第6章 激突-その9
かわかみれい が上半身をほぼ直角に倒し、獲物に飛びかかる直前の姿勢になった。逆手に持ったクナイをジャラリと構え、暮伊豆を睨んで殺気をみなぎらせていく。
そして、そこから七百キロも離れた場所で。
白イ卵が、かわかみれい と全く同じ体勢で、中華包丁を構え間咲正樹を殺気に満ちた目で睨みつけていた。
「決着つける気、だな」
「やるかやられるか、だな」
豹と狼。その二匹の猛獣に対峙した暮伊豆と間咲正樹もまた、全身に殺気を立ち上らせ、必殺の気合をみなぎらせていく。
その鋭い爪と牙に引き裂かれ、食いちぎられて果てるか。
叩き伏せて地べたに這わせ、取り押さえるか。
「クククッ……これは確かに、盛り上がる♪」
「お前が、死ねえっ!」
間咲正樹が笑った瞬間、白イ卵が吠え、地面を蹴った。
──うおっ、はえぇっ!
地面すれすれを弾丸のように駆けてくる白イ卵。予測を完全に上回るスピードに、間咲正樹の蹴りが半瞬遅れた。
ザクリ、と間咲正樹の右足に白イ卵の包丁が突き刺さる。
だが、そんなものおかまいなしに、間咲正樹は渾身の力で右足を蹴り抜いた。
「うがっ!?」
バキリ、と白イ卵の右わき腹に間咲正樹の蹴りがめり込んだ。パッ、と血の花が飛び散り、吹っ飛んだ白イ卵が宙を舞い。
しかし白イ卵は、地面に叩きつけられることなく、くるりと回転して着地した。
──マジかよ!
さすがの間咲正樹も驚愕した。完璧に入った、確実に殺ったと思った。だが、白イ卵は血を吐きながら再び突進してきて、間咲正樹を切り刻まんと包丁をふるった。
「ちぃっ!」
上下左右から襲いかかってくる包丁を、間咲正樹は右足の下駄の裏で受け止めた。凄まじい包丁さばきだが、さすがに鉄板が仕込まれた下駄を切り裂くことはできない。
「うがぁっ、うがぁっ、うがぁっ、うがぁっ!」
「おいっ、てめえっ、それ以上やったら死ぬぞ!」
すでに三撃、殺す気の蹴りと拳を叩き込んでいる。無傷なはずはないのに、まるでケガをしていないかのように振る舞う白イ卵に、間咲正樹は「そういうことか」と舌打ちした。
「薬か」
何の薬かは知らないが、白イ卵は薬で痛みを感じにくい状態になっている。命令か、自発的にか、いずれにせよこのまま戦い続けては、白イ卵は確実に自滅する。
「おい、やめろ、お前の負けだ! おとなしくすれば悪いようにはせん!」
「うるさい、うるさい、そう言って殺すんだ、お前たちはそう言って私を殺すんだあっ!」
ごぼり、と白イ卵は血を吐き、それでも攻撃を止めようとしなかった。
「殺させない、殺させない! 私がお前たちを殺してやるっ!」
お前たちかよ。
間咲正樹は舌打ちした。白イ卵が言う「お前たち」が誰なのかはわからない。だが、それが間咲正樹ではないことだけはわかる。おそらく白イ卵は、これまでの人生で、何者かにその命もしくは精神を殺されようとしてきたのだろう。
「ふん……」
かつての間咲正樹なら、「それはそれ♪」と脇に置き、このヒリヒリする戦いを楽しみ切った。
だが、歯を剥いて睨みつけてくる白イ卵を見ていると、自分を傷つける何者かを必死で威嚇しているような気がして、戦いを楽しむ気持ちがどんどん醒めていくのを感じた。
「俺もまっとうになっちまったか」
仏道修行の賜物かねえ、と間咲正樹は笑い、四撃目の蹴りを放った。
ボキリ、と嫌な音がして白イ卵の手から中華包丁が弾き飛ばされた。
「良い子は、刃物を持っちゃいけません」
「うがぁぁぁぁぁっ!」
白イ卵が悲鳴をあげ、慌てて間咲正樹との距離を取った。
「何もしねえよ。お前、花水木の友達の友達なんだろ? 御仏の名の下に、俺が全力で守ってやる」
「うそだ……うそだ、うそだ、うそだ、うそだぁぁぁぁぁっ!」
白イ卵が、弾き飛ばされた中華包丁を拾おうと走り出す。だが、間咲正樹が回り込み、行く手を遮る。
「やめとけ、お前じゃ俺には勝てん」
「こっ……このっ……」
プツン、と、スイッチが切れたように白イ卵から殺気が消えた。
なんだ、と間咲正樹がその変化に戸惑っていると、白イ卵が咳き込み、大量の血を吐いた。
「うぐっ……」
「おい、お前……」
「寄るナァッ!」
間咲正樹が駆け寄り、助け起こそうと手を伸ばした瞬間。
白イ卵は血まみれの絶叫を上げ、頭から間咲正樹のみぞおちに突っ込んだ。
「ぐぉっ!」
まともに食らった間咲正樹は数歩よろめき、その隙に白イ卵は駆け出した。
「ま、待てっ!」
間咲正樹が止める間もなく、白イ卵は駐車場から走り去って行く。慌てて追いかけようとした間咲正樹だが、踏み出した右足がズキリと痛み、たたらを踏んだ。
見れば、白イ卵に切られたところがザックリ裂け、血が溢れ出している。
「ちっ、止血が先か。やれやれ、とんでもない強敵だぜ」




