第6章 激突-その10
一方、H市のとあるビル屋上。
身構えた かわかみれい の全身にみなぎっていた殺気が、爆発寸前でかき消えた。
見えているのに、存在を感じない。気配や呼吸、そういったものがすべて遮断され、かわかみれい の動きが一切読めない。
そして、その姿がゆらっと溶けて消えた。
──やべえ!
暮伊豆がそう思った瞬間、離れたところにいたはずの かわかみれい が目の前に姿を消した。
悪寒を感じるより早く、かわかみれい のクナイが左右同時に斜め切りに駆け上がってくる。間一髪でのけぞって避けたが、次いで左右からクナイにつけられた鎖が襲いかかってきた。
鎖は、ジャラッ、と音を立て、正確無比に暮伊豆の頭をめがけて飛んでくる。
前後左右、いずれにも逃げ場はない。下手に体勢を崩せば次の斬撃で確実に切り裂かれる。この状況でできることは、左右から飛んでくる鎖を受け止めることだけ。
つまり、かわかみれい の狙いに乗るしかない。
「ふんっ!」
「終わりです」
両手で鎖をつかんだ瞬間、胴がら空きになる。そこへ、今度は上から下へ斜め切りに、左右同時にクナイが駆け降りた。
ジャリッ、と嫌な音を立てて、暮伊豆のスーツが切り裂かれた。
勝ちを確信した かわかみれい が眉をひそめ、斬撃を食らった暮伊豆がニヤリと笑う。
この瞬間、体勢を崩しているのは かわかみれい。
暮伊豆は渾身の力でつかんだ鎖を引き、のけぞらせていた体を思い切り前へ倒した。
「終わってねえよ!」
ガツンッ、と二人の頭が激突した。
「頭の固さじゃ、俺が圧勝だ!」
「こ……の!」
地面に叩きつけられると同時に かわかみれい の体が跳ねた。クナイを手放し、右目で暮伊豆の目をえぐりにくる。それをかろうじてかわした暮伊豆の右わき腹に、鋭い膝蹴りがめり込み暮伊豆を吹き飛ばした。
「やって……くれますね……」
さすがの かわかみれい も、あの頭突きをまともに食らっては無事ではなかった。一方で暮伊豆も、強烈な膝蹴りに呼吸ができなくなり、距離を取って防御態勢をとることしかできない。
「防刃シャツ……並の物ではありませんね」
「お山謹製の、特注品さ」
ようやく呼吸ができるようになり、暮伊豆は大きく息をついた。
「まったく……あの山は、本当に修行の場ですか?」
軽い脳震盪を起こしているはずなのに、かわかみれい はそれを微塵も感じさせない動きで駆け出すと、落ちていたクナイを拾い上げた。
「はっ!」
ジャラッ、と鎖が鳴り、暮伊豆に襲い掛かる。しかし先ほどのような鋭さはなく、暮伊豆は余裕で避けることができた。
「俺の頭突きで気を失わないのはさすがだがな。無理すんなっての」
「まったく、忌々しい男ですね」
こりゃ、あばらイッたな。
胸の痛みをこらえつつ、暮伊豆は立ち上がった。我慢できない痛みではないが、先ほどまでのような限界ギリギリの動きはもうできない。かわかみれい が脳震盪から回復し、再び同じ攻撃を繰り出してきたら、今度は避け切れる自信はなかった。
だが、クナイを構えてはいるものの、かわかみれい から感じる殺気はほぼなくなっている。
「……結界がほころびてきていますね」
「そのようだな」
人の姿が消えていた通りに、賑わいが戻りつつある。金曜日の夜九時だ、本来ならもっと賑わっていてもおかしくない。これ以上戦闘を続ければ、いずれは人目に付き警察が呼ばれるだろう。
「潮時ですね。頭突きと膝蹴り、お互いに一撃ずつ。引き分けとしましょうか」
「ふん……今日はこの辺にしといたらあ、とでも言ったらどうだ?」
「ああ、なるほど。確かに今日の私にふさわしいセリフですね」
ジャラッ、と鎖が鳴り、クナイが かわかみれい の手に収まった。
「暮伊豆。今日はこの辺で勘弁しておいてあげましょう」
ふわり、と かわかみれい の体が舞い、屋上の端に着地する。
「ですが……次は、殺します」
「……返り討ちにしてやるよ」
「ふふ、再戦、楽しみにしておきますよ」
かわかみれい は鋭い視線を暮伊豆に向け、妖しくも凄惨な笑顔を浮かべると。
ふわり、と宙を舞い、夜の街に消えた。




