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第5章 死地-その4

 暮伊豆がH市に入ったのは、夕方五時を回ってからだった。


 「ふん、なるほどな」


 市内に入るのも、入ってからも、妨害や襲撃はなかった。学校や会社が終わる時間帯、しかも週末とくればどうしたって人が多い。そこに紛れ込めば表立って襲撃はできないだろうという読みは当たったが、それにしても何事もなさすぎた。


 「あの女豹、一人ってことか?」


 マスターとして働いているバーは夕方五時から営業している。マスターが店を空けるわけにはいかないだろうから、監視なり牽制なりをする別の者がいるかと思ったが、そんな気配はまるでない。

 それは、かわかみれいが単独で動いている傍証、と考えていいだろう。


 「なら、やりようはあるか?」


 周囲の様子をうかがいながら、かわかみれいがマスターをしている店の近くまで来た。やはり監視なり牽制なりはない。これは間違いなく一人だな、とは思ったが、真正面から店へ乗り込むわけにはいかず、暮伊豆は少し離れたビルの上から店の様子を見ることにした。


 「ふうん……『お代六千円』ねえ」


 店名が店名だけに次々と客が入る、という店ではなさそうだ。常連客が静かに飲む、というタイプだろう。全く無関係の人を巻き込む心配はなさそうだ、と懸念事項の一つが消えて、暮伊豆はホッとした。


 「ん?」


 監視を始めて一時間ほどたったころ、店の前に和服姿の女性が現れた。その顔に見覚えがあり、数秒考えて昨日Y市ですれ違ったことを思い出した。


 「ありゃ、あいつ……ああなるほど、あれが弟子か」


 これはこれは、と暮伊豆はおかしくなる。確かにかわいい。あれならアイドルデビューも夢ではない。問題は中身が男ということだが、それを最初から公表してその路線で行けば、そこそこウケるかもしれない。


 「まさか由房のお手つきとか言わねえよな?」


 それならそれで大爆笑だが、とニヤついて暮伊豆の意識に、唐突に何かが引っかかった。

 「何だ?」と暮伊豆は気を引き締めた。

 店の周囲を観察し、何かおかしいところがないかを確認する。かわかみれいが姿を現した様子はない。由房の弟子に近づくような人影も、監視している気配も、怪しい動きをしている車も、そういった類いのものは一切ない。

 ならば何が引っかかっているのか。


 「……ああ、そういうことか」


 十分以上観察してようやくわかった。

 人が、減っている。

 週末の金曜日、飲屋街手前にある店だ。人が増えていってもおかしくない時間帯だというのに、逆に人がどんどん減っていく。そして、まもなく七時という頃には、完全に人がいなくなっていた。


 「結界か」


 店から少し離れた通りは、仕事を終えたビジネスマンやコンパらしき学生が行き交っている。それらの人はまるで誘導されるように店とは離れた方へと流れていき、店を中心とした半径百メートルほどが完全に人の真空地帯だった。

 まるで魔法でも使ったような状況だが、そうではない。そんなもの、この世界にありはしない。


 「あれか」


 結界の正体は、通りの要所要所に見られる「緊急工事中」の仕切板や「本日無料サービス」の看板を持った着ぐるみといったものだ。それらはかわかみれい、あるいは『つこさん。』とは一切関係ないだろう。

 だが、それらを配置し、この時間に集中させたのは、かわかみれいに違いない。


 「山の結界も顔負けだな」


 人と人の繋がりを断ちつながらない(・・・・・・)状態にする。これほど強力な結界はない。山の結界と違い、朝までもつかどうかという一時的なものだが、『つこさん。』の目的達成にはそれで十分なのだろう。


 「ま、普通はこれでジ・エンドだが」


 人がいなくなった真空地帯にぽっかりと浮かぶ藍の着物。もしも花水木が艶やかな着物姿でなかったら、この真空に埋もれて見失っていた。そうなればいかに暮伊豆とてお手上げだっただろう。

 だが、まだ見える。これを見越して、由房は弟子を和服美女に変装させていたに違いない。


 「とはいえ、残ってるのは首の皮一枚、てところか。さあて、どうしたものかねぇ」


 午後七時になると、花水木に近づいていく若い男が見えた。この結界の中、無関係の一般人が入れるわけがない。どうやら敵のお仲間のようだが、花水木は男を警戒するどころか、親しげに声をかけ何やら言い合っている。


 「おいおい、行っちゃうか、お弟子くん。そりゃ油断しすぎだろ」


 花水木が男とともに階段を降りて行くのを見て、暮伊豆は肩をすくめた。


 「俺の弟子なら、この時点で破門だな」


 仕方ねえ、と暮伊豆は腹をくくり、花水木を救出すべく行動を開始した。

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