第6章 激突-その2
ダンッ、と暮伊豆が踏み込んだと同時にマスターも床を蹴り、両者は真正面から激突した。
一切無駄のない動きで、正確無比に急所を狙ったマスターのアイスピックを。
暮伊豆は腰から抜いた警棒を一瞬で伸ばし、逆らわずに受け流す。
十数撃の応酬の後、マスターがふわりと浮いて暮伊豆と距離を取った。追撃をかけようとした暮伊豆だが、入口の前でまだへたり込んでいる花水木に気付いて舌打ちした。
「何やってるんだ、さっさと逃げろ! 邪魔だ!」
「だけど、ウニが……」
「やかましいっ! まずはここを脱出してから考えろ!」
ザララッ、と音がした。
マスターがアイスペールを手に取り、入っていた氷を宙に舞わせた音だった。
透明な氷がランプを反射してキラキラと光り、天井近くまで舞い上がり、一秒と経たずに重力に引き寄せられて落ちてくる。
その落ちてきた氷を、マスターは持っていたアイスペールで、暮伊豆と花水木に向かって弾き飛ばした。
「ちぃっ!」
ガガガッ、と弾丸となって襲い掛かってくる氷を暮伊豆は横っ飛びでよけた。花水木は着物の袖でそれをはたき落としたものの、いくつかは落としきれず体に当たった。
「花水木くん、それがアイスピックなら、あなた大けがですよ?」
冷然と言うマスターに、暮伊豆が踏み込む。マスターの懐に入り、すくい上げるように警棒を振るったが、マスターは慌てた様子もなくバックステップで警棒をかわす。
かわしざまに、アイスピックで暮伊豆を攻撃。
それを暮伊豆は、踏み込む直前に手にした灰皿で受け止める。
パリンッ、と乾いた音を立てて灰皿が割れた。暮伊豆は構わず、再度踏み込み警棒を突き出したが、これをマスターはくるりと回転してよけた。
「まったく……ひらひら、くるくる、よけるんじゃねえよ」
「花水木くんが気になりますか? お優しいことです」
マスターの言葉に花水木はハッとした。
暮伊豆は、常に花水木をかばうような位置でマスターと戦っている。あの実力だ、一瞬でも隙を見せれば、マスターは確実に花水木を狙ってくるだろう。それを避けるための位置取りに違いない。
つまり、花水木がここでへたり込んでいる限り、暮伊豆の動きには制限がかかり思う存分戦えない、ということだ。
「……くそっ!」
花水木は悔しさに歯噛みしながらも、立ち上がり、入口の扉を開けた。
マスターと暮伊豆の戦いっぷりを見れば、嫌でもわかる。
今、自分にやれることは逃げること、それだけだ。
「おや、しっぽを巻いて逃げ出しますか」
マスターの嘲笑が花水木の背中に叩きつけられた。優しく丁寧な物言いだが、その意味するところは辛らつだ。
「いいんですか、お友達が死ぬかもしれませんよ?」
「いいから行け! 挑発に乗るな、落ち着いて考えろ!」
何一つできなかった。悔しくてたまらない。だが、万全の状態でもかすり傷ひとつ負わせられないであろう相手に、薬でフラフラの今、何ができるというのか。
「……すいません、お願いします」
花水木は絞り出すような声で暮伊豆にそう言い、バー「お代六千円」から脱出した。




