表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/63

第5章 死地-その7

 「うふふ、白ちゃん、ノリノリねえ」

 「壊しちゃダメと言っておいたんですけどねえ。伊賀海栗さん、さすがにもう限界では?」


 マスターがやれやれと肩をすくめた。

 テレビ画面の中で、虚ろな目をした伊賀海栗が猛烈にキーボードを叩いている。するとテレビの横に置かれたパソコンに、SNS上の書き込みが次々と流れて表示される。

 発言者は YUHONASIN 、そしてそれに便乗した無数のユーザー。すべて、伊賀海栗に対する誹謗中傷、罵詈雑言だ。


 「なんだよ、これなんだよ…… YUHONASIN って……」

 「伊賀海栗さん本人ですよ」


 呆然とする花水木に、マスターが答えてくれた。


 「別人格の、ですがね」

 「白イ卵ちゃんにお願いして、作ってもらったの」

 「……は?」


 作った? 人格を?


 「ど……どうやって?」

 「薬物と催眠術の組み合わせですね。詳細は秘中の秘。ふふ、わが生徒ながら、大したものです」

 「生……徒?」

 「ええ、白イ卵は私の生徒です。もともと催眠術が得意でしたが、それを昇華させ、人為的に人格を作る技として完成させた、まぎれもない天才ですよ」

 「人為的に、人格を……?」

 「ええ。ちなみに、その作品第一号が、黒イ卵ですよ」


 ぐらり、と花水木の意識が揺れた。

 もはや何が何だかわからない。自分は一体何に巻き込まれ、どういう状況にあるのかさっぱり理解できない。


 ヤバイ。

 ヤバイ、ヤバイ。

 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。


 悪寒がする。全身が震える。自分が勝てる相手じゃない、と花水木は悟った。修行してるから大丈夫、なんてうぬぼれすぎた。

 無数に張られた蜘蛛の糸の中央で、巨大な毒蜘蛛が待っていた。

 そうとは知らず、花水木はそのど真ん中に、のこのこと来てしまった。


 「ふふ、どうです? 完全に手玉に取られた感想は?」

 「やめろ……やめさせろっ! やめさせてくれっ!」


 それでも、花水木は最後の勇気を振り絞って声を上げた。テレビには涙を流し、苦しそうに喘ぐ伊賀海栗の姿が映っている。たとえ自分が食われることになろうとも、伊賀海栗だけは助けたい。


 「ウニが壊れるだろ! やめてくれ、頼むからやめてくれ! ウニが壊れたら、あんたが読みたがってるお話なんて書けねえだろ!」

 「ま、そうなりますね。どうします、『つこさん。』」

 「うーん、そうねえ、私としてはぁ……」


 『つこさん。』は少し考えた後、ふふふ、と笑った。


 「この事実を知ってどん底に落ちた伊賀海栗さんが、どんなお話を書くのかが気になるなあ。それって、絶対面白そう♪」


 『つこさん。』が無邪気に笑った。

 この期に及んでも、その笑顔には一切の邪気がない。

 それが、花水木は心底恐ろしかった。


 「でも花水木さんの言うとおり、壊れてしまっては小説なんて書けませんよ?」

 「そうだよねえ、それじゃ本末転倒かぁ。じゃあ花水木くん、交換条件」


 『つこさん。』が笑顔のまま左手を伸ばし、指先で花水木の頬を、つん、と突いた。


 「花水木くんが書いた小説を、読ませて♪」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ