第6章 激突-その8
ぐらりと傾いた体がそのまま崩れ落ち、花水木は頭から地面に落ちた。
「いっ……てぇ……」
ガツン、とまともに頭を打ち、痛みで消えかけた意識が戻った。
ちくしょう、と舌打ちしながらどうにか体を起こすと、花水木は立ち上がり、目に入った自動販売機へと近づいた。
なんでもいい、冷たいものを飲んで、シャキッとしよう。
そう考えた花水木はペットボトルの水を買い、半分ほど一気に飲んだ。残りを頭からかけてなんとか目を覚ましたが、油断するとまた眠ってしまいそうだった。
「ウニは……ウニは、大丈夫か……」
花水木は再び携帯を手に取り、間咲正樹に電話をかけたが、やはり出てくれなかった。何をしてるんだよ、早く気づいてくれよ、と焦るあまり、「ちくしょう!」と携帯をその場に叩きつけてしまった。
「なんとかしなきゃ……なんとか……」
花水木が書いた小説を差し出せば、伊賀海栗が助かるのか。それで助かるのならいくらでも差し出す。あんなものでよければ、いつだってくれてやる。
だが、『つこさん。』はもう去ってしまった。今どこにいるのかもわからない。これでは交渉のしようがなかった。
「いや……よしあきだ。よしあきが、一緒にいるはず」
バーを出る直前、『つこさん。』はよしあきに言っていた。駅まで送ってくれ、と。
ならばよしあきに連絡を取り、『つこさん。』につないでもらえばまだ交渉できるはずだ。幸いよしあきの電話番号は、携帯に登録している。今すぐに電話をかけて自分の小説を渡すといい、伊賀海栗への攻撃をやめさせてもらえば、それで万事簡潔だ。
そう考えた花水木は、よしあきに電話をかけるべく、地面に叩きつけた携帯を拾おうと手を伸ばした。
ププププッ、と電話が鳴ったのは、その時だった。
ディスプレイを見ると、「間咲正樹」の名が表示されていた。つながった、と花水木は慌てて受信ボタンを押し、「もしもし、間咲さん!?」と勢い込んで声を上げた。
『ああ、申し訳ない。彼は今取り込み中でね、代理の者だよ』
だが電話に出たのは、かなり年配の知らない男の声だった。
「い、急ぎの用なんです! お願いです、すぐ間咲さんに代わってください!」
『ああ……ちょっと、無理そうだね』
「人の命がかかってるんです、お願いです!」
『その命というのは、伊賀海栗さんの命でよいかね?』
え、と花水木は驚いた。なぜこの人はそれを知っているのだろうか。
『であれば、大丈夫。まさにそのために、彼は取り込み中だからね』
彼は君の師匠から依頼を受けて、伊賀海栗さんの様子を見にきていたのだが、なかなかに危ういところを見つけて、今、救出しようとしているところだ。
年配者の落ち着いた声でそう説明され、花水木はほっとしてその場に崩れ落ちた。
「そ、そっか……間咲さんが……よかった……よかった……」
もう大丈夫だ、これで伊賀海栗は助かる。
花水木はホッとすると同時に、ドッと疲れが出た。後はもう、みんなに任せておけば大丈夫。伊賀海栗はきっと助かるだろう。
『さて、こちらから一言あるのだがね』
不意に、電話の向こうの男の声が鋭くなり、安堵とともに意識が朦朧とし始めた花水木の耳を打った。
『君、そこへ何しに行ったの?』
「え?」
『友人を助けるため、破門覚悟で七百キロ離れた街へ行き……騒ぎを起こした挙句に自分では何もせず、あとは周りにお任せとは。いやはや、なんともお気楽なご身分だね』
「なっ……」
ガツン、と思い切り頭を殴られたような気がした。
なぜこの男が状況を把握しているのかはわからない。だが、まさにこの男の言う通りだ。花水木は好き勝手動いた挙句、肝心なところは他人に丸投げして逃げただけだ。
「お、俺は……そんなつもりじゃ……ただ……」
『言い訳はいい』
ピシャリと言葉を切られて、花水木は息を飲んだ。
『まったく由房め、甘やかしおって。花水木よ、何のために修行をした。何のために山を降りた。何のためにそこへ行った』
決して大きくはない落ち着いた声だった。しかし花水木にとっては、雷鳴のごとき響きを持っていた。
『しゃきっとせんか! お前と伊賀海栗さんを裏切った友人と決着をつけるぐらいのことはやってこい! その程度のこともできぬのであれば、もはやナマコの神に教えを求める資格などないわ!』
お前の友人がどこへ向かっているかは、すぐに調べて連絡させる。
そう言って男は電話を切った。
「俺、俺は……」
花水木は呆然としたまま、携帯を持つ手をゆっくりとおろした。




