第3章 誘導-その12
黒イ卵が不思議そうに花水木を見上げた。
「黒イ卵ちゃん、気持ちはよーくわかった。だけどな、待ってくれ」
「いや、である! 助ける、である!」
「そうだな、助けよう」
花水木は笑顔を浮かべて黒イ卵を見返すと、ぼーっと突っ立ているよしあきに視線を向けた。
「よしあき、俺たちが行くぞ」
「は? え、まさか、H市にか!?」
「他にどこ行くんだよ」
「ちょっと待て! お前、行っていいのか!? 破門になるとか言ってなかったか!?」
修行中の身である花水木には、好きに旅行できる自由はない。今回の下山に当たっても、他の都市へ移動することがないよう厳しく言いつけられていた。
「なんとかなるさ」
だが、目の前に友達を救う手掛かりがあるというのに、行かないという選択肢はなかった。人を救うために修行をしているというのに、修行を理由に友達を見捨てるなんて本末転倒。友達の命を守るために破門になるというのなら、喜んで破門になろう、と花水木は覚悟を決めた。
「黒イ卵ちゃん、俺とよしあきで行ってくるよ」
「で、でも、いいのか……破門になる……である」
「そのときはそのときだ」
花水木は黒イ卵に指示して、予約内容を変更させた。
大人一枚から二枚へ。そして搭乗者は、花水木とよしあきに。
「俺、修行してるからな。ケンカになっても、まあたいていは勝てると思うし」
「おいおい、荒事前提の旅行なんて、俺は嫌だぞ」
「そう言うな。うまいもんおごってやるよ」
「……ったく、しゃーねーなー」
数クリックで予約は確定。チケットの予約情報はそれぞれのスマホと携帯で受け取った。後は、空港へ行き飛行機に乗るだけだ。
「は……はなみじゅ……きぃ……」
予約を終えると、黒イ卵がグズグズと泣きながら花水木を見上げた。
「わ、ワレは……ワレは、感謝、である……」
「あーもー、きたねえな。ほれ、鼻かめ、涙ふけ!」
「た、頼むの、である。つこさんを止める、である。ウニを助ける、である」
「まかせとけ。その代わり、俺たちが帰ってくるまで、ウニの看病頼むぞ」
「うむ、である!」
花水木の言葉に、黒イ卵は涙を拭き、泣き笑いの顔になった。
「ウニの看病は、ワレに任せとけ、である!」
◇ ◇ ◇
ポーンッ、と優しい通知音が『つこさん。』を眠りの泉から引き揚げた。
「……いけない……寝落ちしちゃった」
小説を読んでいたはずなのに、いつの間にか眠っていた。やや退屈な展開が続いたから、というのもあるが、今日の午後はトラブル対応もあって忙しかったし、帰ってからはつい飲みすぎてしまったのが原因だろう。
「ふわ……寝ましょうかね」
『つこさん。』は小さくあくびをすると、画面の「ブックマーク」ボタンをクリックしてからブラウザを閉じた。
「あら?」
電源を落とそうとして、メッセージの到着を知らせるサインが出ているのに気付いた。一瞬、またどこかの会社のDMかと思ったが、送信者の名前を見て頬を緩めた。
「ふふ、きたきた♪」
鼻歌交じりに通知アイコンをクリックしてアプリを起動させると、新着マークのあるメッセージが一件だけあった。送信は午前一時五十分。ほんの十分前だ。
『誘導完了』
開いてみると、たった四文字のそっけないメッセージだった。しかしそれこそ待ちわびていたメッセージだった。
「……あら、これは?」
そのメッセージには写真が添付されていた。開いてみると、若草色の着物姿の美少女が壁に寄りかかって居眠りしている姿が写っていた。
「あらあら、花水木くん、男の娘だったのね」
『つこさん。』は少し驚いたものの、写真の美少女とその着物を見て目を細めた。
「美人ねえ。着物もとても素敵。これは負けてはいられないわね。明日は、おしゃれして行かなくちゃ」
パタリ、とPCの蓋を閉じて立ち上がった『つこさん。』は、羽織っていたカーディガンを脱ぐと、そのままベッドにもぐりこんだ。
午前二時十五分。
丑三つ時の静かな夜に、『つこさん。』の寝息が、穏やかに聞こえ始めていた。




