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第7章 花の舞-その9

 花水木の一撃を食らい気を失ったのか、よしあきが再び立ち上がる気配はなかった。

 警戒し、必死で気を張っていた花水木だが、どうやら気を失ったらしいとわかると、耐えきれずその場に倒れ込んでしまった。


 「ちく、しょう……もう、無理……」


 限界だった。こんな体で舞えたのが不思議でしょうがなかった。残っていた力を根こそぎ持っていかれた。一か八かの賭けだったが、さすがにちょっとリスキーすぎた、と反省した。


 コツ、コツ、コツ、とヒールの足音が近づいてくる。


 「大丈夫、花水木くん?」


 地面に大の字になり、肩で息をしている花水木を『つこさん。』がのぞき込む。あいも変わらず楽しそうにニコニコとしているのが腹立たしい。


 「ステキな舞だったね」

 「そりゃ、どーも」

 「でも、美しいとは言えないかな。今日は衣装に助けられたね。まだまだ修行中、てとこかな?」


 痛いところを突かれ、ちくしょうが、と花水木は唇を噛む。


 「あんた……一体、何者なんだ?」

 「えー、ただのしがない派遣OLだよ。趣味は読書と食べ歩き、かな?」


 結界で隠された山を動かし、師匠をはじめとした錚々たるメンバーが戦い、花水木は親友を叩きのめして心身ともにボロボロ。

 結構な大騒ぎだったはずなのに、その首謀者である『つこさん。』は。


 傷一つ負わず、汗もかいていない。


 その事実に、花水木はゾッとした。


 「あとは……そうね、強いて言えば、小説投稿サイトをさすらう、ヨミ専の女、かな?」


 楽しげな口調で紡がれた言葉に、花水木はハッとした。


 「……山の図書室に、不思議な本がある」

 「どんな本?」

 「古い本だよ。師匠の話じゃ、室町時代に書かれたものらしい。内容は突拍子もない。聞いて驚け、異世界転移ものだ」

 「あら、なろう系?」

 「もっとも、異世界からこっちへ来る、て話だけどな」


 異世界からやってきたのは魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類だった。それは一見普通の人間に見えるのだが、これと決めた人間に取り憑き、その人生全てを貪り食らう。そして食い尽くすとまた別の人間に取り憑き同じことを繰り返すのだ。

 その食らい方が独特だった。その人間が生まれてからの人生すべてを絞り出し、巻き物に書き記していく。そうやって書き出した巻き物を食らい、その人間を亡者とするのだ。


 「すげえだろ」

 「伝奇物なのね。室町時代にそんなお話が書かれてたんだ」

 「その化け物の名前がすげえんだよ。ヨミセン、だぜ?」


 『つこさん。』はわずかな沈黙ののち、「へえ」と声を上げた。


 「漢字でどう書くの?」

 「さあな。カタカナで書いてあったから。まあ、ヨミはあの世の『黄泉』だろうな」

 「そんなところでしょうね。センは……そうねえ、仙人の仙なら、雰囲気ありそう」

 「……あんた、そのヨミセンじゃねえだろうな」


 花水木の問いかけに、『つこさん。』は目を見開き、口元を押さえてくすくす笑った。


 「なかなかにたくましい妄想力ね」


 プルル、と電話の着信音が聞こえた。『つこさん。』のスマホだった。『つこさん。』はスマホを取り出し画面を確認すると、電話に出ることなくスマホをバッグにしまった。


 「さてと、もう行かなきゃね」

 「……俺の小説は、もういいのかよ」

 「ステキな舞を見せてもらったからね。花水木くんが書いた小説のことは、一旦忘れてあげる」


 『つこさん。』はいたずらっぽく笑うと、人差し指を自分の唇に当てた。

 そして、その指を花水木の唇に当てて、ニコリと笑う。


 「とても楽しい夜だったわ。またいつか、お会いしましょうね」


 『つこさん。』は立ち上がると、「じゃあね」と言って立ち去った。

 待て、と呼び止めて捕まえたいところだが、花水木はもう指一本動かせなかった。コツ、コツ、コツとヒールの音が遠ざかっていくのを聞きながら「ちくしょう」と唇を噛んだ。


 完敗、だ。


 悔しさに身悶えしたものの、急激に重くなるまぶたに耐えられず。

 花水木は目を閉じ、そのまま気を失った。


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