第2章 沈黙の神-その3
「普通だ」
間咲正樹が住職を務める寺を見た、最初の感想がそれだった。
閑静な住宅街にひっそりと佇む寺。あの人のことだから、ネオンキラキラのド派手な建物でもおかしくはないと思っていたが、そこはさすがに常識が勝ったようだ。
まあ、そんな寺にしたら、さすがに檀家が怒るだろうが。
『はーい』
本堂裏の自宅の方の入口へと向かいインターフォンを押すと、すぐに返事があった。
「あ、俺です。花水木です」
聞き覚えのある懐かしい声を聞いて嬉しくなり、花水木の声がやや弾んだ。
『おお……お、おおおっ!? 花水木かぁ!?』
インターフォンの向こうで間咲正樹が大声を出し、そのまま数秒間の沈黙が訪れた。
「あの……正樹さん?」
『おおう、すまねえ! ちょっと手が離せなくなったんでな、開いてるから入ってくれ!』
「え? あ、はい」
手が離せなくなった?
変なこと言うな、と思いつつ引き戸を開けて玄関に入る。上がっていいのかな、とまごついていると「こっちだぞー、上がって来てくれー!」と奥から声が聞こえてきた。
「おじゃましまーす」
草履を脱いで上がり、声がした方へ向かった花水木だが。
不意に。
「ゾワッ」とした悪寒を感じた。
「……!?」
立ち止まり様子を探ると、空気がピンと張りつめているのを感じた。この空気、道場で何度か感じたことがあると思い当たり、花水木は呼吸を整えて身構えた。
まさか「どれほど成長したか試してやろう」なんて、少年漫画のノリじゃないよな?
そんな考えが思い浮かび、げんなりする。やりかねない人である。突き抜けてバカな人だったが、格闘技の力量もまた突き抜けた人だった。指導を受けた約二年、花水木はコテンパンにやられるだけで、手加減してもらわなかったら触ることすらできなかった。
「勘弁してよ、着物で動きにくいのに」
逃げるわけにもいかず、花水木は用心しながら廊下を進んだ。奥から一つ手前、障子が閉まった部屋の中から人の気配がする。呼びかけると「おう、入れ」と返事があり、花水木は身構えつつ、覚悟を決めて障子を開けた。
「失礼しま……」
その衝撃の光景に、花水木は目を見開き絶句して固まった。
居間の真ん中に、細マッチョで坊主頭の三十過ぎたおっさんが、素っ裸で立っていた。
悲鳴を上げなかったことを褒めてほしい。
「な、な、な……」
「花水木ぃぃぃぃっ、会いたかったぞぉぉぉ!」
「ひぃぃぃぃっ!」
そして裸の男は、ヒョウのような身のこなしで飛びかかってくると、熊のような力で花水木を抱き締めた。
「元気だったか! なんだお前、どうしてそんなにカワイクなった! そうか、俺の嫁になるんだな! いいとも、お前ならいつだってもらってやる!」
「ひっ、やっ、やめっ……離せ、離して!」
「ええいカワイイやつめ、さあ、あっちに布団を敷いておいた。まずは布団の中で再会を喜び合おう!」
あがいてももがいても、間咲正樹の腕から逃れられない。そうこうしているうちに奥の部屋へ続くふすまが開かれ、そこに本当に敷かれていた布団を見て花水木は戦慄する。
「さあ行くぞ、花水木!」
力任せに引きずられ、敷居をまたいで、ふとんが敷かれた部屋へと引きずり込まれる。
「い……いやだぁぁぁぁっ!」
その瞬間、貞操の危機を感じた花水木の潜在能力が爆発的に開花し。
この日、花水木は、ついに兄弟子に渾身の一撃を入れることに成功した。