第1話
「イレーヌ・ド・ロワール! 軍神マールスの名において、騎士団長を命ずる!」
イレーヌは任命書を頭を下げて受け取った。
これで彼女は、異例の出世を遂げたことになる。
とはいえ、彼女自身もその出世を疑っていた。
たとえ、それが人手不足の謀反軍の騎士団長とはいえ…
ムース公国のベルダン公爵が謀反を起こしたのは、今からひと月前のことである。
世間では欲深いベルダン公爵が金目当てで起こしたものだ、というもっぱらの評判であった。
そんな公爵に嫌気がさしたのか、エミールという公爵配下の騎士団長が、部下数人を引き連れてムース大公側に寝返った。
エミールは大公の信頼が厚かったため、謀反の公爵に仕え、大公と戦うことを良しとしなかったのであろう。
しかし、公爵側には問題が起こった。
騎士団長が足りない…
そこで抜擢されたのが、残された部下の中のイレーヌというわけだった。
だが、その話を聞いた彼女の反応はというと…
「私が!? 騎士団長!? なぜです!?」
その質問に軍団長のオーバン伯爵が、ニヤリと笑って答えた。
「公爵のお気に入りだからさ」
彼女の顔が曇った。
「気持ち悪い! やめてください!」
伯爵の書斎で騎士団長の内示を受けた彼女は、公爵の顔がちらついて言い放った。
彼は続けた。
「おまえ、前に武功勲章をとったことがあるだろう。スダンの戦いで… 公爵様はそれを覚えていて、今回のご使命となったわけだ」
「あんなのただの奇襲がうまく行っただけですよ。エミール騎士団長怖さに誰もやりませんでしたけど、誰が考えてもあっちの方が効率良かったですから」
「それはそうかもしれないが、他の誰もやらず、おまえがやって、勲章を与えられた。公爵はそこを評価されたのさ」
「騎士団には、私より年上だっていますし、うまく行きませんよ。それに……」
伯爵はいい淀んでいる彼女をうながした。
「それに、なんだ?」
「あの人、卑しいじゃないですか」
「あの人って、公爵様のことか?」
「ええ」
「公爵様が卑しい?」
「世間でも評判ですよ」
「ははは」
「金に貪欲だって、みんないってますよ」
「おまえは出ていったエミールの目で、公爵様を見ているんだよ」
「でも…」
「自分の目で見てみろよ。あの人はな、卑しいんじゃなくて、新しいんだ」
「……」
「おまえが抜擢されたのも、あの人だからだぞ」
「……」
「大公側だったら、年功序列、世襲制でこんな出世、夢のまた夢だぞ」
「……」
「チャンスをものにしてみろよ」
「……」
イレーヌは終始疑いの目を伯爵に向けていた。
そして半信半疑で迎えた任命式当日。
騎士団長の列に戻りながら、イレーヌは思った。
「まあ、やれるだけやってみよう」