を失った。


「さあ、行け! 帝国をぶっ潰すのじゃあ!」


 巨岩がぐんぐん飛んでいき、はるか彼方の、帝国の領土へ着地する。

 ズウウンという地響きが、しばらくのあいだ止まらなかった。


「これは本当に、たいしたものですな……」


 呆気にとられた様子で、グスタフが言う。


「ワシはすごいじゃろう! だが、ここまでの威力になるとは、正直思っていなかった。莫大な魔力を集めてみせた、ロゼッタのおかげじゃ!」


 グスタフは私を見てうなずき、


「あとは我々にお任せください。思ったよりも簡単な仕事になりそうですが」


 と騎士たちのもとへと向かう。


 そこへ、ジェイムスが近づいてきた。

 ずっと様子をうかがっているようだったので、いつ来るかな? まだかな? と待っていたのだが、ようやくこのタイミングになって来たのだった。


「ロゼッタ……!」


 ジェイムスが真剣な表情で言う。


「君が安心して暮らせる場所を、俺が作る……! 作ってみせる!」


 うん。

 うん……?

 それで……?

 そうしたら……?


 続きは特になく、ジェイムスはやりきった顔をしていたので、私はニッコリ笑って送り出したのだった。


***


 その後わかったことだが、ポキールの魔法は帝国の首都を消滅させていたらしい。

 現場を見た騎士団の話によると、首都は丸い湖になっていたそうだ。


 当然そんな状態の帝国に、たいした抵抗ができるわけもない。

 グスタフたち騎士団に蹴散らされるだけだった。

 シスマ王国は、これまで帝国に奪われた領土を取り返し、さらに領土を拡大させたのだった。


 そして、すぐに帝国の皇女ザラは捕らえられ、問題が起きたときの人質とするために幽閉された。

 おそらく帝国はこのままバラバラになるだろう。

 首都もなくなり、もはや国として成立しているとは言い難い。


 なので、ザラは一生幽閉されたままになる。

 処刑されればいい、と思わないでもない。

 だが、幽閉されたままなら似たようなものだ。

 ザラなんか、もうどうでもいいというのが私の気持ちだった。


 そして、この騒動の処理がひととおり済んだ頃、私はジェイムスに呼び出されたのだった。


***


 集まったのは私だけではない。


 私の父親、エルム公爵。

 私専属の執事となった、ナルビィ。

 そして、最大の功労者とも言える、ポキール。

 さらにグスタフを筆頭とした王国騎士団。

 おまけにダムド子爵と家臣団。


「なぜだ……エルム公爵はともかく、お前たちは呼んでいない……」


「そりゃあ面白そうですからな。見届けに参りました」


 グスタフの言葉に一同はうなずく。

 ジェイムスは何か言おうとして、すぐに無駄だと諦めたようだ。

 私をまっすぐに見つめる。


「ロゼッタ、すまなかった。君に迷惑をかけた。一方的に婚約を破棄してしまった。申し訳ない」


 言い訳はひとつもなかった。


 さらにジェイムスが、ひざまづく。


「そして、あらためてお願いがある。もう一度、婚約してほしい」


 ふむ、と私は思った。

 ようやく言ったか、と。

 周囲の反応が確認したくなった。


 まず、ダムド子爵。

 いつもどおりの晴れ晴れとした表情でありながら、「いまさら何言ってるの……?」という顔をしている。


 次にグスタフたち騎士団。

 全員が首を斜めにして、「いまさら何を言ってるのですかな……?」という顔をしている。


 そしてポキール。

 口を半開きにして、「いまさら何を言ってるのじゃ……?」という顔をしていた。


 ナルビィを見たときはビックリしてしまった。

 歯をむき出しにしている。

 いまにもうなりそうになりながら、「いまさら何を言っているの……?」という顔をしている。


 最後にお父様。

 人殺しの顔をしていた。


 私はため息をついて、「いまさら……よね」とつぶやいた。


 ジェイムスの顔色が白くなる。

 絶望を表情で表していた。

「ズーン」という音が聞こえそうな勢いで、うつむいてしまった。


 あらかわいい! と駆け寄りそうになり、立ち止まる。

 みんなのほうを振り返る。


 周囲の人たちの反応はというと……一斉に、「やれやれ」という表情になってため息をついていた。


 私はニッコリと笑って、ジェイムスに駆け寄るのだった。


***


 帝国式飛空艇。

 これは今回の戦いでグスタフたちが持ち帰った帝国の兵器だ。

 定員は五名ほどだが、空を飛ぶことができるという。


 もしこの兵器を使われていたら、戦いはどうなっていたかわからない。

 だが、いまはシスマ王国のものだ。

 どう使おうが、シスマ王国の自由。


「ついに行くのじゃな! 待っておったぞ! これを使って空中から魔法を撃ちこみまくり、大陸を火の海にするのじゃな!」


 飛空艇に乗りたくてたまらないポキールが、グスタフに首根っこをつかまれた。


「行ってらっしゃいませ。のんびりしてください。何かあったときは我々が対処しますから」


 とグスタフが肩をすくめて離れていく。


 飛空艇の周りには、みんなが集まっている。

 乗り込むのは、私とジェイムスだけ。


「行ってらっしゃい!」


 ピョンピョン飛び跳ねながら、ナルビィが言う。


「行ってくるわね!」


 思わず笑顔になって、私は手を振る。


「羽目を外しすぎるんじゃないぞ!」


 グスタフにつかまったままのポキールが、ジェイムスに言う。

 ジェイムスは苦笑いをしながらうなずく。

 お父様が人殺しの顔になる。


 もう一度、大きな声で、「行ってきます!」という。

 全員が笑顔になって、大きく手を振る。


 私たちは、これから新婚旅行に行くのだ。


***


 飛空艇が浮かび上がり、私たちは座席に座る。

 座って、少し落ち着いたところで、ジェイムスがおもむろに口を開く。

 しゃべるタイミングを待っていたという様子だ。


「本当に……俺でいいのか?」


 いまさらそんなことを言う? という発言だった。

 そういう人なのだ。


 でも、こんな人だけれど、


 私は手のひらを重ねた。


 結局のところは最後には、私を助けに来てくれる。


 私は指を絡めて、しっかり握って、


「当たり前でしょ」


 ニッコリ笑うのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これは楽しい! 「ばびょーん」とか言いながら楽しく読ませていただきましたっ(*´ω`*)
[一言] あらすじだけで完結しているとは新しい…惹かれるな
[一言] この世界にもオワニモが!
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