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第5章 死地-その6

 伊賀海栗にとって、黒イ卵と白イ卵は同一人物の別の面であり、それが設定であれ別人格であれどうでもいいことだった。


 「やーん、白ちゃん、久しぶり!」


 なので、デザートを取りに行った黒イ卵が、白イ卵に変わって戻ってきてもなんとも思わなかった。むしろ、人見知りでめったに顔を出さない白イ卵が来てくれたことが嬉しくて、大歓迎で招き入れた。


 「あの、あの……たまにはお料理の感想などを聞きたいと思いまして……」

 「うん、どれもおいしいよー! もう、お嫁さんに欲しい!」

 「あっ……あんっ……伊賀海栗さまってば……」


 伊賀海栗にギュッと抱き締められて、白イ卵は「はぁっ♪」と蕩けるような吐息をつき、うっとりとした顔になる。


 「デザートも楽しみー。なに作ってくれたの?」

 「その……ババロア、です」

 「あは、卵のお菓子だね。白ちゃん得意そう」

 「その、お口に合えば……よいのですが……」


 白イ卵がババロアを差し出すと、伊賀海栗はためらいなく手に取り、「白ちゃんのデザートがまずいわけないって」と言って食べてくれた。


 ──おかげで白イ卵は、何の苦労もなく、伊賀海栗に睡眠薬入りのババロアを食べさせることができた。


 「あ、あれ……?」


 ババロアを食べて十分。伊賀海栗は次第に意識が混濁し、耐え難い眠気に襲われて眠りに落ちた。

 ガクンッ、とまさに「寝落ち」した伊賀海栗を見つめていた白イ卵は、まもなく寝息を立て始めた伊賀海栗を見て、またうっとりとした顔になった。


 「伊賀海栗さまの寝顔……カワイイ♪」


 ずっとその寝顔を眺めていたい思いに駆られたが、そうもいかない。白イ卵にとって「先生」の命令は絶対。例え愛する人を苦しめることになるとしても、「先生」の命令に逆らうことなどできなかった。

 白イ卵は背負っていたカバンから伊賀海栗のパソコンを取り出し、電源を入れた。起動を待つ間、タンスの上にあったメトロノームを持ってきて、テンポ四十でスイッチオン。


 「さあ……YUHONASIN、いつものように、SNSで遊びましょう」


 メトロノームがゆったりとテンポを刻む中、白イ卵が美しい声で歌い出す。アルトの優しくゆったりとした歌声が伊賀海栗を誘い、その誘いに伊賀海栗は体を起こした。

 だがそれは、伊賀海栗であって、伊賀海栗ではない。

 白イ卵が二か月かけて作り上げた、伊賀海栗の第二人格、YUHONASIN だ。


 「さあ、遊びましょう。思い切りぶちまけましょう。あなたの中にある、悪いものすべてを伊賀海栗にぶつけて、キレイになりましょう、YUHONASIN」


 YUHONASIN は目を虚ろに開いてキーボードを叩き、SNSにログインする。


 ID "YUHONASIN"。


 よしあき :YOSHIAKI

 うに   :UNI

 はなみずき:HANAMIZUKI


 三人の名をローマ字にして、先頭の三文字ずつを組み合わせて作ったアカウント。それは白イ卵が催眠術で聞き出した、伊賀海栗が一番大事に思っている友情の絆だ。


 「あ……ああああ……あうっ……ああああ!」

 「うふ……うふふ、ああ、伊賀海栗さま、そんなにお苦しそうに……」


 もだえ苦しみながら伊賀海栗がキーをたたき続けると、吐き出された悪意が文字になっていく。それは自分自身ですら触れたくない、心の一番柔らかい部分を直撃する情け容赦のない誹謗中傷だ。


 「あは……あはぁ♪ イイ、イイです、イイですわ、その苦しみにゆがんだお顔!」


 ただただ相手を攻撃するだけの言葉は、ネットにあふれる「暇」で「劣等感の塊」のユーザーたちを引き寄せ、うっぷん晴らしの罵詈雑言を生み出していく。

 自身が発した言葉がそれらを引き寄せ、そして自身に返って心を傷つけていく。

 なんというマッチポンプ。いや、何も解決していないから、自作自演もしくは自業自得か。


 「ああん、もうどっちでもいいですわ! さあ、もっとです! 私が見守っていますからね! 今日こそはすべてを叩きつけて、伊賀海栗さまにとどめを刺してしまいましょう!」


 白イ卵は狂気の笑顔を浮かべ、涙を流して喘ぐ伊賀海栗を背後から抱き締めた。


 「そして、お人形になった伊賀海栗さまを……私が永遠に、可愛がってさしあげますからね♪」


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