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第4章 言葉-その5

※作中の事件等はあくまでお話の中でのことであり、実際のユーザー様とは無関係です。

 「せっかく来たんだから観光しようぜ」とよしあきには言われたが、そんな気になれなかったし、夜に備えて少し休みたかったので、花水木はよしあきと別れホテルにチェックインした。


 「ふう」


 着物を脱いでシャワーを浴びると、花水木はベッドに寝転がって一息ついた。


 「『つこさん。』か……」


 花水木はよしあきが貸してくれたタブレットを手にし、WEB小説のサイトを開いた。

 『つこさん。』は数多くの小説サイトに出没し、名作を掘り起こしては感想を残していく、そんな人だった。軽口でウィットに富んだ感想は読んでいて心地よさを感じるが、たまに真剣な批評もしている。彼女とつながりのある書き手や読み手はたくさんいるようで、SNSでは「『つこさん。』クラスター」なる集まりもできているようだった。


 気さくで楽しい名作スコッパー。


 それが『つこさん。』に対する、花水木の第一印象だった。だが、あちこちの書き込みをのぞいているうちに、決してそれだけの人ではないとわかった。

 ある文芸寄りの投稿サイトでは、かなり辛辣な批評を書き込んでいるのを見た。同名の別人ではないかと疑ったが、名前もIDも同じであり、間違いなく同じ『つこさん。』だった。

 批評を書き込まれた作者は『つこさん。』に反論していたが、『つこさん。』に同調する感想の方が圧倒的に多かった。その感想の圧力に耐えられなかったのか、作者は二年ほど前からピタリと更新をやめていた。


 「ウニに対しては、ここまでの書き方はしてないんだけどなぁ……」


 だが、自らの発言をきっかけに同調者全員で袋叩きにする、というやり方は似ている。「自分が前面に出るリスクを回避し、より巧妙化しているんじゃないか」というのが、よしあきの意見だった。

 そうであれば、やめさせなければならない。こんなのは間違っている。


 「いったい、何がしたいんだろうな」


 色々調べてみたが、『つこさん。』自身が小説なりエッセイなりを書いている形跡はない。

 つながりのある人から「書いてみなよー」と勧められることは多いようだが、『つこさん。』は「私はヨミ専だから」といつも断っていた。


 「この人、ヨミ専なのか……」


 花水木はタブレットを置き、目を閉じた。

 二日連続での夜更かしが響いているのだろう、ものすごく眠い。朝五時に起床、夜十時に就寝、そんな生活を三年も続けていたから、夜更かしが苦手になってしまった。

 夢と(うつつ)を行き来しながら、花水木は『つこさん。』は何がしたいのだろうと考え続けた。


 ヨミ専だから。


 そう言って自ら書くことはせず、他人が書いた作品を読み、感想を書き、時には批評する。そういう人はわりと多く、花水木もかつては「ヨミ専」の一人だった。


 ──花水木の意識が、眠りに落ちていく。


 あの頃の気持ちがよみがえって来る。


 小説なんて、自分には書けない。

 書き手は、自分とは違う人種。

 自分にできるのは、楽しく小説を読んで、書き手を励ますことだけ。


 そんなふうに考え、毎日WEB小説を読み漁った。彼ら、彼女らはプロではないから、(つたな)い作品もたくさんあった。だが、その拙さがいいと思ったし、中にはプロとそん色のない作品を書く人もいて、そういう名作に出会ったときの喜びは格別だった。


 こんなに楽しい世界が、タダで味わえるのか。


 驚きとともに夢中になった。楽しくて仕方なかった。読んでも読んでも新しい小説が投稿され、読み尽きることがない。花水木は、ここで永遠に楽しいひと時を過ごせるのではないか、とすら思った。


 だが、そんな楽しい時間はすぐに終わった。

 気がつけば、舌打ちし、うんざりすることばかりになっていた。


 他人が書いた作品を、まるごとコピペした作品。

 人気のあるいくつかの作品を、切り貼りしただけの作品。

 応援してくれないから続きは書けないと言う作者。

 自分の作品を楽しめない読者はクズだと言う作者。


 そんな作品や作者に出会うたびに、なんでだよ、どうしてだよ、と悲しくなった。


 似ていてもいい、テンプレでも構わない、でも自分の言葉で書いてくれよ。

 書き手だろ、選ばれた人だろ、最後まで書いて、読者を楽しませてくれよ。

 俺は、真摯に書かれたものであれば、どんなものだって受け入れるよ。


 そんな思いをつぶやいたとき、「なら自分で書けばいい」と言われた。「自分には書けないからお願いしているんじゃないか」と反論したら、ボロクソに叩かれた。


 ショックで、悲しくて、だけどそのうち「自分の何が間違っているんだ」と腹が立った。


 「書き手」だというのなら、その義務を果たせと、逆恨みし。

 たまたま出会った見ず知らずの書き手を、わざと炎上させて。


 そして──殺した。


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