表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/63

第5章 死地-その2

 「ウニ、おかわりいるか? である」

 「ううん、もうお腹いっぱい」


 食べ過ぎちゃった、と笑う伊賀海栗を見て、黒イ卵はとても幸せだった。


 「お腹いっぱい食べれば、元気、である」

 「そうだね。ホントそうだね」

 「白が、デザートも作ってくれている、である。食べるか? である」

 「白ちゃんが? ほんと? そんなの食べるに決まってる!」

 「では取ってくる、である」


 黒イ卵は席を立つと、急いで自分の部屋に行った。

 デザートも含め、夕食を作ったのは黒イ卵ではなく白イ卵だ。

 毎日お絵描きさえできればよし、の黒イ卵に家事能力なはい。当然、料理その他も苦手である。白イ卵は、そんな黒イ卵の足りないところを補ってくれる、大切な双子の姉だ。


 「……?」


 冷蔵庫からババロアを取り出し伊賀海栗の部屋へ戻ろうとしたとき、電話の着信音に気づいた。「はて?」と首を傾げつつ黒イ卵が奥の部屋をのぞくと、「神殿」の前に置きっぱなしにしていたスマホが鳴っていた。


 「誰……である?」


 黒イ卵がババロアの皿を置き、スマホを手に取ると着信音が切れた。


 「よしあき、である」


 ついさっき電話したばかりなのに、と黒イ卵が不思議に思いながら折り返しかけると、なぜか少し待たされてからよしあきが出た。


 『はいはーい』


 どこか外からかけているようだ。よしあきの声の向こうから、人のざわめきも聞こえてきた。


 「よしあき、どうした、である?」

 『ごめんねー。ちょっと、白イ卵ちゃんに代わってほしいんだけど』

 「白、であるか? 白、まだ神殿の中、である」

 『出てきてもらって。『かわかみれい』先生から伝言があるから、て』


 ぴくん、と黒イ卵の肩が揺れた。

 そのまま黒イ卵の動きが止まり、目の焦点がぼやけていく。力が抜けてスマホが手から滑り落ち、音もなくクッションの上に落ちると、黒イ卵はゆらっと体の向きを変えた。

 そのまま神殿の正面に立ち、ぎこちない動きで柏手を打つ。祈りをささげた後に神殿前面の柱数本を外し、中にある白色の卵型帽子を手に取った。


 「黒、白と、交代……」


 黒い帽子を外し、白い帽子をかぶり直すと、目の焦点が戻った。

 きょろきょろと周囲を見て状況を確認すると、足元に落ちているスマホから「おーい、おーい」と呼びかける声が聞こえた。白イ卵は「いけませんわ」とつぶやき、手に持っていた黒い帽子を神殿に突っ込むと、急いでスマホを拾い耳に当てた。


 「代わりましたわ! 先生から!? 先生から伝言ですか!?」

 『ごめんねー、お祈り中に。うんそう、『かわかみれい』先生から伝言』

 「はいっ、なんでしょう!」


 白イ卵の声が弾んだ。よしあきが意味ありげに笑ったが、些細なことだ、どうでもいい。


 『パソコン持ってウニの部屋に行ってくれ、てさ。パソコン、預けておいたよね?』

 「伊賀海栗様のパソコンですね? はい、わかりました! すぐに!」

 『で、YUHONASIN(ゆーほなちゃん)を呼び出してくれ、だってさ。できる?』

 「もちろんです! お任せください!」

 『で、最後にもう一つ』


 よしあきがわざとらしく一呼吸置いた。


 『もう伊賀海栗に用はないから、あとは好きにしていい、てさ』

 「え……私の……好きに?」


 白イ卵は目を大きく開き……とろりと蕩けて、満面の笑みを浮かべた。


 「先生が……先生が、そうおっしゃってるんですね。もう私の好きにしていいんですね!?」

 『うんそう。今までよく我慢したね、てほめてたよ』

 「まあ、先生が? うれしいですわ!」

 『それじゃ、俺もう戻るから。あとはよろしくね』


 電話が切れると、白イ卵はこれまでにない幸せそうな顔で準備を始めた。


 「とうとう……とうとう伊賀海栗様を、私のものにできるんですね……」


 恍惚とした表情でそうつぶやくと、白イ卵はタンスから伊賀海栗のパソコンを引っ張り出し、床に転がっていたカバンに突っ込んだ。


 「伊賀海栗様……ああ、伊賀海栗様! 私の大好きな伊賀海栗様! 先生がダメ、ていうから我慢してましたけど……ああっ、とうとう私のものにできるんですね!」


 白イ卵は「そうだ!」と手を打った。


 「包丁を持って行かないと!」


 白イ卵はスキップしながら台所へ行くと、シンク下の扉を開け、そこにある中華包丁を取り出した。


 「ああ、この前、砥いでおいてよかったですわ!」


 サクリ。

 出しっ放しになっていたジャガイモを一息で切断し、白イ卵は楽しそうに笑った。

 白イ卵は包丁が大好きだった。三徳包丁をはじめ、牛刀、菜切、出刃、パン切り、柳刃、中華と、あらゆる種類の包丁をコレクションしている。

 そんな中で一番好きなのは中華包丁。その幅広の包丁で何かを断ち切るときの感触はお気に入り。特に、肉を切るときの感触は、恍惚と言っていいほど格別だ。


 「あ、いけません。そろそろ行きませんと」


 デザートを取りに行くと伊賀海栗の部屋を出て、すでに十分以上経っていた。なかなか戻ってこないことに伊賀海栗が不審に思っているかもしれない。

 白イ卵は中華包丁を布巾で包んでカバンに入れて背負う。これで、準備は完了だ。


 「やっと……やっと、私のものに……待っててくださいね、伊賀海栗様♪」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ