第6章 激突-その1
オールバックにサングラス、口髭、派手なシャツに黒スーツ。
どう見てもカタギではない男がニヤリと笑い、ヒュウッ、と音を立てて息を吸うと。
「御用改めであぁぁぁぁるっっっっっ!!!」
店内の瓶やグラスが揺れるほどの大声で叫んだ。
入口横にいたよしあきは腰を抜かして席から崩れ落ち、『つこさん。』も小さく悲鳴をあげて身を竦め、そして、さすがのマスターも顔を歪めて、両手で耳を塞いだ。
その隙を、花水木は逃さなかった。
「むっ!?」
マスターが花水木の動きに気づいたが、一瞬だけ花水木が早かった。
花水木は右袖を巧みに跳ね上げてアイスピックを吹き飛ばすと、全力で体をのけぞらせた。
花水木の目の前、数センチのところを、アイスピックが通り過ぎる。
あの刹那のタイミングで、花水木が吹き飛ばしたアイスピックを受け取ったマスターが、容赦なく花水木の顔を貫きにきたのだ。
かろうじてそれを避けた花水木は、のけぞると同時に、カウンターテーブルを思い切り蹴って壁まで飛んだ。
「ぐっ!」
ガツン、と壁でもろに頭を打った。
だが、痛がっている余裕はない。花水木は、マスターが飛ばしてきたフォークを着物の袖ではたき落とすと、そのまま机の上を転がって、どうにか男が立つ入口前まで逃げた。
「ふうん」
転がり逃げてきた花水木を見て、男は軽く肩をすくめた。
「のこのこ店内に入った時点で赤点だが、一瞬の隙を突くぐらいはできたか。ま、補習は合格にしてやるよ」
「あ……あんたは……」
「助っ人さ」
おらどけ、と男はうずくまっている花水木をまたぎ、鋭い視線を向けているマスターと対峙した。
「これはこれは……」
マスターがカウンターテーブルに手をつき、トン、と床を蹴った。
その体が、ふわり、と羽のように宙を舞い、カウンターテーブルの外に着地する。無音で、軽やかに、まるで舞のようなその動きに、花水木は敵であることを忘れて見とれてしまった。
「お久しぶりですね、暮伊豆」
マスターがわずかに目を細め、男の名を呼んだ。
「で、あなた、新撰組にでも入ったのですか?」
「ご当地、てことで敬意を表してな」
「ご当地は京都でしょう」
「すぐそこで、鬼の副長が亡くなってるじゃねえか」
暮伊豆はおどけた風で油断なくマスターを睨みつけ、すぐ横でうずくまっていたよしあきの襟をつかんだ。
「いてっ、いててててっ!」
「おい、お弟子くん」
暮伊豆に声をかけられ、惚けていた花水木は我に返った。
「邪魔だ。さっさと逃げろ」
「うわあっ!」
暮伊豆はよしあきの体を、まるでボールか何かのように軽々と投げた。飛んできたよしあきを、マスターはため息交じりに蹴り飛ばし、よしあきは店の奥の壁に背中から叩きつけられた。
「『つこさん。』、裏口からお逃げください」
「えー、まだ花水木くんとお話できてないのにー」
「申し訳ありませんが、マナーを知らぬお客に教育が必要でして」
マスターの左手でアイスピックが踊った。『つこさん。』は「しょーがないなあ」とため息をつき、ハンドバッグを手に立ち上がった。
「よしあきくん、駅まで送ってね」
「は……はい……」
痛みに顔をしかめながらもよしあきは立ち上がり、『つこさん。』に従者のようについていった。
「それじゃ花水木くん、またお会いしましょ♪」
「ま、待て……」
「待て、じゃねえんだよ」
裏口から出て行く『つこさん。』を追いかけようとした花水木の肩を、暮伊豆がつかんで後ろへ放り投げた。
「さっさと逃げろ。ここはお前ごときが来ていいステージじゃねえんだよ」
「まったくです。仮に君が勇者だとしても……」
マスターが流れるような動作でアイスピックを構えた。それを見た暮伊豆も腰を落とし、戦闘態勢を取る。
「レベル2や3のヒョッコでは、私にとっては町民Aと同じですよ」




