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第3章 誘導-その11

 ガクッ、と頭が落ちた衝撃で目が覚め、花水木は慌てて居住まいを正した。

 三つ目のファイルの内容に衝撃を受け、これといった対策も思いつかないまま壁にもたれかかっていたら、睡魔に負けて寝てしまったらしい。

 やべえ、と思いながら時計を見ると、午前一時を指していた。眠いはずだ。


 「ん?」


 顔を上げると、黒イ卵一人が、真剣な顔でパソコンに向かってキーボードを叩いていた。花水木が眠気覚ましがわりにペットボトルに口をつけると、黒イ卵が手を止め、「起きた、であるか」と声をかけてきた。


 「わり、寝落ちしてた」

 「まあよい、である。それより、である」


 黒イ卵が、「にやり」とつぶやいて親指を立てた。


 「見つけた、である」

 「あん? 何を?」

 「んあ? どした?」


 花水木が黒イ卵の言葉に首を傾げた時、よしあきも目を覚まし慌てて起き上がった。


 「よしあき、寝るなら帰れ、である。ここは女の園、である」

 「えー、俺だけ何で? 花水木も寝てたじゃん」

 「あれは美少女だからよし、である」


 いやいや、と思ったが、反論して「では帰れ」と言われると面倒なので、花水木は黙っていることにした。


 「んで、何を見つけたの?」

 「うむ。つこさん、である」

 「……え?」

 「マジか!?」


 花水木とよしあきは、慌ててモニターをのぞき込んだ。


 「つこさん、あちこちで書き込みしている、である」


 SNSでも頻繁にメッセージを発信しているが、あちこちのWeb小説サイトにも顔を出しているようで、感想やら活動報告やらを山のように書き残していた。その多くは「うわぁぁぁぁー!」とか「おもしろいです(迫真)」といった短い文章だが、たまに長文を書いているときがあった。

 黒イ卵は、その長文を丹念に拾い集め、Tsuko_san の正体を探っていたという。


 「たぶん、三十代の女性、である。あと、お酒好き、である」


 そして、どうやらH市に住んでいる、とわかった。


 「H市か。遠いな」

 「そして……みつけた、である」

 「なにを?」

 「ここがたぶん、つこさん、行きつけのバー、である」


 タンッ、と黒イ卵がキーをたたくと、口コミのグルメサイトにアップされている、とあるバーのページが表示された。


 「なになに……『お代六千円』? なんか怖い店名だな」

 「男装した女性マスターがいる、でちょっと有名、である」

 「うおっ、かっこいい人だなー」


 ギャルソン姿、というのだろうか。蝶ネクタイに黒いスーツをビシッと決めたマスターが、にこやかな営業スマイルを浮かべてアイスピックを握っている写真があった。


 「Tsuko_san の書き込みの中に、今日も六千円の店でイケメンマスターとキャッキャウフフした、とあった」


 そのメッセージを手掛かりに、Tsuko_san の「飲みに行った」という書き込みをかき集め、ついにこの店を特定したそうだ。


 「そして、ここからが大事、である」


 黒イ卵が、キーボードをカタカタ叩く。すると表計算ソフト上に円グラフが現れた。


 「投稿から、お酒を飲みに行った日を推計した、である。つこさん、金曜日にこの店に行く確率、七十パーセント、である」

 「……てことは」

 「明日……もう今日である。この店に行けば、会えるはず、である」


 だから。

 そう続けて、そこで言葉を切った黒イ卵は、再びキーボードを叩いた。


 「だから……行く、である」


 画面に大手旅行会社のHPが表示された。黒イ卵は国内格安航空券のページへ行き、チケットを検索し始めた。


 「待て待て、黒イ卵ちゃん、乗り込む気か!?」

 「うむ、である」

 「危ないって。何かあったらどうするんだよ!」

 「ウニを、助ける、である!」


 よしあきが止める声に対し、黒イ卵は悲鳴のような声を上げ、よしあきを睨んだ。


 「ウニは悪いことしてない、である! 小説を書いただけ、である! こんな目に遭う理由はない、である!」

 「そ、そうだけどよ」

 「だから、つこさんにお願いする、である! もうやめて欲しいとお願いする、である!」


 分析結果を見る限り、一連の誹謗中傷を誘導しているのは Tsuko_san だ。ならば直接頼めば、伊賀海栗への攻撃がやむ可能性は高い。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。しかしそれは、飛んで火にいる夏の虫、かもしれない。


 「直接対決はまずいって。黒イ卵ちゃん一人で行って、何かあったらどうするんだ」

 「でも行かないと、ウニが死んじゃう、である!」


 黒イ卵の両目に涙が浮かび、ポロリとこぼれた。それを見たよしあきは言葉を失い、「そうだな」と小さくつぶやいて目をそらした。


 「ワレは、ウニが大好き、である」


 黒イ卵が画面をクリックし、検索画面に出発地、到着地、日付を入力した。


 「ウニは、ワレと遊んでくれる、である。一緒にご飯を食べてくれる、である。ワレの絵が好きだと言ってくれた、である」


 検索ボタンを押すと画面が切り替わり、検索中を示すバーが伸びていく。


 「ウニが……ウニが、死んじゃうのは、だめ、である。そんなのいや、である!」


 そして、検索結果が出る。さすがは国内有数の航路、いくつもの候補が出てきた。黒イ卵はその中から適当なものを選び、予約サイトへと移動する。


 「だから、ワレが……ワレが、刺し違えてでも、止める、である!」


 そして最後に予約ボタンを押してチケットを取ろうとした黒イ卵の手を。


 「わかったよ」


 花水木が、静かに止めた。


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