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終章-その3

 黒イ卵は由房に呼ばれて来たという。指定された時間は、花水木が由房の部屋に来るよう言われている時間と同じだった。


 「なんだろうな?」

 「ワレ、知らない、である」


 二人並んで由房の部屋に向かってトテトテ歩いていると、窓から修行場を全力で走っていく間咲正樹の姿が見えた。


 「間咲さん、今日もしごかれているのかぁ」


 『つこさん。』の事件から三ヶ月ほど経った頃から、間咲正樹が月に何度か山へ来るようになった。なんでも きしかわ せひろ に直接指導を受けて、鍛え直しているのだという。


 「マジ、逃げてえ」


 その修行は相当過酷なようで、三度の飯より戦いが好き、と自他共に認める戦闘狂の間咲正樹が、涙交じりにボヤくほどだった。

 俺もケガが治ったら参加しろとか言われるのかな、と戦々恐々としていた花水木だが、「先代の指導にお前が耐えられるものか。私が断るよ」と由房に言われ、どうやら参加することにはならなそうだと胸をなで下ろしていた。


 本堂から由房の部屋がある別棟へと渡り、一番奥にある部屋の前で正座をした。ここへ来るまで約十分。広すぎるというのも考えものだ。


 「師匠、花水木です」

 「く、黒イ卵、である」


 声をかけると、入れ、という由房の声が部屋の中から聞こえた。花水木は障子を開けると、まずは黒イ卵を部屋に入れ、それから自分も部屋に入り障子を閉めた。


 「ま、座りなさい」


 由房にすすめられ、二人は由房の正面に置かれた座布団に座った。


 「黒イ卵どの、体は大丈夫かな?」

 「う、うむ、大丈夫、である」

 「それはよかった」


 生きている光源氏、なんて言われる由房を目の前にして、さすがの黒イ卵も緊張しているようだ。不安そうにちらちらと花水木に視線を向けてくる様子が、またなんともいえず可愛らしい。

 雑談をしているとお茶菓子とお茶が運ばれて来た。黒イ卵がいるからだろう、花水木も今日はお客様扱いのようだ。山で暮らしていてはめったに食べられない甘いお菓子に、花水木はゴクリと喉を鳴らした。


 「まずはお茶とお菓子をいただこうか」


 一口でわかる上等なお茶に、上品な甘さのお菓子が格別だった。こんなの山を降りてもめったに食べられないぞ、と花水木は少々浮かれた気分になる。


 「では用件と行こうか」


 花水木と黒イ卵がお菓子を食べ終えたのを見計らい、由房がニコリと笑う。

 そのとたん、花水木の背中に悪寒が走った。なんだ、何が起こるんだ、と花水木は思わず身構えた。


 「実は二人に頼みたい仕事があってな」

 「俺と……黒イ卵ちゃんに、ですか?」

 「うむ」

 「何、である?」

 「これなんだがね」


 由房が袖から小さなリモコンを出し、スイッチを押した。

 ピッ、と乾いた電子音がし、部屋の明かりが消える。由房の背後の壁に、天井からゆっくりとスクリーンが降りて来て、この部屋にそんな仕掛けがあったことを初めて知った。

 そして、花水木の悪寒はマックスに達し、今すぐここから逃げるべきだという本能的な何かが盛大な警告を発した。


 「オープン♪」


 由房の楽しげな言葉とともに、天井に仕込まれたプロジェクターのスイッチが入る。そして、スクリーン一杯に、ポップな書体で派手な色の、次の文字が映し出された。


 お山のアイドルユニット

 『Flower&Egg』

 デビュー計画書(社外秘)


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