第3章 誘導-その10
三つ目のファイルは、単語や発言者といった個々の要素ではなく、メッセージの「流れ」に着目して分析したものだった。インプットは、一つ目と二つ目の分析結果と、別に分析したSNSと投稿サイトの感想の関連。基軸とするのはメッセージの書き込み時間、つまり時間の流れ。そうやって分析し、整理した結果を、一つの図として描いていく。
つまり、メッセージ全体を一つの会話とみなして、ツリー状に編集したのだ。
「おい……なんだ、これ」
その結果を見て、花水木は慄然とした。
伊賀海栗と Kisikawa vs YUHONASIN と Union_Abure。
個々の要素に着目したときはそのように見えたSNSのやり取りが、新たに提示されたツリーでは全く別の様相を見せた。
多岐に渡ると思われていたSNS上のやり取りが、すべて一つの流れに集約されていたのだ。
そして。
その流れのスタートに立ち、要所要所での書き込みで、拡散する議論を集約し、収束する議論をあおり、すべての議論を誘導していたのは、たった一つのID。
「支援者」の中にいた、Tsuko_san だ。
「え、なに、なにこれ?」
「この人が……すべての議論を、誘導してる……である?」
よしあきと黒イ卵も、信じられない、という顔で息をのんだ。
「おい、この Tsuko_san の投稿、確認だ!」
「お、おう!」
慌てて Tsuko_san の投稿を確認すると、最後に書き込まれたのは一ヶ月ほど前だった。「みんな、だめだよぉぉぉぉっ!」という発言で、特に意味があるとは思えない。
しかし、過去へさかのぼっていくと様相が変わってきた。
特に、分析モデル上で流れの「結節点」となっている投稿は、すべて Tsuko_san のもので例外はない。それらはすべて直近の投稿とは違う真面目な調子の意見ばかりだった。
そしてその書き込みに、花水木はどこか空恐ろしさを感じた。
平易な言葉ではあるが、一度読むと脳裏に刻み込まれてしまう、不思議な響きで刻まれた文章。その文章に触発されて議論が活発になることもあれば、沈静化し話題が打ち切られることもあった。
そう、Tsuko_san が一言書くたびに、議論の流れは整えられ、一つの方向へなだれ込んでいく。
そしてその流れが目指す所とは。
「『伊賀海栗をなぶり者にしよう』……と推測される……である」
メールに書かれた分析結果の補足を、黒イ卵が苦々しげな表情で読み上げた。
「なっ!?」
「なぶり者って……なんだよそれ!?」
だが、伊賀海栗に対して投げつけられた投稿を読めば、まさに「なぶり者」という状況だった。どんなに反論して論破しても、別方向からまた攻撃される。Kisikawa が援護すべく論陣を張ってくれても、ただ伊賀海栗を攻撃するためだけに発せられた言葉は、Kisikawa の論など無視して伊賀海栗に飛びかかる。
それが、数千の言葉の波になって押し寄せるのだ、とても一人で対抗しきれるものじゃない。
「嘘だろ……」
できるのか?
数千の書き込みをすべて一つの方向へ誘導する、そんなことができるのか?
いや、現にこうして、やってのけているじゃないか、Tsuko_san は!
ひょっとして伊賀海栗は、とんでもないやつに目をつけられたんじゃないのか?
「こいつ……こいつ、一体何がしたいんだよ!?」
花水木の背筋が凍る。
本当の敵がわかった。
だが、こんなとんでもないやつと、どうやって戦えばいいのか。
花水木は途方に暮れるしかなかった。




