第7章 花の舞-その4
ガツンッ、とよしあきと花水木の拳がぶつかり合うと、その衝撃で花水木はよろめいた。
体に力が入らない。立っているだけでやっとだ。
だが、ここで倒れるわけには、いかない。
「うぉぉぉぉっ!」
どうにか踏ん張り、渾身の力でバネのように体を伸ばすと、花水木は頭からよしあきに突っ込んだ。
「ぐぁっ!」
がつん、とよしあきの顔面に花水木の頭が当たり、よしあきがうめき声を上げて飛び退いた。
「ち、ちくしょ……てめえ……」
よしあきの鼻から、タラリ、と血が流れ落ちた。よしあきは慌てて手で鼻を押さえ、ズキリと走る痛みに顔をしかめた。
「負け……ねえぞ、よしあき」
──君、そこへ何しに行ったの?
電話越しに言われた言葉が、花水木の気力を奮い立たせる。
何のために修行をした。強くなるため。
何のために山を降りた。鍛えた力で、友達を助けるため。
それで何をしているかといえば、親友と思っていたやつとの、殴り合いの喧嘩だ。
なんでこうなった。なんで俺はよしあきと殴り合ってる。鍛えたはずの力で、なんでこんなみっともない喧嘩をしている。考え出すとわけがわからなくなりそうだった。
「痛えじゃねえか、花水木!」
よしあきの叫びにハッとなる。一瞬遅れて蹴りを視界にとらえ、花水木はとっさに左腕で蹴りを受けた。
ズキン、と激痛が走り抜け、花水木は声を上げて左手を押さえた。
「はん、山で鍛えた戦士様には、そのケガもハンデかよ!」
「へ……へへっ、そうだよ……ハンデだよ」
「ああそうかよ!」
よしあきは声を上げて花水木に駆け寄ると、血が滴り落ちている花水木の左手を取り、思い切り握りしめた。
「う……うわあぁぁぁぁぁっ!」
「それじゃありがたく、そのハンデを攻めさせてもらうぜ!」
「て……てめえっ! 離せえっ!」
「やなこった!」
花水木の左手を、よしあきがさらに強く握りしめる。必死になってよしあきの手を振りほどこうとするが、よしあきは全力で花水木の手を握って離さなかった。
痛い。
痛い、痛い、痛い。
「ちくしょ……ちくしょう、ちくしょうがぁ!」
痛みで意識が飛ぶ。薬の効き目を紛らわせて来た痛みが、逆に花水木の意識を奪っていく。花水木の膝が崩れ、もはや限界寸前で花水木は声を上げてのたうちまわる。
「お前はいいよな、花水木」
そんな花水木を見下ろし、よしあきがポツリとこぼす。
「一度も書いたことがないのに『つこさん。』に期待されて。伊賀海栗もいいよな、あんなにも続きを待ち望まれて」
花水木の手を握るよしあきの力が強くなる。
「いいよな、選ばれたやつは。いいよな、書き手は。俺は……俺は、ずっと読み専でいればよかったよ……」
よしあきの右足が大きく後ろに上がった。痛みで朦朧とする意識の中、花水木はかろうじて防御体勢をとり……よしあきはそれをちゃんと見届けてから、右足を思い切り振り抜いた。
「ぐっ……」
思い切りガードレールに叩きつけられ、花水木の呼吸が一瞬止まった。激痛に包まれた左手はもはや感触がなく、ズクズクとうずきながら血が流れ出していた。
さすがにダメだと思った。これ以上は耐えられそうになく、このまま痛みに身をゆだね意識を飛ばしてしまいたくなった。
「ち……ちく……しょう……」
「救急車呼んでやるからそのまま寝てろ。失血で、下手すりゃ命に関わるぞ」
呻きながら必死で見上げると、よしあきが血で汚れた手をじっと見ていた。その悲しそうな顔を見て、花水木はハッとする。
なんでお前が泣きそうなんだよ。
お前、悪者だろ。俺とウニを『つこさん。』に売ったんだろ。
ここはヘラヘラ笑って、勝ち誇って立ち去るところじゃねえのかよ。
「よ……しあき……」
──君、そこへ何しに行ったの?
消えかけた花水木の意識の中、その言葉が響いたとき。
花水木はカッと目を見開き、最後の力を振り絞って立ち上がった。




