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第2章 沈黙の神-その1

 血まみれで倒れる人を見下ろしていた。


 「はは……ははは……」


 花水木は乾いた笑いを浮かべた。膝が震え、腰が砕け、気がつけばその場にへたり込んでいた。

 自分がやったのは、ただ短い文章を書き込んだだけ。

 そんなことで、人が死ぬわけはなかった。

 こんなのは幻覚だと、思いたかった。


 「ひっ……」


 何気なく見た手が血まみれなのに気づき、花水木は引きつった声を上げた。

 違う、俺じゃない。

 違う、そんなつもりはなかった。

 何度も何度も叫ぶ花水木を、血まみれで虚ろな目が静かに見上げる。


 「だって、俺、俺は……」


 言い訳をしようとした花水木の目の前で、血まみれの人が燃え上がった。炎に包まれ、悶え苦しみ、そして最後に花水木を指差して叫ぶ。


 ──お前の、せいだ。


   ◇   ◇   ◇


 目を開けると真っ暗だった。まだ夜が明けていないのかと思ったが、ロールスクリーンの隙間から太陽の光が漏れているのが見えた。

 遮光タイプだったか、とスクリーンを少しだけ上げると、まぶしい朝の光が差し込んで来た。どうやら今日も快晴のようだ。


 「だっる……」


 午前七時過ぎ。寝たのは午前一時過ぎだったから、六時間ほどは寝ているはず。なのに、体も頭も重かった。


 久々に飲んだからだろうか、と花水木はため息をついた。


 昨夜は伊賀海栗のアパートでちょっとした飲み会になった。体調悪いのに酒飲んでいいのか、とは思ったが、「気のおけない友人との酒盛りは最高の薬だ」なんて本人が言うものだから、ついつい杯を重ねてしまった。

 伊賀海栗は「泊まっていけ」と言ったが、山でホテルを手配してくれていたし、何より彼氏がいる女性のアパートに泊まるのは気が引けた。また明日会おうと約束し、よしあきと一緒に日付が変わる前に伊賀海栗のアパートを辞した。


 「あーもー……勘弁してくれよ」


 花水木はゆっくりと体を起こした。

 嫌な夢だった。だけど初めて見た夢ではない。かつては毎晩のように見て、うなされ続けた。ここ一年ほどは見なくなっていたが、伊賀海栗の件で記憶が揺り動かされたのかもしれない。

 花水木は恐る恐る自分の手を見て、血で汚れていないことを確認してホッとした。


 「……シャワー浴びるか」


 ひどく寝汗をかいていて気持ち悪かった。シャワーを浴びれば気分も変わるだろうと、花水木はバスルームへと向かった。


 「うげっ……」


 バスルームに入り、壁一面に貼られた大きな鏡を見て、花水木は唸った。寝る前に着物を脱いで化粧は落としたが、特殊なノリで固定したカツラはそのままだ。

 なので、鏡に映っているのは、ホテルの寝間着を身にまとう、黒髪セミロングの美少女である。


 「……やっぱカワイイな、俺」


 寝起きの女子高生、てこんな感じかなぁ。

 そんなことを思いながら、まじまじと鏡を見ていたが……ハッと我に返って、花水木はペシペシとほおを叩いた。


 「しっかりしろ、気を確かに持て! 俺は男だ!」


 えいや、と寝間着を脱いで、なるべく鏡を見ないようにしてシャワーを浴びた。しかし残念ながら、髭を剃るときだけは鏡を見なければならなかった。


 「あーもー……これ、拷問じゃねえか」


 美少女が髭を剃る姿というのは、なんともいえずシュールだった。

 ガリガリと精神を削られながら髭を剃り、最後にもう一度シャワーを浴びて終了。汗と一緒に体のだるさも流れ落ちたようで、いくぶんすっきりとした気持ちになった。

 しかしもう一仕事、化粧がある。

 技術はきっちり叩き込まれているが、男ならあまり必要のない作業にうんざりする。

 めんどくさいなあ、世の女性って毎日してるのか、スゲエなあ、と思いつつ鏡に向かった花水木は……美少女が腰にバスタオルを巻いただけの姿で鏡に映っているのに気づき、再び固まった。


 「……も、やだ」


 花水木は顔を真っ赤にして涙目になり……そっとバスタオルを胸元まであげた。


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[良い点] 「……も、やだ」 花水木は顔を真っ赤にして涙目になり……そっとバスタオルを胸元まであげた。 最高だと思いましたマル
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